「マスター、何を聞いてるんですか?」
私はつけていたヘッドフォンを外し、声の方を振り返る。

「親愛。」
答えると、質問者のレンは困惑した表情で答えた。



「水樹奈々さんの曲ですか?マスターがしっぱ、「レン、余計なことは言わなくて良いのよ。
私ね、好きだから。」
だから、今度はアレンジで挑むつもり。とマスターは呟く。一体いつになるのやら。

「それ、この前も言ってませんでしたか?」
オレは思わず、呆れてしまった。

「言ったけど…、まあ、良いや。」
よし!とマスターは立ち上がる。どうするんだろう?とマスターを見上げていると、抱きしめられた。

「ま、マスター!?」
オレは狼狽して、マスターに訴える。ボーカロイドでも、思春期とか、あるんですよ・・・?

「可愛いなぁ、やっぱ!」
そう叫ぶマスターはフジョシらしい。婦女子って、女性はみんなそうなんじゃないのか?ってリンに言ったら、そこは触れないであげてって言われた。

「マスター、あの、あの…?」
返事はない。




「充電完了!」
5分くらい抱きしめられてたオレは、開放されて、ちょっともったいなかったかなと思ってしまった。
(だって、ム、ムネが!)

「マスター、充電完了って?」
今日はマスターも休日なのに。何もかもがちんぷんかんぷんだ。

「今日、友達と遊んでくるの。」
マスターはケロッと重大な事実をのたまった。

「ま、マスター昨日そんなこと一言も…!!」
うろたえるオレ。さっきからうろたえてばかりだな。

「帰ってきたら遊んであげるから。私にも付き合いってものがあるのよ。
わかって?」
そう、マスターが優しく諭すように言う。そんな風に言われたら、引き下がるしかないではないか。むぅ。

「…行ってらっしゃい。」
きっと、すごくむすっとした顔だろうけど、今のオレにはこれが精一杯だ。

「ありがとう、行ってくるわね、レン」
ちゅ。という音と共にオレの額に優しくマスターの口づけが落とされる。

「………。」
そんなことをされたら、俺は何も言えなくなってしまう。

最近、マスターは仕事だなんだで構ってくれない。歌だって、歌いのに…。



「マスター、行ってらっしゃい。」
いつからそこに居たのだろうか、わざとらしくリンがオレの目の前に来て、マスターに手を振る。ってかリン、休んでたんじゃないのか?

「ほんと、レンって乙女心くすぐるの得意だよねー。」
マスターが開けた玄関がしまると同時に、リンがオレに向き直り言った。

「な、どこが。」
オレはリンの言ってることが理解できなくて、リンに聞いてみる。

「そこが。」
そこ?だから、どこがだよ。

「レンには一生わからないよ。」
む。

「なんだそれ。オレだけ仲間はずれみたいじゃん!」
悔しくなったオレはリンにつかみかかる。

「ソンナコトナイヨー。」
明後日の方向を見て、リンは目を泳がせる。

「完全に棒読みじゃん!」

「まあまあ。
レン、マスター最近忙しいみたいだし、今日は私達がマスターの疲れを癒してあげようよ!」
…。仕方ない。妥協してやる。

「で、どうするんだよ?」
言いだしっぺが意見を出すのは当然だろ?とオレはリンに言う。

「こうするの。」



「なんで、写真会になってるんだよ?しかも、オレの。」
オレは今、今まさに着せ替え人形と化していた。

何を着ているかというと…、言わせないでください。

「レンかわいー!」
リンが、わー!!って拍手してくる。ついでに、ぱしゃぱしゃとシャッター音がする。

「可愛くない!だいたい、なんでオレがこんな格好してんだよ!こんな、こんな…」

「そんなツンデレしなくていいよ、レン。
今レンが着てるのは、浴衣だよー。やっぱレンは黒いほうが似合ってるねー。」
ニコニコとリンが笑っている。こうするとマスターが喜ぶって言ってたけど、…冗談だろ?まさか、マスターって巷で噂の腐女子ってやつ?

「そうだよー。」
なんて事はない。みたいな感じでリンが微笑む。

たいした事あると思うよ?だって、マスターが腐女子って事は、そのうち家にKAITO兄がやってきて、あんな事やそんな事を…!?

「レン、少し落ち着こうよ。いくらマスターが腐女子でも、そんなことしないよ。たぶん。」

「た、たぶんを自信なさそうに言わないでよ!マスターはそんなはあはあ言う人じゃないよね!?電車とかで美少年見て興奮する変な人じゃないよね!?」
オレがリンにそう畳み掛けると、リンは若干引きながら答えてくれた。

「腐女子みんながレンの想像するような変態ってわけじゃないことは確か、だよ…?」
両手を挙げて、リンはやんわりとオレの手を外す。

「じゃあレン、美少年の艶姿でも撮ろうか。」
リンは(俺にとっては)いきなり額に青筋を浮かべ、言った。そんなにリンを怒らせるような事言ったかな?

