恋をする目的。
改めて考えてみると…何なんだろう。
リンと付き合って、俺は何をしたかったんだろう。
考え込む俺を、晶さんは何も言わずにただ見つめていた。




―Crush―
第七話




時間がたつにつれて、焦りだけが増していく。
いくら考えても、ほとんど何も解らない。
"何をしたいか"なんて…そんなもの、何もないのに、考えても思い付くはずがないんだ。


「…俺は、リンと一緒にいられるだけで良かった」


気が付いたら発していた言葉に、晶さんが僅かに目を細める。


「何もしなくても…できなくてもいい。一緒にいられるだけで幸せだから…それから暮らしていく中の幸せを、増やしていきたかったんだと思う」

「…それがれんくんの答えかい」

「答えなのかは解らない。けど、俺にはそれしか考え付かなかったから」


それを聞いて、晶さんは組んでいた腕を解いて、あの暗い笑みを浮かべた。


「解ってるじゃないか」

「え?」

「れんくんは、りんちゃんと一緒にいると幸せなんだよね?」


しまった。無意識にリンの名前を出していた。
でも晶さんは気にしていないのか、訊くつもりがないだけか、そのまま言葉を続けた。


「それは、りんちゃんに依存して、自分も依存されたいと思ってるだけじゃないのかい?」


その言い方が、なんだかトゲがある気がして、俺は少しムッとする。
確かに晶さんの言う通りかもしれない。
単に依存し合っているだけの状態を、恋していると勘違いしているのかもしれない。
でも。


「そうかもしれないけど、幸せには変わりないよ。どうせ同じ時間を過ごすなら、幸せが多い方がいいって思うのはおかしい事?」


俺の語調が変わって驚いたのか、それとも意外な返答だったのか。
それは解らないけど、晶さんは意表を突かれたように、目を瞠った。


「…まさかれんくんがそんな事を言うとはねえ」

「だって…そう思ったから」

「それは私だって解ってるよ。考えもしない事は言えやしないだろうからね」


彼女が動揺しているように見えたのは、少しの間だけ。
ほうっと息を吐いて、すぐに元の冷静な声音に戻った。


「幸せな方がいい…その考えはおかしくなんかないよ。私もそう思う。…でも、それでいいのかい?」


でも気のせいだろうか。
さっきまで、皮肉やトゲだらけだったように感じていたのに、今の晶さんの声には、それがずっと少なかった気がする。
いや、含まれていたのかもしれないけど、何かを恐れて、精一杯の抵抗をしようとしているような…。


「どうして?」


どうして今になって、そんな事を訊くの。
どうして今になって、そんなに怯えてるの。
2つの疑問を、一言に込める。


「幸せなんてもの、いつまでも続くのは物語の中だけだよ。人は飽きっぽいから…いつ、それが幸せじゃなくなるか解らない。幸せに慣れすぎると、それを失った時の虚無感は、その分だけ大きくなる。れんくんは、それでもいいって言うのかい?」


返ってきた問いは、"脅し"のようにも、"逃げ"のようにも聞こえて。
らしくないな、と、思った。
何が彼女をこんなにしてるんだろうなんて、思わなくもなかったけど、俺も自分の事で手一杯なのに、気にしていられない。
それに、訊いたら取り返しのつかない事になりそうな気がした。


「それでもいい」


だから俺は、晶さんの問いにだけ、答える事にした。


「そんな事言ってたら、いつまでも幸せになれないから」

「…そうかい」


諦めたように、疲労を含んだ声で言って、晶さんはいつもの困ったような苦笑を浮かべた。


「そこまで解ってるなら、私が教えてあげられる事は、もうないよ」

「え、でも…」

「れんくんは、もう自分の答えを持ってるはず。それに気付いてないだけだ」


今までより、ずっと優しい声で、晶さんはそう言って俺の肩を叩く。


「だから、これ以上私がぎゃあぎゃあ騒いでも、きっとれんくんは考えを変えてはくれないだろうからね。…忠告しておくよ」


見上げると、晶さんの視線とぶつかる。
最初と同じように、顔は笑ってるけど、目は笑っていない。
でも、さっきみたいな憎悪に似た感情じゃなくて…どちらかと言えば、悲しみに近いものが、奥で渦巻いているように見えた。


