殺人鬼・結月ゆかりの日常 2


「……で、行き先が駅ビルのアニメイトですか」

 借りているアパートから徒歩十五分。
 私とマキさんは最寄りの駅ビルに来ていた。

 アニメイトは七階建ての最上階にある。北関東では貴重な大手オタクショップで、この店舗は手狭ながら気の利いた商品が揃っていた。私とマキさんは小学生の頃から通い詰めているので、間違いなく店員に顔を覚えられているだろう。
 万引き防止のゲートを抜けると、すぐそこにはアニメ化された注目作品が山積みになっていた。私たちと同じ暇な大学生がそれらをチェックしている。私とマキさんは一旦迂回して、音楽CDの棚に向かった。

「ゆかりちゃん、他の場所に行きたがらないじゃん……あ、ほら。初音ミクだよ」

 マキさんが指差した棚は一面が初音ミク関連のCDで一杯である。
 色鮮やかなボーカロイドたちが笑顔で陳列されていた。

「初音ミクがなんぼのもんですか。そのうち、私の声を使ったボーカロイドを売り出して、大ブームを引き起こしてやりますよ。私も『中の人』として大ブレークします。ふふふ、私のボーカロイドがあれこれされるエロ同人誌とか出ちゃったりして……」

 マキさんが微妙そうな顔をする。

「え、それ、嬉しいの? 自分が変なことされてる気分にならない?」
「それは……どうでしょうね。声優さんたちはどんな気持ちなのか……」

 私はキャラソンの棚から気になるものをいくつか選んだ。
 パッケージを眺めながら、購入するかどうかを検討する。

「ゆかりちゃん、その手袋いつもしてるよね……中二病?」

 マキさんが私の黒手袋をさわさわしてきた。

「普通は手袋を着けていたら、潔癖性なのかとか、乾燥肌なのかとか聞きますよね?」
「ゆかりちゃんの生活を見てたら、そんな疑問は思い浮かばないよ」
「……まあ、半分正解ってところですかね」

 私はキャラソンのCDを棚に戻した。

「商品に指紋が付かないですし、手汗が滲むこともないですし、結構便利なんですよ? それから、有名実況者になったときのキャラコンセプトとしても有効でしょうね。黒手袋ゆかり。どうですか、それっぽいでしょう?」
「うーん……なんか、ことごとくエロ同人っぽいよね。ローションとか似合いそう」
「そ、それもまたよしですね……」

 周囲の暇な大学生たちから視線を感じるのは気のせいだろうか?
 ええい、私のことをタダで見ないでください!
 今でこそ引き籠もりですけど、私は超有名実況者になる予定の女なんですよ!

 結局、実況者特集の掲載された雑誌だけ購入した。
 背負ったリュックサックに入れて持ち帰る。

 駅ビルから出ると灰色の空が広がっていた。
 そのうち雨でも降ってきそうな雰囲気である。

 大学進学を機に引っ越してから一年経過したが、ここは私の街だと自信を持って言うことができない。北関東の地方都市。人口は四十万人弱。新幹線が通っているため、観光地に向かうための玄関として使われている。でも、そんなデータがどうしたって感じだ。

 駅前通りには平日の昼間なのに高校生の姿が結構見られる。制服姿のやつもいれば、私服姿のやつもいるけれど、大体チャラくて関わりたくない感じだ。ニュースで報道されていた話だが、この街は県内の他都市に比べて少年犯罪が数倍多いらしい。

 私たちは若者で混み合っている駅前通りを歩いた。
 ロータリーから伸びる二車線に沿って、居酒屋やファーストフード店の詰まった雑居ビルが建ち並んでいる。そこかしこからビラ配りの声が聞こえて、煙草と排気ガスの混じった嫌な匂いがした。若者たちは縁石にしゃがみ込み、スマートフォンを熱心にいじっている。

 まあ、私たちも暇な若者たちなんだけど……。
 それにしても、この街の粗雑な雰囲気には慣れなかった。
 大学とアニメイトに近くなければ早々に引っ越していたところである。

「高校を堂々とサボるなんて、どういう神経をしてるんでしょうね?」
「そんなこと言って、ゆかりちゃんだってサボってたじゃん」
「私はちゃんと学校に電話を入れて仮病してましたよ」
「仮病じゃん!」

 マキさんが漫才のようにポンと手でツッコミを入れる。
 それさりげなくノーブラパイタッチなんですけど……。

「そうじゃなくて、漫画やアニメだと断りもなく学校をサボったり、勝手に早退したりするじゃないですか。私たちの学校でそんなことしたら、先生たちが大騒ぎして、授業がストップしちゃいますよね……というか、実際そうなりましたよね」
「そりゃあ、校庭に狸が出てくるような田舎ならそうなるよね。平和な証拠」
「平和なんかじゃありませんでしたって……」
「この街に比べたら平和だよ。だってさ、無差別殺人とか起こってるじゃん?」

 マキさんがうんざりした顔になっている。
 恐怖心も当然あるだろうが、それ以上に殺人事件の発生は恒例行事と化していた。
 不謹慎な話だけど、直接関係のない人間の認識はそんなものである。

 日本中で騒がれる無差別連続殺人事件は約二年前から起こり始めた。
 断続的に事件が続き、今月で二十三件を記録している。

 被害者は中学生から中年くらいまで、犯行時刻は日没後から深夜にかけて行われている。大抵は一人で襲われているが、あまり人気のないところでは体格の良い若者でも五、六人まとめて殺されることもあった。
 目撃者たちの証言は頼りにならない。犯人は男やら女やら、大人やら子供やら、なぜだか一致しないのである。他にも金銭を取るときと取らないときがあったり、犯行現場に犬や猫の死体が転がっていたり、不可解な点がいくつも見られた。ニュース番組やニュースサイトの情報だから、どこまで当てにできるか分からないけども。

