またしばらく仕事、ないんだろうな。
なぜか何もする気になれず、昼、自室でぼうっとしていると、マスターが突然部屋に入ってきた。

「マスターっ!?突然入ってこないでくださいよっ!」
「何か見られて困ることでもしてたのか?…鍵を開けといてるお前が悪い。」
「見られて困ること、って…」
「まぁそれは冗談だ。新曲持ってきてやったぞ。」

そう言ってマスターは俺に楽譜をほうり投げた。

「え…?」
「グミちゃんとのデュエットだ。お前が今度は主旋律なんだから、練習しとけよ。明日一回目のレコーディングはいるぞ。」

そう言い捨てて、マスターは部屋から出て行った。
俺は少し、頬が緩むのを感じた。…なんでかはよくわからないけれど。




グミちゃんは、一曲目より明らかに成長していた。声に色艶が出てきている。今までだったら絶対に歌ってないような、アダルトテイストの曲を歌いこなせるようになっていた。
俺は感動して、グミちゃんを褒めると、グミちゃんは嬉しそうに頬を染めた。確か、カイトさんのおかげですとか、嬉しいですとか、そんなことを言っていたような気がする。
そして、グミちゃんは相変わらず俺とマスターのやり取りを笑いながら見ていた。あんまり笑うので、試しに面白いか聞いてみると。
グミちゃんはにこっと笑ってからしっかりと頷いた。
俺はなぜかそれがすごく嬉しくて、でもそれを表に出すのがなんか恥ずかしくて。いつものようにへらっと笑って軽口を叩くと、すぐさまマスターに突っ込まれた。
それだけは妙に印象に残っていて、不思議と、俺は幸せな気持ちになった。




二回目で、収録を終わらせると、マスターは俺たちにタイトルを考えさせた。
なかなかいいのが思いつかなくて、まぁいつものことだなと諦めたとき、グミちゃんはよりによって俺の一番苦手な英語の題名を言い出して。…フランス語なら多少は知ってるのに、なぜ英語。
俺はポカンとしていたらしい、グミちゃんがくすっと笑って、…自分ができないのがなぜか突然とんでもなく恥ずかしいことのような気がした。
赤面しているのも見られたくなくて、慌ててそっぽを向くと、グミちゃんに背中をつつかれた。

「カイトさん?あの…カイトさん?そろそろこっちを…」
「…悪かったね。ルカに英語教わってないのっ!わかんないのっ!」

自分でもびっくりするぐらいの子供っぽい声が出る。何がおかしいのか、グミちゃんはまた笑った。

「あたしもこの前教わったばかりなので大丈夫ですよ。えと、indigoは…」
「いいもん調べるもん自分で調べるもんだからいいの説明しなくても!」

もうどうにでもなれだ。俺は子供っぽさ全開で叫んだ。笑えばいいじゃないか。
でも今度は笑い声が返って来なくて、気になって振り向くと、グミちゃんは小さい声でわかりました、と言って黙り込んだ。…やばい。俺は珍しく、かなり焦った。

「ごめん。怒っちゃった?…もし説明したいならさせてあげてもいいよ。」

でもどうしても恥ずかしい気持ちには折り合いがつけられなくて、ちょっとだけ不服そうなニュアンスが言葉に混じる。だけどグミちゃんは、その一言でぱっと花が開いたように笑った。
その笑い方が一瞬とんでもなく可愛く、眩しく見えて、俺はそんな自分にぎょっとした。…だってそんな、可愛いなんて。めーちゃんみたいなのが好きなはずなのに、俺は。…そもそも、俺には誰かを愛するなんて無理なのに。

「させてください!」

そんな俺の内心を知らず、グミちゃんはにこにこ笑う。すごい動揺したけれど、なんとか俺はふっと笑うことに成功した。

「じゃあどうぞ?」
「えっと、indigoは…」

俺はタイトルの意味を半分聞きつつ、意識はグミちゃんの一挙一動に飛んでいた。なんでこんなに俺はグミちゃんを見ている。…なんでこんなに、眩しく見える。

「わかりましたか?」

グミちゃんの一言で俺は我に返った。

「いいタイトルだね!」

本心だ。一応意味はわかった。
…自分が動転してるのがおかしくて笑うと、グミちゃんもにこにこ笑った。
俺は新しい曲"Indigo Night Dream"の楽譜にタイトルを書き込むと、部屋の楽譜入れにそれをしまってから、めーちゃんの部屋に行った。




「めーちゃーん…」

ノックしてそう言うと、めーちゃんはドアを開け、ぎょっとした。

「なんであんたそんな変な顔してんの。ほら入りなさい。話は聞くから。」

てきぱきと中に誘導される。そのまま勧められた椅子に座ると、めーちゃんはもう一つの椅子に座って頬杖をついた。

「で?何があったの?」

俺はため息をついた。

「ねえ…俺自分がよくわかんない…最近…」

めーちゃんは、俺より長いため息をついた。

「わからないのが普通なの。それに気づかないとは相当な馬鹿ね。超馬鹿。」
「…超馬鹿って。」

めーちゃんはふっと笑った。…めーちゃんは、やっぱりすごくかっこいい。俺が誰か好きになれるとしたら、こういう人なんだろうな、きっと。俺はそう自分に言い聞かせた。

「ま、たまには考えるのもいいけど、わかんなくなったら今までのあんたみたいに直感で行動すれば?…それがいいって人もいるみたいだしね。」
「…え?」
「これ以上は言わない。」

