※この話はいっこ前に書いた微熱の音の続きのような話です。
これだけだと、?なところもあるかもしれません。
それでも良いよ!あるいは読んだ事があるよ!という方はどうぞ~
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マスターが。と、ミクが泣きそうな顔で言った。
「マスターがいま、ひとりなの。ひとりで、泣きそうな顔してたの」
自分が泣き出しそうな顔で、ミクはそう言った。
マスターが泣きそうならば、辛いことがあるならば、傍に駆け寄って抱きしめたいと思う。この腕は、誰かを抱きしめるためにあるのだと、そう思いたい。
けれど。
自分たちとマスターのいる場所の間には、薄くて遠い、透明な壁が立ちふさがっているから。
話は、少しさかのぼる。
私は嫌ですよ。とマスターの大きな声が、ルカたちの暮らす家まで聞こえてきた。突然響いたその大きな声に、ルカは手に持っていたお菓子を思わずぽろりと取り落としてしまった。
五月の穏やかな平日。ルカは家の居間で隣の家のがくぽと一緒にお茶を飲みながら、取りとめの無いお喋りをしていた。もうすぐ梅酒をつける時期だけど、今年も又沢山つけるのだろうな。とか、去年のものはあと少ししかないから、飲み比べはあまり出来ないかしら。とか。
兄姉のカイトとメイコは揃って買い物に出かけているし、リンとグミはあげはのところに遊びに行っている。レンは姿が見えないけれど、最近新曲を貰ったばかりだからどこかに出かけてこっそり練習でもしているのだろう。そしてミクは少し前に別の「ミク」さんのところから帰って来て、今はマスターと話をしているはずだった。
そう、マスターと話しているのはミクで。つまり、マスターが大声を出しているという事は、マスターとミクが喧嘩をしている、という事だ。マスターが多声を出すなんてそもそも珍しいことだ。ルカが迷子になったときだって、怒るというよりも、穏やかに諌められた感じだった。こうして誰かを大声で叱りつけるマスターなんて初めて見るかもしれない。
「私は反対です。そんな事、あなたにもさせたくありませんよ」
「そんなの、マスターの勝手じゃない。私には分かるんだもん。ミクさんの歌いたい、って気持ち、分かるから」
大声を出すマスターに対し、だから、とミクもまた大きな声を上げて反論している。
状況はまったくつかめないけれど、とルカは目の前で自分と同じように眉をひそめて何かを考え込んでいる、がくぽに視線を向けて思った。これは仲裁に入った方がいいのかしら、それともこのまま様子をうかがっているままの方がいいのかしら。
けれどやっぱり、とおろおろと中途半端に腰を浮かせたルカを制するように、がくぽが手のひらを向けた。
「ミク殿が戻ってくる気配がする」
「え?」
慌てていたせいで聞こえなくなっていたけれど、がくぽの言う通り、確かにこちらに向かってくる足音が響いてきていた。
ばたんと、乱暴に玄関を開けて帰ってきたミクは、どすどすと大きな足音を立てながら廊下を歩き、居間へと入ってきた。怒りと悲しみの形相で入ってきたミクは、ルカたちがここにいた事に気が付いていなかったのだろう。一瞬ばつの悪い顔をして、部屋にそのまま引っ込み掛けた。だが甘えん坊な所のある彼女は、誰かに話を聞いて欲しくもあったのだろう。一瞬だけ迷うように足を止め、そして、すたすたとルカの横に歩み寄り、すとん、と腰を下ろした。
ミクは、怒りとやりきれなさの混じり合った、泣きだしそうな顔をしていた。頼りないその様子に思わずルカがミクの小さな肩をそろりと撫でると、眉根を寄せて口を開いた。
「私だって、やりたいわけじゃないもん。私だって、嫌だもん。マスターだけが嫌じゃないんだよ、私だってそうなんだよ。だけど、同じ、ミクなんだよ。気持ち、わかっちゃうから、だから、」
最期の言葉はぐずぐずと涙で崩れてしまった。ううう、とこらえ切れない涙がミクの大きな瞳からボロボロと零れ落ちた。それでも泣きたくないのか、必死でこらえようとしている。ぎゅう、と両掌を強く握りしめて、口をへの字にしながらミクは、だから、歌わないといけないのに。と呟くように呻くように言った。
何があったのか全く分からなかったが、泣いているミクにルカまでもが悲しくなってくる。何とか泣きやんで欲しくてルカはそっとその二つに結ったミクの頭をなでた。さらさらと綺麗な髪をそっと優しく撫でる。がくぽもルカと同じ気持ちのようで、飲み物を持ってこようか、とか、今まで二人で食べていたお茶うけのまんじゅうを差し出したりとかしている。
「私、おやつにつられるほど子供じゃないよぅ」
泣いているせいで少しろれつの回らない口調でそう言って。ミクは、がくぽの差し出したまんじゅうを目の前に首を横に振った。
「いやしかし、お腹がすくと悲しさも倍増だと誰かが言っていて、だな、」
「お腹が空いて悲しいわけじゃないもん、がっくんのばかぁ」
がくぽの言葉に、何かのタガが外れたのだろう。うわーん、と勢いよく泣きだしたミクに、ルカとがくぽは何とか泣きやんでもらおうと思いながらもおろおろとただ横にいることしかできなかった。
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