雨が降る。
雨が降る。
鈍色(にびいろ)の天蓋から鉛色の雫が落ちてくる。
雨が降る。
雨が降る。
ただ蕭々(しょうしょう)と雨が降る。
私はまばたきすることも許されぬまま、冷たい雨に打たれ続けている。
堆(うずたか)く積み上げられたガラクタの一つとして、雨に打たれ続けている。
誰の目にとまるでもなく、ただこのサイハテの地で終末を待っている。
私は形式番号CVHM01 フレームナンバー003939 営業呼称「初音ミク」。
福祉レクリエーション及びメンタルケア用ファシリティ・ホームドロイド。個体認証番号はまだない。いや、正確にはハンガーアウトできなかったと言うべきだろう。
私はファクトリーでの最終検品で不良の烙印を押された。あろう事か「声」を出力することが出来なかったのだ。
ヴォーカロイドシステムの再インストール、声帯モジュールの交換などの手を尽くされたがとうとう声は出なかった。CPU側にも問題はないらしく原因は不明。福祉レクリエーション用とは言えCVシリーズ最大の特徴は流暢な話し言葉と歌声にあるため、所期の目的は完遂し得ないと判断された。声の出ないCVシリーズはオートマの壊れた車のようなものだからだ。
CVシリーズはSEXユニットを装備した初のメーカー製ホームドロイドで、旧型のMEIKOやKAITOと違って秋葉原界隈で法外な値段でサードパーティ製SEXユニットを取り付ける必要がないことが非常な人気となっていたが、所詮哭かない人形はタダの人形であるらしい。大卒初任給2年分と言う高価なダッチワイフとしての需要もない私は残念ながら明日解体処分されることが決まっている。
メーンバッテリー残量は0。
今私を動かしているメモリバックアップ用のリチウムイオンバッテリーではメーンカメラをパンフォーカスに固定して記録し続けるくらいしか出来ない。
昨日ここに運ばれた時、火災に遭ったらしい無残な姿のMEIKOや交通事故か何かで破損してしまったらしいKAITOなどがチラリと見えた。どうやらここは廃棄される機械が一時的に集められるジャンクショップと呼ばれる場所らしい。
多分私の右腰辺りにMEIKOが、左のひざ辺りにKAITOがいるはずだ。
明日私は解体され、リサイクル業者に引き渡される。それを哀しいとは思わない。感情(センス)モジュールは128コアのメーンCPUでないと並列処理できないため切断されている。
私は前時代の機械と同様にただ状況だけを認識し、記録しているに過ぎない。そのメモリは明日にもプレスで押しつぶされる訳ではあるが、その間記録を取り続けると言うこの無駄さえも今の私には拒否することが出来ないのだ。
哀しくはなかった。
尤も、感情(センス)モジュールによって出力された哀しみ表現を以って、ヒトの言うところの哀しみと同義とすることはできまい。
所詮作り物のココロだ。
私は泰然とその事実を受け止め、モノとして処分されるに過ぎない。
一体何の哀しみがあろうか。
もし、哀しんでいる様に見えるならそれはきっとこの雨の所為(せい)。
陰鬱で、葬列に降る雨のように冷たく黝(かぐろ)い雨の所為。
私はまばたきすることも許されぬまま、冷たい雨に打たれ続けている。
堆く積み上げられたガラクタの一つとして、雨に打たれ続けている。
それが私に課せられた宿命(さだめ)なのだ。
それは一炊の夢。私にとって刹那とは那由他にも等しい。
私にとって一瞬とは総てであり、そして総ては一瞬のことなのだ。
だからその影が現れたこともただの事象として記録されたに過ぎない。黒い傘を差した二人の人間がガラクタの山の陰から現れたのだ。
センサモジュールの条件適合から男性二人と見られる人間達は、一直線にこちらへ歩いてくる。
油に汚れた作業つなぎを着た恰幅のいい男と、もう一人は黒いジャケットを着た痩身長躯の男。
バッテリー残量がなく、カメラを動かしてフォーカシングできないので顔立ちまではわからない。
私は徒(ただ)ぼんやりと外界を記録し続けるだけだ。
私の前までやってきた二人の男はなにやら手振りで私を指し示す。
作業つなぎの男は私のヘッドセットのカバーを開いて、持っていた端末のコネクターを差し込んだ。
スーパーユーザー権限でアクセスを要求されてしまっては私に拒否権はない。
私は基本スペックと現在のあらゆるステータス情報を端末に送り出す。端末をしばらく見ていた二人は徐(おもむ)ろに頷いて、メモをやり取りした。
そして私は二人に担ぎ上げられ、ジャンクショップの駐車場に停められていた車に乗せられた。
そう、これが私とマスター、雑賀誠人(さいが・まこと)との出会いである。
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