「幸せな方がいいと言ったからには、その幸せを手放さないように気をつけて。できるならずっと、幸せだと思えるような、今のれんくんのままでいて」


それは、なんだか必死な声で、俺はつい、晶さんの目に見入っていた。


「れんくんが思ってるほど、恋は気楽で楽しいものじゃあない。でもそれを知らずに済むのなら、れんくんたちには知らないままでいてほしい」

「…どうして」

「どうしてって、決まってるじゃないか」


浮かべた笑みは、どこか寂しそうだった。


「それこそ、知らない方が"幸せ"だからだよ」

「アキラさん…?」

「さ、お喋りはここまで。早いとこ、家に帰りなよ、れんくん。悠サンが心配してると思うけどな」


会話を打ち切るように、晶さんは不自然なくらい元気にそう言う。
でも俺の頭には、さっきの寂しげな笑みが焼き付いていた。
あれは…気のせい、だったのだろうか。
どちらにしても、もう教えてはくれないみたいだ。
すっかり冷めてしまった紅茶を飲み干して、俺は立ち上がった。


「急に来てごめんなさい、アキラさん。紅茶、ごちそうさまでした」

「いやいや、どういたしまして。悠サンたちによろしく…っと、言うまでもなかったか」

「え?」


きょとんとした俺に、晶さんはちょっと笑って、開かれたドアの向こうを示した。
彼女の背後から覗き見ると、怒ってるような違うような、形容しがたい表情のマスターが、立っていた。


「まったく…いつまでも帰ってこないから探しに来てみれば…」

「…ごめんなさい」

「謝るなら、帰ってからリンたちに謝れよ。すごく心配してたから…。悪いなアキラ。こいつがお邪魔してたみたいで」

「お邪魔なんて、そんな事ないですよ。ハルちゃん先輩」

「ハルちゃん言うな!」


ハルちゃんと呼ばれてムキになるマスターに、晶さんは楽しそうに笑った。
それを見てマスターがさらにイラつくのが解ったけど、彼女はそれを無視して俺に手を振る。


「じゃあまたね、れんくん。今日は時間がなかったけど、まためーこさんやかいとくんとも話してあげてね」

「あ、はい。ありがとうございました」

「お前らなぁ、俺を置いて会話すんな!」

「ハルちゃん先輩、あまりうるさいとモテませんよ」


そう言われて、マスターがぐっと言葉に詰まる。
モテない、ねぇ…マスターざまぁ。


「~~~っ、帰るぞ、レン」

「はい」


ぶっきらぼうな言い方が面白くて、つい、俺も笑ったら、横目で睨まれた。
…そんなに怖くなかったけど。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

【レンリン注意】―Crush― 第七話

晶さんのターン、ひとまず終了です。

いや、難しいですね、恋。
考えれば考えるほど、泥沼にはまっていくようで…結局こんな形に落ち着きました。
晶さん、こういう事言うかしら…(滝汗
すみませんつんばるさん、今度そちらにお礼とお詫びの品を持っていきます←

レン君が話してる事は、実はほぼ私の願望です。
色々辛い事が多いだろうけど、やっぱりそれを乗り越えて幸せになりたいって思うから、恋をするんだろうな…と。
綺麗事かもしれませんが、そういう物であってほしいと、思ってます。
…なんだこの空気(汗

