16.
ようやくあらわれたるかを見て、私はなによりもまず、うつむいて深く深くため息をついてしまった。
「御館様。ど、どうしたのでござるか?」
私は顔を上げて、彼女の顔をまっすぐに見つめる。一瞬前まであった彼女に対するさびしさは、あっさりと吹き飛んだ。代わりに胸中に現れたのは、もちろん怒りだ。その不愉快なほどに私に似ている顔はゆるみまくっていて、少し鼻血も出ていて、どうやら口元からよだれもたれていたような跡が見えた。本当にもう、彼女は私をおとしめるためだけに存在しているとしか思えない。私にとっては忍者るかの存在そのものが害悪なのではないだろうか。
そんなことを考えていたせいかいろいろと気が変わった私は、射すくめるかのようにるかを見下ろし、宣告した。
「お寿司を食べさせてあげるっていうのは、嘘よ」
まぁ、気が変わるもなにも、そもそもるかが出てくるとも思っていなかった、単なる思いつきの発言だったのだ。それだけでお寿司をぽんと奢れるほど学生の懐は暖かいわけではない。今日のるかのお昼ご飯代だって、何百円とはいえ予定外の出費であることに違いはないのだから。
「なんとッ!」
るかは信じられないという風に驚愕に口を開け、瞳をまん丸に見開いた。
「天より高い志と海より深い慈愛に満ちあふれ、右の頬をぶたれたら左の頬を差し出してしまうほどの気高さを持った御館様が、あろう事か拙者に嘘をつくなどありえないのでござる!」
とてもとても余計な私への信頼具合に、軽く吐き気を覚えた。
「うるさい黙れ。そんなことはどうでもいいのよ」
「……いやその、拙者にとってはそんなことでは――」
「なにか文句でも?」
私の氷点下の視線に、忍者るかの表情が固まる。
「ナンデモナイデゴザル」
「よろしい」
私は腕を組んで咳払いをする。
「人間のクズ、いえ……るか、私の質問に答えなさい」
思わずでてしまった私の言い間違いに、忍者るかの身体が一瞬ぐらりと揺れて、表情が苦痛にゆがむ。……が、瞳に涙を浮かべながらもなんとかこらえたようだった。
「……セッシャ、オヤカタサマノシツモンニコタエルデゴザル」
非常にフラットな返答ではあったが、私は満足してうなずく。
「今日の昼の出来事について説明しなさい」
「そ、それは……」
その質問を想定していなかったのか、それとも単に聞かれたくない質問だったのか、るかはわかりやすく動揺した。彼女はどう答えたものかと思案した後、申し訳なさそうに首を縮ませて、ぼそぼそとつぶやく。だが、この間抜けな忍者は私が知りたかったこと――それはもちろん、なぜ初音さんから問い詰められた時に食堂から逃げ出したのか、だ――を答えてくれるはずもなかった。そもそもの回答内容が的外れだったということもそれはそれで問題だったのだが、それだけではなかった。それだけであったならば、どれだけよかったことか。
「そ、その……あの後は、そうたいしたことはしていないのでござる。ただ……ただ、初等部のプールサイドで、水着で戯れる幼い少年少女達の純真無垢な姿をぼんやりと眺めていただけでござる」
考え得る限り最悪の回答だった。もはやこいつを一瞬たりとも野放しにするべきではない。
思わず握りしめた拳が、怒りのあまりぷるぷると震える。それは爪が掌に食い込むほどで、もちろん痛かったのだが、こらえることができなかった。
そんな私の態度を見て、るかは慌てて弁解するように言葉を続けたのだが……、それはもちろん、まったく弁解になどなっていなかった。むしろ自らのさらなる悪事をバラしただけだった。
「と、特に悪いことや、変なことはしていない――全然、なんにもしていないでござる! おとなしくしていたでござる。ほ、本当でござるぞ。ただ見ていただけでござるからな。こ、声をかけたり触ったりは一切していないでござる。プールと更衣室で見ていただけでござぐほッ……!」
制服だったのでもちろんスカートをはいていたのだが、スカートがまくれ上がるのも構わずに、しゃがんでいた変態忍者のみぞおち目がけて、全力で黄金の右足をたたき込んだ。変態が喋り終わるのを待ってなどいられなかった。
「……! ……ッ! ……ッ!」
変態は声にならない悲鳴をあげながら、数メートルごろごろと転がる。
七、八回ほど転がって、生ゴミ……あ、いや、変態は床に四肢を投げ出すような体勢でようやく止まった。白目をむいており、口からは泡を吹いていた。実に認めがたいほどの身体能力を持った変態と言えど、人体の急所はさすがに耐えられないらしい。筋肉は鍛えられても内臓は鍛えようがないから、当たり前と言えば当たり前なのだが、その当たり前が通用しない相手だけに、苦しんでいる姿は非常に痛快だった。
「……るか」
それから少しして、私はさすがにやり過ぎたことに気付いた。変態はいまだ白目をむいて泡を吹いたままで微動だにせず、どうやら気絶させてしまったようなのだ。
「……早く起きなさい」
返事は、もちろんない。
こんな変態に気をつかう必要などまったくないのだが、こいつを校内に放置して帰るわけにもいかない。いくら放課後で生徒がほとんど帰ってしまっているとはいえ、この変態をこんなところに残してしまったらなにをされるかわかったものではないのだ。……つける必要すら感じない注釈ではあるが、加害者はもちろんこの変態で、被害者は生徒である。念のため。
だが、気絶したまま起きる気配を見せないこの変態を運ぶと言っても、私一人では到底無理な話だ。
「……お嬢様? 椿寮へお帰りになられたのではありませんでしたか?」
途方に暮れていた私の背後から、聞き慣れた声が響く。
振り返ると、そこには見慣れたグミの姿があった。私が生徒会室を出た後もやっていた仕事が終わり、帰り損ねていた私に追いついてしまったということらしい。
グミは、私の返答を聞く前に、私の先で倒れたままの変態の姿を見て納得する。
「ははぁ、なるほど。その者をここに放置するわけにもいかないけれど、一人で運ぶのには少々無理がある、というところなのですね」
「……ええ」
「わたくしとお嬢様の二人で、ここから連れ出すように致しましょうか?」
私はなんとなく情けなくなってうなだれたくなるのを我慢し、グミの提案にうなずいた。
「ごめんなさい、お願いするわ」
Japanese Ninja No.1 第16話 ※2次創作
第十六話
今回はとりあえず一話だけです。
一応、現状では十九話まで書いているのですが、おそらくめいっぱい修正すると思うので、ここまでです。
自分の書いたものを読み返す度にいろいろと書き足したり書き直したりしたくなるのは悪い性分なのかもしれません。
今回は短いですが、次の十七話と十八話はそれぞれ今回の二倍、三倍くらいの分量になっているので、またできるだけ早いうちに更新できるように頑張りたいと思います。
それではまた。
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