めーちゃんはぴしゃっと俺の背中を叩いた。

「ま、頑張れっ!夕飯行くよ。」

俺はめーちゃんに引きずられるようにして食堂に向かった。




そして夕飯の後。

「カイトさん!」

突然呼び止められた声にびっくりして振り向くと、そこにはグミちゃんが立っていて。

「一緒に散歩行きませんか?その、もし暇だったら…」

その内容にさらにびっくりして、俺は一瞬きょとんとした。不安そうなグミちゃんの顔を見て、慌てて笑って頷く。

「あぁ、いいよ。ちょうどアイスを切らしてたところなんだよね。コンビニ行こうか。よかったらおごってあげるよ?好きなアイス。」

機嫌を直してほしくてそう言うと、グミちゃんはやっとほっとしたように笑った。
行きにはずっと曲の話をしていた。グミちゃんの言葉はよく途切れるけれど、その一瞬一瞬の顔が妙に寂しそうに見えて、俺は必死で会話をつなげていた。
俺、なんでこんなことに必死になってんだろ。そう思いつつも、やっぱり会話が途切れると、俺はグミちゃんに話しかけた。
そしてアイスを食べているとき。

「あの、カイトさん…」
「ん?」

俺は笑って返事をした。グミちゃんは、なぜかそれを見て一瞬俯く。
もう一度グミちゃんが顔をあげたとき。

「あたし、実はカイトさんのことが好きで…その、付き合ってくださいっ!」

あり得ない言葉がグミちゃんの口から飛び出てきた。

「え…その…え、ほんと?」

…嘘だろ。俺を誰かが好きになるなんて、愛してくれるなんて。…強く強く、愛されたいと願っていて、でも実際にそんなことを言われたら、信じることなんてできなかった。
嘘だ。こんなことは、こんな幸運は、幻で手には入らないものだ。マスターに拾ってもらった時点で、俺の運は尽きているはずだ。
グミちゃんが頷いたのは、目に入らなかった。

「…知らなかった。俺ずっとグミちゃんってがくぽのことが好きなのかと…」

そうだ、グミちゃんはがくぽが好きなんだ。だから俺に抱いてるのは一種の憧れで、幻想だろう。

「いえ…その、がくぽさんはもう兄弟みたいな感じで…」

グミちゃんはつっかえつっかえ話す。…だってほら、がくぽと一緒にいるときよりよっぽど楽しくなさそうで不安だ。俺といるときは。
そもそも兄弟を好きになるのと他の人を好きになるのは、どちらも同じ『好き』という感情なんだから同じはずで、他の人だから恋愛とか、兄弟みたいだったら恋愛じゃないとか、そんなことはないはずで。

「うーん…グミちゃんねぇ…可愛いんだけどね…まず、付き合うとか、恋愛するってほど俺グミちゃんのことよく知らないし。グミちゃんも俺のことそこまで知らないだろうし。だから幻想抱いてるって可能性もあるんじゃないかなぁ。あとね、」

そう、幻想だ。幻想のはずだ。だってそんなよく知らないのに、相手のことも。
たかだか三日や四日の間に人を好きになるなんてあるわけがない。あんなに長いこと一緒にいるめーちゃんでさえ、俺は好きかどうかわからないのに。
…それに、自分でもよくわからないけれど、俺の実情をしってがっかりするグミちゃんは見たくなかった。
こんなに善良な人を、俺は愛せるはずが無かった。誰も愛せないんだから。何が愛なのか、何が恋なのか、好きという感情はなんなのか、そんなことすらわからない俺を知ってグミちゃんが離れて行くのは、なぜか嫌だった。
だから深い付き合いなんかしたくない。今のままでいい。今のままで、楽しく居心地のいいままでいさせてくれ。お願いだからいさせてくれ。
俺はもう幻滅なんかされたくないんだ。幻が滅亡したときの恐ろしさはよく知ってる。
…もしこのまま関係がダメになるなら、俺の手で、手酷く振ってしまいたい。

「グミちゃんって、なんていうか、普通すぎる気がして。それに俺、強い女性がタイプなんだよね。めーちゃんみたいな感じの。だからグミちゃん…うーん…」

ごめん、めーちゃん。引き合いに出して。でも俺が好きになれるのはきっとめーちゃんみたいな人だけだし、何よりめーちゃんは、グミちゃんから一番遠い感じの人だった。
お願いだから、幻がふくれあがる前に、俺の実情ではなく、この言葉で。
諦めてほしい。
グミちゃんは、にこっと笑った。

「わかりました。すいません、困らせて。もしまたチャンスあったらデュエットさせてくださいね。あと話さなくなるとかなしですよ?」

…よかった。諦めてくれる。
デュエットもまだして欲しいと言ってくれる。話したいとも言ってくれる。
これでいい。これが最高だ。「カゲイト」は知ることなく、気づくこともなく、傷つくこともなく。
どこかちくちく残る痛みは、すぐに忘れられる。俺なら。




ごめん。
俺は、きっと君を愛せない。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

デュエット ~KAITO side~ ②<Indigo Night Dream>

お待たせしました。第二章。
正真正銘のバカイト発揮です。
GUMI可哀想に。。。w

めーちゃん&マスターかっこいいです!w

閲覧数:117

投稿日:2012/09/14 07:56:03

文字数:4,158文字

カテゴリ:小説

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