「犯人、さっさと捕まらないかな……」
「マキさんも犯人には捕まって欲しいと思いますか?」
「そりゃそうだよ。やっぱり悪い人には捕まって欲しいし……」

 重々しい空気になってしまった。
 くぐもった声が聞こえてきたのはそんなときである。
 私は思わず立ち止まって、駅前通りから路地の方に振り返った。

「ゆかりちゃん、どうしたの?」

 マキさんに先ほどの声が聞こえなかったらしい。
 私が立ち止まったことに気づいて、彼女は道を引き返してきた。

 路地を覗き込むと、四人の男子高校生が並んで歩いている姿が見える。
 どうやら制服姿の一人が、私服姿の三人に連れ回されているらしい。先ほどのくぐもった声は、制服姿の子が一発腹を殴られたときのものだ。私に見られたことに気づいて、彼らは仲良しのフリをして立ち去ったのである。

 マキさんが殴られるところを見ていたら、とても心を痛めていたに違いない。
 思うところは色々あるが、今はそれだけが救いである。

「なんでもないですよ、マキさん」
「そ、そう? それならいいけど……」

 私たちはその場を立ち去った。
 その判断が良くなかった。

 ×

 私たちはそれから馴染みのゲームセンターで遊ぶことにした。
 細身の四階建てビルを使った店舗で、用事があるのはもっぱら最上階である。

 最初はマキさんに付き合ってUFOキャッチャーやリズムゲームを遊んだが、私の専門はなんといってもアイドルを踊らせてカードが出てくる類のやつだ。最上階にはお兄さんやお姉さんも安心して遊べるスペースが用意されている。

「ゆかりちゃん、その手のやつが本当に好きだよね」
「アニメも一期からちゃんと見てますよ!」
「……それで動画編集する時間が足らなくなってるんじゃないですか?」

 ひとしきり堪能したあと、私たちはゲームセンターをあとにした。
 夕暮れどころか日はすっかり落ちて、駅前通りは外灯と雑居ビルから漏れる光でチカチカしていた。ゲームに熱中していたせいで、時間をすっ飛ばされた思いである。それから、財布はスッカラカンになっていた。

 気分が悪くなったあとはゲームに熱中するに限る。
 そうでもしなければ昼間の光景が頭から離れない。

「うわっ……もう八時過ぎてるよ。私たち、どんだけゲームしてたの!?」

 マキさんが歩きながらスマホで時刻を確認している。
 駅前通りは大学生や会社帰りのサラリーマンでごった返していた。居酒屋やキャバクラの客引きも大勢いる。脇道に目を向けると、そこではネオンが怪しげに光っていた。男たちからいかがわしい視線を向けられていることにマキさんは気づいているのだろうか?

「道理で財布も軽いわけです」
「これから夕食なんだからしっかりしてよ。コンビニでお金おろしてくる?」
「私は帰ってカップラーメンでもいいですけど?」
「せめて宅飲みくらい提案してよ、ゆかりちゃん……」

 適当に歩いていたら、駅の改札前に来てしまった。
 大勢の人たちが改札をひっきりなしに出入りしている。彼らは数人の集団で固まると、快楽を求めて夜の街に消えていった。楽しそうな笑い声が洪水のように聞こえてくる。それは私にいつかの光景を思い出させた。

 誕生パーティーやクリスマスパーティーに呼ばれると、私は決まって憂鬱な気分になった。他の人たちみたいに盛り上がれず、喜ぶこともできず、何故か一人になりたくなるのだ。私と同じような悩みを持っている人はいないのだろうか?

「宅飲みするならさ、深夜営業してるスーパーを――」
「――あ、マキちゃんだ」

 駅前通りの方からマキさんを呼ぶ声が聞こえてくる。
 それから、人混みをかき分けるように三人の女子大生がやってきた。

 彼女らはマキさんが結成したバンドのメンバーたちである。
 写真は見せてもらったことがあったので、私も名前と顔だけは知っていた。

「あれ? みんな、どうしたの?」

 マキさんの表情がパッと明るくなる。
 バンド仲間たちが矢継ぎ早に言った。

「みんな、偶然集まっちゃったんだよね。マキちゃんも一緒に飲まない?」
「あ、そこの子も一緒にどうよ? 結月さんだよね。色々と聞いてるよ」
「いつものところでいいよね。焼きとんのお店でさ」

 三人の視線が私に注がれているのが分かる。
 でも、私は彼女らの顔をまともに見ることができなかった。
 真夏でもないのに、いつの間にか背中にじっとりと汗をかいている。

「私は……遠慮しておきますよ」

 喉の奥から出てきた声は掠れていた。
 マキさんが私の肩を揺すってくる。

「えっ? ゆかりちゃん、帰っちゃうの?」
「今日中に動画のアップロードをしなくちゃいけないんです。すみません」
「あ、ちょっと……」

 彼女の制止を振り切って、私は早足で人混みの中に紛れ込んだ。
 釈然としなさそうなマキさんたちの顔が目に浮かぶ。
 私は高架下沿いの道を通って、そのまま一直線に自宅のアパートを目指した。


(3に続く)

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【小説】殺人鬼・結月ゆかりの日常 2【ゆかマキ】

閲覧数:1,931

投稿日:2014/12/29 05:03:48

文字数:4,479文字

カテゴリ:小説

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