綺麗にカールした睫に縁取られた、アーモンド形の黒目がちの瞳。形の良いアーチ型の眉に筋の通った鼻。口角の上がった唇は果物のように甘くてつややか。手入れの行き届いた長い髪はトレードマーク。まだ幼さのある輪郭に、少女と大人の境目を行き来するうなじ。細い肩にすらりと伸びた華奢な手足。ちょっと胸元が貧弱なのはご愛嬌。
どんな女の子にも負けはしない。だって私は世界で一番のお姫様。
普段は二つに結い上げている髪を下ろして毛先をゆるく巻いてみた。靴はつま先にリボンのついた新しいヒール。モノトーンの甘めワンピースにお気に入りのカーディガンを羽織ってみる。寒いから首にはストールをぐるぐると、でも可愛らしく巻いて。
今日のコーディネートは最強。
そう意気揚々と私はアルバイト先のカフェへと向かった。古いビルの二階にカフェがあり、その3階は店長の住居スペースなのだが、一部分、お店のスタッフルームとして使用させてもらっている。
「おはようございまーす。」
店長の部屋の入り口付近、仕切りで区切られた3畳ほどの狭い空間。荷物置き用の棚が置かれているその場所に、そう挨拶をしながら足を踏み入れると、同じアルバイトで厨房スタッフの小林が、はよ。といつも通りの無愛想な返事をしてきた。
小林の横に並んで、棚に荷物を置きストールを外していると、ふと小林がこちらに視線を向けてきた。
「なんだよ、その髪型。」
そう微かに首を傾げて手を伸ばして、小林が長い髪の毛先に触れる。その長い指の中できれいに巻かれた髪が揺れた。
手の届く距離に小林がいて、髪の毛に触れてくるなんて。ちょっとどきりとする。
「巻いてみたんだ。可愛いでしょ?」
そうどぎまぎするキモチを抑えつつ、できるだけ無邪気な様子を装って、だけど一番かわいい笑顔で私は言った。
だがしかし。そんな完璧な笑顔に小林は、アホか。とつめたい言葉を叩きつけてきた。
「おろしたままじゃ鬱陶しいだろう。接客なんだから髪の毛はちゃんと結え。」
折角の巻髪を鬱陶しいというのか、この男は。
がつん、と言葉の圧力にのけぞりそうになる。しかし、分かってますから。と私は強い眼差しで小林を見上げて踏みとどまった。
「言われなくても仕事中はちゃんと結いますから。」
ちょっと高飛車な口調でなんとか応戦。だがしかし、追い討ちをかけるように小林が、その靴。と足元を指差す。
「そんなヒールの靴でホールの中を歩いたら、かつかつ足音が煩いだろ。」
可愛い靴も、小林の前では煩い靴に大変身。
更なる攻撃に瀕死の重傷。倒れそうになる。それでも必死で堪えつつ私はカバンの中から、かかとの無い、でもそこそこお気に入りのバレエシューズを取り出して小林の目の前に突きつけた。
「履き替える用の靴、持って来てますから。」
ちゃんと仕事中はこっち履くもん。そう私が言うと、小林は意味が分からない。というように目を見開いて見返してきた。
「ていうか、わざわざここで履き替えたりしなくても、家からそっちを履いてくればいいんじゃないのか?髪の毛だって。」
そう呆れた様子で小林は言う。その言葉に反射的に私は唇を尖らせた。
「小林は、可愛くなりたい女の子のキモチをまるっきり分かってない。」
そう憤慨しながら言うと小林は、分からなくて結構。と醒めた調子で言い返してきた。
「俺は女じゃないから、分からなくてもなんの支障も無い。」
そう冷静に言う小林にこの冷血男。と私は悪態をついた。
「そんな事言ってると、女の子にもてないよ。」
「別に、もてようと努力するつもりはないし。」
素っ気無いその言葉。その飾らない態度が小林らしい。といえばその通りなのだ。だけど。
この、可愛い私に向かって褒め言葉の一つもないなんて。
「他に言う事はないわけ?」
これでどうだ。とばかりにそう言って上目使いで睨みつけてやる。そんな私を小林はじっと見つめてきた。
ヒールを履いている分、少しだけ近づいた小林の切れ長の眼差しに、思わず胸がどきりと鳴る。無駄な肉のついていない背の高い体や、鋭角を思わせる端整な造りの顔立ちは格好良いというよりも怖い印象で、近寄りがたい雰囲気だが、それが良く見えるときもある。
一見冷たい印象を与えるその瞳がふと、笑みを含んだ。
