音楽の女神達が愛した国、調和と平和を讃えた、仮初の楽園。
貴族の棲む高級街から溢れる音楽と、貧しい者たちが住む貧民街から流れる呻きと嘆き。不協和音に女神達の顔は歪む。
楽園ではない。楽園ではいられない。ならば、もうこの国を愛する必要はなくなる。去ってしまおうと女神達はそれぞれ頷く。

けれどその前にもう一度、この国の音楽に触れておこうと女神の一人が呟いた。


1:吟遊詩人の災難

カイトは旅人だ。音楽の愛された国と聞いて、はるばる海を船で渡ってやってきた。旅した国々であったことを、その土地で触れた音楽を謳い紡ぐのが、
カイトの仕事であったし、楽しみでもあり、生きがいでもあった。

「暑い」

四季のある国だと聞いてはいたが、時期はどうやら夏。陽射しが肌に突き刺さり、ついと口からは太陽への不満が零れてしまう。
太陽の神といえば、アポロンか。気紛れな神様だと神話は詠う。
さてその神話を謳ったのは誰だったのだろうか。ホメロスだろうか、カイトは思い浮かぶことを頭で整理もせずに、思うが侭に繋いでいく。
カイトにとってはそれが歌を作る上で重要なこととなっていた。作る過程と言ってもいい。散漫で曖昧。思い浮かべた言葉を並べて、組み替えて、言い換えて、音に当てはめる。
音を奏でるのは竪琴。笛も持っていたが、笛を奏でてしまえば謳えない。
謳うにはやはり弦楽器が一番。

「太陽の光、海の風、潮の香る楽土」

それはまさに楽園と呼ぶに相応しい環境と思えたが、思えただけだ。
目の当たりにした楽園は、噂どおりの堕ちた楽園。
堕落して、神に見捨てられようとしている国。海に隣するこの国の浜辺は徐々に海に侵食されている。
海面の上昇なのか、大地が沈下しているのか。
どちらにせよ、年々侵食は拡大し、速度を上げている。
研究者の話では、近いうちにもこの国は海に消えるだろうと。
海に消えるまでの猶予は持って五年か、十年か。金のある貴族達はさっさと新たな家を他国に構え、逃げ出す算段。商人たちも、そそくさと他国へ流れるだろう。
残るのは貧民だ。逃げ出すのか、国と共に死んでいくのか。旅人であるカイトには分からない。
そんな状況下の中、訪れたのは勿論、消えうせるであろう楽園を目に焼き付けに来たためだ。
吟遊詩人は謳う為の存在。歴史を詩で彩り、音で伝える。

「活気はまだあるんだ」

市場と思わしき場所は、他国と同様に活気に満ち溢れている。
獲れたての魚や、宝石のように輝く果実に、色とりどりの野菜たち。
何処かで肉を燻す匂いもしており、小腹の空いたカイトの食欲をそそる。

市場で溢れる人の並を歩き、声を掛けてくる露店の主人達と適当に会話しながら、赤い熟れた果実を一つ買い、齧る。
口に広がる酸味と蜜の甘さに自然と綻ぶ口元。見えてきたの市場の先にあったこの国一番の噴水広場。

音が聞こえた。
いや、先ほどからいたるところで音は聞こえている。
誰ともなしに、道で楽器を奏でたり、鼻歌を歌ったりと、ここは確かに音楽で溢れているのだ。
心惹かれるような音ではなかったけれど、音は不協和音になりそうなのに、微妙なハーモニーを奏でていた。

太鼓のリズミカルな音と、手拍子に、促されるように高らかに謳うヴァイオリン。ヴァイオリンを追って必死なフルートと、楽しそうに転がされた鈴の音。

意識は次第に広場の音を拾ってしまう。
ドンッと何かがぶつかって、一瞬驚いて、何がぶつかったか探す。
走り去った金色が見える。懐を確認、やられた。
とはいえ、あれは偽物。旅をしていれば一度や二度ではない。貴重品はもっと別の場所に入れている。
まぁ使い勝手の良さを考えて多少の小銭はいれているが、子供の小遣い程度。
音楽の神様に捧げたことにして、早々に掏られた事実を忘れることにする。
ただ惹かれたのは、その広場に広がるハーモニー。


噴水の前で音を奏でる楽団と、その中央で踊る紅の乙女。

手首の金属がぶつかりあい、金属についている鈴が音を鳴らす。
足首にも同様のものが。リズミカルな踊りに、観衆は魅了されている。
立ち止まってしまう。誰もが。見惚れて感嘆の溜息を零す。
溜息に混じり、幾人かの呟きが耳に届いた。

「侯爵家の令嬢がみっともない」だとか、「貴族様はよほどお暇らしい」だとか、悪口。嫌味という奴だ。
どうやら、あの中央で踊る乙女は侯爵家のお嬢様。愚痴を零すのは貧民達。
死に逝くだけの国で明るく、楽しげに踊る姿に、苛立ちを隠せないといったところだろう。

「お兄さん」

声を後ろから掛けられた。
ぐいぐいと服を引っ張られ、後ろを振り返ると緑の髪を二つに結わえた少女が微笑んだ。

「お花、いりませんか?」

「花?」

「めーちゃんに惚れたんでしょう、めーちゃんはお花好きだからあげると喜ぶわ」

「めーちゃん?」

少女が指をさすのは紅い乙女。少女曰くめーちゃんは、お花が好き。
そして、どうにもじっと彼女を見つめていたカイトを、めーちゃんに惚れた男だと勘違いした挙句、商人根性丸出しに花を売りつけに来たらしい。

「いや、別に惚れたわけじゃ・・・」

「なんだ、残念。めーちゃん目当ての男によく売れるの、お花。
あと少しで今日の分は完売なんだけどなぁー。今日は太陽もよく照ってるし、あまり長く売ってると花も枯れちゃうし、枯らしちゃうと女将さんに叱られちゃうの。
困ったなー、あと少しで完売なのにー、お兄さんが買ってくれないから、私ったら可哀想に女将さんに叱られちゃうわ」

自己中心的な少女の発言に呆気に取られる。

「だから、ね、わたしを助けるためにお花を買ってちょうだいな」

「・・・・・・」

絶句。

「お兄さん、ちょっと聞いてる?」

「あ、あぁ、聞いてるけど・・・さっき掏られてね、お金持ってないんだ」

お金は持っているが、掏られたのは事実だ。これを言い訳に切り抜けよう。
あわよくば、少女がたとえ自己中心的な花売りでも、一文無しの男の為に一晩の宿を紹介してくれたりすれば、幸運だ。

「掏られたの?どんな子?」

「多分、金髪の」

「あぁ、双子ね。うん、分かった。じゃあお金とりかえしてあげるから、お花買ってちょうだいね」

にこりと微笑み、ぐいぐいとカイトの腕を引っ張る花売りの少女。
呆気に取られて、絶句して、最後にその商人の鑑のような提案に感動すら覚えた。
少女はきっと良い商人になるだろう。そう予感した。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

音楽の女神に愛された国のとあるお話

ボカロの小説です。ファンタジックな設定です。
カイトさんが吟遊詩人だったり、ミクさんが花売りだったり、メイコさんが踊り子だったり、双子がスリだったりします。よければどうぞ

閲覧数:545

投稿日:2008/10/18 04:11:15

文字数:2,660文字

カテゴリ:その他

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