しかし、自分で言うのもなんですが、悠はいじりやすいですねえ(笑
最後の方は、書いてて楽しかったです^^


東雲晶さんの生みの親、つんばるさんのページはこちらです。
http://piapro.jp/thmbal

閲覧数:634

投稿日:2009/07/13 16:41:16

文字数:2,863文字

カテゴリ:小説

  • コメント3

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  • 桜宮 小春

    桜宮 小春

    ご意見・ご感想

    皆さん、感想&恋についての考察、ありがとうございます。

    辛いこと、苦しいこと、恋にはそういうことがたくさんあるでしょうし、まだまだ私はそのかけらも体験してないんだろうな、と思ってます。
    レン君もやっと辛いことの端っこを体験してる…のかな、そんな状態なので、辛いことがどれほどのものか、まだはっきりとわかってなくて、ただひたすら幸せを求めてるんだと思います。私も似たようなもの。
    いつかは綺麗事だけではやっていけないと思う時が来るでしょう。でも、わからないうちは、綺麗事だけを見ていたいものだと思うのです。
    本当は辛いことから逃げているだけなのかも知れませんが…でも今は、レン君には夢を見ていてほしい。
    …あー、ダメだ、こういう雰囲気は苦手なのに←
    気を取り直してレスいきます!


    つんばるさん>
    コメントありがとうございます!
    ええ、すっっっごく手加減していただきました、すみません(汗
    14歳に対して、しかもよその子に対してですから、少なくともかいとくんの時よりはキツく言えないだろうなぁ…程度の気持ちだったのに…ここまで優しくなっていただけました。
    でも、かいとくんの時も、キツさの中に優しさを感じたので、言葉を選んでいたらこうなるんじゃないかなーなんて…思ったり思わなかったり←
    眼福と言っていただけて良かったです!呼び分け基準は、ぶっちゃけ感覚だったんですが、合っていたようで、安心しました(笑


    西の風さん>
    コメントありがとうございます!
    ぎゅーっとですか?…つんばるさんがいいっておっしゃったら…どうでしょうか(殴
    悠さんがいじられるのはいつものことですよ(笑
    これからもいじり続けます←


    2009/07/15 16:11:44

  • 西の風

    西の風

    ご意見・ご感想

    晶さんの大ファンの西の風が参りました。
    …スミマセンっ(笑)。いや、何だか、晶さんぎゅーっとしたい気分になりましたのです…(コラ

    それにしてもれんくん頑張ったっ。良く言ったっ。単純で基本的なことって、段々忘れていったり塗り隠していったりするような気がしますから、綺麗事でも何でも大切にしていて欲しいです。
    先に色々と知ってしまった身になれば、甘い夢を見る相手にはついつい言わずにはおれないけれども。
    体験してこそ分かることもあるわけで。
    その辛さも悲しさも全部ひっくるめて、いつかは「良かった」と思えるといいなあと思います。
    …綺麗事にも程がありますけれどねっ(苦笑

    いじられる悠さんを見てにやつきつつ、続きをお待ちしております。
    長文乱文にて大変失礼致しました…。

    2009/07/14 21:11:54

  • つんばる

    つんばる

    ご意見・ご感想

    泥沼経験者のつんばるが通ります。こんばんは、つんばるです。

    アキラが手加減してるよ、すげえ、書き手が違うとこうも優しくなれるのね、アキラ……!
    と、成長した我が子を見る目で読んでおりました!(読み方と視点がすごくおかしい
    14歳にしてやられる20歳が見れて、とても満足しております、おなかいっぱいです。えへえへ。
    というか、悠さんに対する呼び分け基準……! 教えてないのに、なんで知ってるんですか……!
    さすが嫁。俺の嫁……! アキラを完全トレースしてくださいました、眼福です!

    レンくんが言ってることは、決して間違ってないとおもいます。不幸せよりしあわせがいい。
    でも、アキラの親なのでそれなりに厳しい意見になりますが、それを叶えるのが容易でないから、
    きっと恋はつらかったりさみしかったり痛かったりするのだとおもいます。
    恋愛中がたのしいのは、きっと世界共通だけど、その恋のほとんどが幸せな「結末」を迎えないのは、
    そこにたどり着くまでがハイリスクハイリターンだからなのではないかな、と、おもっています。

    ぐだぐだとしゃべりすぎました。アキラは動かしにくいキャラだったとおもいますが(すみません)、
    とりあえずアキラのターンお疲れ様でした! 続きもがんばってくださいですー!

    2009/07/13 22:37:02

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