「…はぁ、一体、何なんでしょうねぇ?」
あからさまに大きなため息をついて見せ、呆れているさまを表した。
「様子を見に行ってみれば二人とも居ないし、ミクさん一人しか居ないはずの部屋から三人もの声がし、帯人に聞けば知らないといわれ。一体、何なんですか?」
「だってレンがあんなこと言うからカチンと来ちゃってさ」
「だって帯人が言っても良いって言ったもん」
「にぎやかで楽しいですね」
一人だけ話の流れに乗れておらず、にこにこしたままのミクはアカイトに任せておくことにして、例の金髪二人組みはキカイトに発見された。隠れていたわけではないが、どうやら帯人が知らない風にしたらしく、レンは帯人とカイトの目を潜り抜けて脱走したことになっていたのだ。たまに、帯人は気まぐれなことをする。あの帯人をそう簡単に信じるものではないな、とレンはつくづく感じた。
「しかも、わざわざセットしておいた花がこんなに散らばって…」
「いやぁ、これはちょっと色々あってさぁ」
「王子はいろいろが多すぎます」
呆れたような表情だったキカイトが、一気に真顔に、一気に恐ろしく無表情になった。
「二人とも、しばらくはお仕置きですね――」
城の中で知らないものは居ない。コイツ、キカイトのいうお仕置きは、実際の地獄より恐ろしい、真の生き地獄だ。しかも、お仕置きの相手の位など全く気にしない。一時期は国王や王女までもがキカイトのお仕置きにあって、人間不信――ヴァンパイア不信とでも言うのだろうか――になってしまったこともある。だから、この間、カイトがキカイトのお仕置きにあったときは、一日で三キロもやせたといっていた。さて、今回の獲物は泣くか喚くか痩せるか死ぬか――。もはや生死をかけたものになりつつある。
「キーカーイートー…。この子訳わからん!途中から暗号にしか聞こえねぇよ!!」
「それくらい自分で解決しなさい!大人なんだから!」
「だーってー!」
泣き言を言うアカイトを一刀両断してちょっと驚いた様子のミクに一度微笑みを見せると、リンレンのほうに目線を戻した。
「…さあ、どうしてやりましょうかね。じわじわ来るのも良いですが…」
「リンチでもする気か!?」
「一番堪えることは…やっぱり、そうですねぇ…」
しばらく思案していたキカイトも、結論に達したらしく、二人を見下ろして言う。
「自宅謹慎処分ですね。王子は城から出ない。リンさんは人間界に戻ってもらいます」
「えぇっ!嫌だ!帰りたくない!」
「決定事項です。異論は一切認めません。…王子は分かっていますね?」
「…うん」
にこやかな笑顔になったキカイトがレンに話を振り、誰にも変更させないということを強調した。
「…それで帰ってきたの?情けないわね」
帰ってきたリンを、メイコはそんな言葉で迎えた。
不満そうな不服そうな、兎に角嫌な顔を思い切りしてリンは帰ってきたが、内心ホッとしているところもあった。痛みからは解放される――。そう思うと、心の重荷は少しだけ軽くなった。
「リン、部屋に戻りなさい。夕食ができたら起こしてあげるわ」
どうやらメイコもリンが疲れていることには気付いているらしく、少し背中を押して部屋に向かわせると、そっと電気を消して行った。少しの優しさにリンは嬉しく思いつつ、ベッドにもぐりこんだ。すぐに眠ってしまったことは言うまでもない。
ふと、目を覚ましたときには真夜中、あるいは丸一日立った朝になっているかもしれないが、そんなことは気にしていられなかった。ただ、酷く眠かったのである。少しだけ眠るだけ――。
『――いいですか?謹慎期間は一ヶ月。一ヶ月を過ぎたら、王子は城の敷地から出ていいです。リンさんはこちらに来てもいいことにしましょう』
一ヶ月。一ヶ月の間にもっと元気になろう――。
雀たちが鳴いた。
「チュンチチ…」
木々がざわめく。
「ザァァアアアア」
風がうねる。
「シュー」
それらの音で、リンは目を覚ました。いまだ夜は明けきっていない。自分でも何故こんな時間に起きてしまったのか、よくわからなかったが、起きてしまったものは仕方あるまい。西のほうに沈みかけた月が見える。風が強いせいか、いつもより雲の流れが速い気がした。すこしずつ朝日が昇り始めた東の空は鮮やかな橙色に染まり、そらは次第に橙色に変わっていった。
「もう、起きていたの?」
ドアを開いて、メイコが言った。
「ああ、メイコ姉。目が覚めちゃって。…そういえば、夕食には起こしてくれるって言ったのに、起こしてくれなかったじゃん」
「起こしたわよ。何回も。けど、あんたが起きないんだもの。それに、気持ちよさそうに眠っていたから」
優しさだと受け取って良いのだろうが、今のリンは腹が減って死にそうで、もっと早く起こして何かを食べておきたいのだ。
ヴァンパイアの城では、ミクの執事がやってきていた。
「どうも、この度はご迷惑をおかけしました」
「いいえ、こちらこそ」
相手方の執事とにこやかに話をするキカイトを見ながら、レンは面白くなさそうにため息をついた。
「それで」
唐突に本題に入る。
「ミク様とそちらのレン様のご結婚の話ですが」
「何か?」
「いえ、できるだけ早くに、できることなら来月にでも挙式をあげたい、と主が申されておりまして」
彼らは王家の血筋などではなく、一つの大きな会社の社長の家に勤める執事たちだ。だから、「王」「王子」ではなく、「主」なのである。
「来月…。わかりました。検討させていただきます」
「ありがとう御座いました」
「あの、でも、私、何も思い出せないで居るんですけど…」
「大丈夫です、ミク様は何もご心配なさらず。それでは、この辺で。ミク様、参りますよ」
まだ状況がよくわかっていないミクの手を引いて少し乱暴に執事が帰っていった。
「挙式が、来月に決まりました」
遠い君 20
こんばんは、リオンです。
もう二十ですね。
最後の最期の、西郷のラストスパートです!
あ、気にしないでください。
ちょっとやってみたかっただけです。
~次回予告~
一ヶ月の自宅謹慎を命じられたリンが、メイコと平和に過ごしているとき、
レンは謹慎期間が明けてすぐに結婚させられることが決まった。
まだ記憶を取り戻していないミク、次第に本当に好きな相手に気付き始めたレン、
まだ結婚の事実を知らないリンの重いが交差していく…。
これもやってみたかっただけですが。
それでは、また明日!
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