帯人さん、ブライトさん、がくぽ、それに晶さん。
恋をよく知ってる人、知らない人、色んな人の話を聞いてきた。
本当はもう少し聞いて回りたかったけど、マスターに捕まってしまったから時間切れだ。
明日もまた出かけようかな、なんて思ったけど、その前に。


「マスター」

「何だ?」


このまま今日を終えるのは、なんだか悔しい気がするから。
俺はマスターを見上げて、口を開いた。


「…マスターは、片想いってどんな物だと思う?」




―Crush―
第八話




その問いを聞いたマスターの顔が、ひくりとひきつった。
晶さんも言っていたが、マスターはモテない。
見た目はそこそこカッコいいのに、ものすごく鈍感なせいで、女の人が寄ってきてもすぐに離れていってしまうのだ。
モテない事を気にしてるくせに、原因がそれだと気付いていないから、たちが悪い。
でも、俺の問いはマスターにとっても、そこまで意地悪じゃないと思うんだけど。


「…レン、お前まさか、アキラにその話をしたのか?」

「うん。…マスター、何か知ってるの?アキラさんの事」

「いや、知らん」


即答しておきながら、マスターは複雑そうな表情で言葉を続ける。


「知らんが…1回だけ冗談半分で、なんで彼氏いないんだよって訊いたら…すごい目で見られたから。あの時ばかりはマジで殺されると思った」

「それって、どういう…」

「だから、俺はそこまでは知らないって。アキラは知られたくないだろうし、俺たちも知らないでいた方がいいんだと思う」


知らずに済むなら、知らないままでいてほしい。
晶さんも、そんな事を言っていたけど…いや、もうこれ以上考えない方がいいだろう。
いずれ、知ってしまって後悔するよりはいい。
…我ながら珍しいな。
普段なら、絶対に突き止めてやるって、思うのに。


「ところでマスター、マスターはどう思う?」

「…何が」

「片想いの事。アキラさんの話をして誤魔化したつもりだった?」


問い詰めると、マスターはふと、苦笑を浮かべた。
いつもと同じ、見慣れた笑顔。
でも、なんだか…変な感じがする。


「俺が、あいつら以上の話をできるとは思えないけどな」


困ったような声も、いつも通りなのに…この違和感は、何だ。
晶さんの時とは違う種類の、けれど原因不明の冷や汗が背中を流れるのが解った。


「あ…あいつらって?」

「なんでお前がアキラのとこにいると解ったと思ってる。レンの帰りが遅いって言ったら、美憂が色々と教えてくれたよ」


俺がブライトさんのとこに行った事はもちろん、俺があちこち訊いて回ってた事まで。
あの後、やっぱり心配になってしまったのか、帯人さんがブライトさんに再び電話していたらしい。


「ま、最後にはアキラのとこに行くだろうっていうのは美憂の読みなんだけどな」

「…ごめんなさい、言ったら何て言われるかって…不安だったから」

「気にするな、ちゃんと見つかったんだからそれでいいだろ」


頭を撫でてくれる手は、少し荒っぽいけど優しい。
それでも、やはりあの違和感は消えない。
むしろ、どんどん強くなっていく。


「片想い、か…絶対に幸せでもないが、絶対に不幸でもない、とでも言っておくか」

「何それ」

「そのままの意味だよ」


…あ。
唐突に、驚くほどあっさりと、理解した。
俺を見下ろすマスターの笑顔、その違和感の正体。


「片想いしてる間は、気を抜くと相手の事だけ考えてる。それがポジティブな事だろうが、ネガティブな事だろうが関係ない。言ってみれば、自分の世界を広げようとして必死になってる最中、ってとこだな」


顔は笑ってて、目が笑ってないってレベルじゃない。
笑顔そのものが、何かで塗り固められたみたいだった。


「だから、その新しい世界が、ちゃんと世界として確立してくれるのか、あるいは途中で千切れてしまうのか…戦々恐々だ。だから、片想いイコール辛いって思う人が多いんだと、俺は思う」


笑顔も、声も、仕草の1つ1つ全てが、いつもと変わらない。
ただ、いつもみたいに自然に笑っているのとは違う、普段の生活で作られた"いつもの顔"っていう仮面をつけているような…。
…無機質に、見えた。
人間じゃないはずの俺たちVOCALOIDよりも、作り物めいていた。


「でもな、片想いだろうが何だろうが、辛い事ばかりじゃない。そうじゃなければ、恋なんて物は存在しない」

「じゃあ…辛くない事って?」

「それは、レンが1番良く知ってるだろ?」


不自然なくらいすぐに、そんな答えが返ってきた。


「…マスター」

「ん?」


マスターの言う、辛くない事が何かを考えるより先に、気付いたら俺はマスターを見上げて、問うていた。


「マスターは…片想いで辛かった事、あるの?」

「…さあな」


その返事も、何気ない言い方だった。
けど、マスターの瞳が、一瞬だけ揺れたのが、見えた。
マスターにはぐらかされてしまったから、もう問い詰める事はできないけれど、そうでなくとも、もう訊く気になれなかった。


「…さて、覚悟はできたか?」

「は?え、何の事?」


きょとんとした俺に向けられた苦笑は、今度は本当に、いつも通りのマスターの笑顔で。


「めーちゃんとリンに説教される覚悟に決まってるだろ」


自分のマスターだからだろうか。
晶さんとの話が終わった時よりも、俺は安堵していた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

【レンリン注意】―Crush― 第八話

レン、色んな人に相談してみるの巻、5人目。
結局訊いてもらえたと言うべきか、ここまで時間がたたないと訊いてもらえなかったと言うべきか←
自分ちのマスターなのにね。


悠さんにも色々あったみたいです。
何があったかは、皆様の想像にお任せします…と言うのがいつもの私なんですが。
…逃げ切れると思うなよ、悠さん。うふふ←

さて、多分次回でラストです!
あれこれ考えながら書いたので、いつもと比べるとスローペースでしたが、話数は結構少なめですね。
でもErrorも九話完結だったから、こんな物なんでしょうか。うーん。


ちなみに、次回作の案はもう決まってて、プロットも書き上がってます。

が…ちょっと事情がありまして、Crushが完結したら、少しの間ピアプロへの投稿はお休みさせていただきます。
順調にいけば1週間ほどで帰ってこれますが、下手をすれば8月中旬までかかるかもしれません。
あ、来ないっていうわけではないので、ちょくちょくコメントを残していくんじゃないかなと思ってます。
ただ、投稿は一旦ストップしますので、気長に待っていて下さると嬉しいです。


では、最終話(予定)もよろしくお願いします!


今回は名前だけの出演ですが、東雲晶さんの生みの親、つんばるさんのページはこちらです。
http://piapro.jp/thmbal

閲覧数:593

投稿日:2009/07/15 16:17:31

文字数:2,269文字

カテゴリ:小説

ブクマつながり

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