瞬間、心拍数が上がる。頬が火照る。可愛いって言ってくれるのか?ついに?ああ落ち着け私。
「初音、お前の入り時間は一時間後だぞ。時間、間違えてる。」
ああもう。何この返事。
時計を指差して、小林は笑いをかみ殺しながらそんな事を言ってきた。そんな言葉が欲しかったわけじゃない。と私はため息をついた。
「そんなこと、どうでもいいんだけど。ていうか、そんなこと分かってるし。」
「なにお前、わざと早く来たのか?」
しまった、口が滑った。怪訝そうに眉をひそめる小林に、私の表情は強張った。しかしどうやっても放った言葉は戻らない。既に遅く、小林はもしかして、と首をかしげながら言葉を続けた。
「お前もしかして、その格好を俺に見せるために早く来たのか?」
頭が沸騰するかと思った。
頭に血が上って顔が熱い。鏡を見なくても自分の顔が真っ赤なのが分かる。動揺を隠さなくちゃ。って思うけれど、ポーカーフェイスとか無理だし。ていうか小林はなんでそういうところだけ聡いのよ。
「こ、この間、ここで失くし物したから、それを捜したかったの。なんで小林に私の可愛い格好見せなきゃいけないのよ。」
できる限り平静な声を装って、ツンと顎を上げて、高慢な調子の言葉を言ってみた。
だけど明らかに言い訳的なその言葉。嘘まるわかりの態度。私の嘘はきっと小林には簡単に見破られてしまうだろう。私の気持ちなんかきっとお見通しだろう。
見破って欲しい気持ちと気がついて欲しいキモチがせめぎ合う。どちらかというと、気がついて欲しいキモチのほうが強い。てか、気がついてよ、ホントマジで。
しかし小林は、それもそうだな。とあっさりと引き下がった。
ちょっとそこ、引き下がるところじゃないでしょ。
思い切り眉間にしわの寄った表情で睨みつけてやったけど、しかし小林は気がつく様子もなく。身支度を整えて小林は、先に行ってるぞ。と仕事に向かうべくスタッフルームから出ていった。
くそう、負けた。あの冷血野朗、本当に褒め言葉の一つも言わなかった。私もわたしだよ、なんでもっと可愛い態度ができないかなぁ。もうホントくやしい。
そのむかっ腹を立てながらも、もうこれであと1時間やることが無いので、仕方が無いのでとりあえず髪でも結おう。と私は持ってきたピンやゴムをカバンの中から取り出した。
備え付けの鏡に向かい、自分の髪に触れる。手ぐしでとくと、緩やかに巻かれた髪が柔らかく揺れて、ほんのり微かに花の匂いがミクの鼻腔をくすぐる。
香水は大人すぎてまだ似合わないけど、いい香りのヘアワックスならば似合うかな。そう思って使い始めたのに。この香りはきっと届かなかった。そう思ったらなんだか悔しかった。
こんなに可愛くしてきたのに。ちくしょう。
そう悪態をつきながら、私は鏡の中で泣き出しそうな自分の顔を睨みつけた。無造作に髪を二つに分けて馴れた手つきで髪を結い上げる。いつもと同じ髪型。いつもと違うのは揺れる巻かれた毛先。
ああそうだよ。私は小林が好きだよ、ちくしょう。
皆、私のことをちやほやしてくれる。ナンパだってウザい程経験がある。隣に彼女がいるくせに、視線を投げかけてくるような男子だっている。私のこと可愛いって言ってくれる人ならばそこら中にいる。
だけど、悔しいけど。私が一番可愛いっていって欲しい相手は小林だけなんだから。
他の人みたいに私をお姫様扱いしない。可愛いって一言も言ってくれない、それどころか腹が立つようなことばかり言ってくる。
それでも。小林に可愛いって思って欲しいんだから。
アーモンド形の瞳が大きく瞬いた。強い光が宿る。髪を結い終えて、不敵な表情で自分の姿が映る鏡を強く睨みつけた。
私は世界で一番のお姫様。覚悟しておいてよ。
Cafe・我侭姫と無愛想王子・1~WIM~
ワールドイズマインの二次創作です。
これも、カフェが舞台です。
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更に言うと、アナザーぽくない男子です。ごめんなさい。
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