「こっ、怖いよリン!オレ、なんか言った!?」
カメラとメイド服を持ってくるリンに、オレは一歩引く。

「レン、逃げるなんて男が廃れると思わない?」
リンは、なおもメイド服を持ちオレに寄ってくる。

「と、時と場合による!それに、なんでオレばっかりこんな目にあわないといけないんだよ!」
あまりにもリンが怖かったので、オレは気づいたらそう叫んでいた。

「じゃあ、私は執事ね。」
そう呟くと、リンはどこに置いていたのだろうか、燕尾服を取り出すと、着替え始めた。

「ちょっ、リン!少しは恥じらいってものがないのか!?いくら双子とはいえ、オレ男だぞ!?」
これは、オレの男の沽券に関わる問題でもあると思う。

「だって、レンは私の中では男に入ってないもん。」
オレ、すごい今涙目だと思う…。お、男の沽券が…、プライドが…。




「よし!レン、これで文句ないでしょ。」
オレがしょぼくれてる間に、リンはさっさと着替えを終え、オレにメイド服を着せると、(抵抗したが、無駄だった。) リンはそうのたまった。

「よし、撮影撮影。」
なんか、語尾に音符でも付きそうな勢いだ。カメラのセットを終え、リンはオレを差し置いてさっさと写真撮影を開始している。

「リン、マスターのためって銘打ってたけど、”すごく”楽しんでるだろ。」

「うん。」
あっさり答えやがった。もっと逡巡してほしかったよ…!!

「あ…、そう。」
これ以外の返答が思いつかなかったので、オレはそう返した。

はあ。とため息をついていると、「はい、レン、こっち向いてー。」と、リンが声を掛けてくる。リン、お前の燕尾服はいつのまに終わったんだ?



「じゃあ、今度は一緒にうつろ。マスター喜ぶよー。」
カメラを調整しながら、リンはうれしそうに言った。オレも、マスターが喜んでくれるならうれしい。すごくうれしい。

「はい、チーズ!」





「マスター、お帰りなさい。」
あれからマスターが返ってきたのは、日付が変わって暫くしないうちだった。リンはもう寝てしまっていて、あと起きているのはオレしか居ない。

「ただいま、レン。寝てくれててもよかったのに。」
無理はしないでよ。

リンを気遣ってか、マスターは小声で言った。

「大丈夫ですよ。オレはマスターが帰ってくるまで起きてます。」
マスターがいつ帰ってきても大丈夫なように。

「本当、ありがとうね、レン。」
マスターはオレに近づくと、また、オレはマスターに抱きしめられた。
(ま、マスターのふくよかなムネが!)

おどおどして何も言えなくなったオレは、ただ、されるがままになってしまった。

「レンはほんと、可愛いよね。友達んとこのレンは、ただの悪戯っ子なんだって。ミクも居るって言ってたけど、性格はあんまり可愛げがないって、言ってたわ。」
私って、本当に運が良いわね。レンもリンもこんなに可愛いもの。私は幸せ者だわ。と、マスターは呟く。あれ、マスターお酒入ってる…?

そう思ったときは、遅かった。マスターが、幸せそうに寝息を立てはじめたのだ。マスター、オレ、ボーカロイドでも、一応思春期の男子なんですよ…?そんな無防備な姿をさらすと、よくないと思いますけど…?

内心そう思いつつも、俺は何も言わずに20センチ差はあるマスターの、腕を自分の肩に回し、マスターの部屋へと向かう。

「マスター、部屋、着きましたよ…?」
聞こえているとは到底思えないが、オレは一応声を掛けておいた。そのせいなのかどうかはわからない。

気持ちよさそうに寝息を立てるマスターをベッドに寝かせ、オレは自分の部屋に戻ろうとその場を離れようとした。

すると、かくん、と、何かに引っかかる感覚があった。まさか…、と思い、オレはゆっくり後ろを振り返る。

するとそこには、案の定、マスターがオレの服の裾をしっかりと握っていた。

「弱ったなぁ…。」
男のマスターだったら、そんなに深く考える必要はなかっただろう。だけど、オレのマスターは女性なのだ。それも、若くて、成熟した大人。

「マスター、離してくださいよ。」
無駄だとわかって入るが、思わず声を掛けずには居られない。

もしこのまま、マスターと一緒にベッドへ…となると、後日のリンの報復が恐ろしくてしかたない。理由は、それだけじゃないけど…、でも、無理だ。

オレは、取り合えず椅子にでも座ろうと、手を伸ばす。けれど、マスターの手もあってか、なかなか届かない。

頑張って、足でも挑戦する。

お、引っかかった!


「マスター、オレ、男なんですよ…?」
やっと手に入れた椅子に座り、俺は呟く。
それからの記憶は、ない。




「ん…。今、何時…?」
朝日が眩しい。現在の時間を見ようと時計を探してあちこち手を伸ばしていると、なんだか、柔らかい物に手が当たった気がする。

「マスター…?」
当たった感触で起きたのか、それは声を発する。

「え…、その声は、レン?」
これは…、寝耳に水ってやつだろうか。なんで、レンがここに…?

「はい、レンです。マスター、昨日オレの服の裾つかんだまま、離してくれなかったので、オレ、ずっとここに居たんです。」
恥ずかしそうにレンは話す。

「そっか、ごめんね、レン。」
ついでだから、充電をさせてもらおう。

「まっ、マスター!」
きっと、レンは顔を真っ赤にさせていることだろう。なんせ、”年頃の男の子”、だから。

「大好きだよ、レン。」
今日はすぐに開放してあげる。一晩一緒だったのなら、レンは、きっと考え込んでしまっただろうから。うちのレン君はそういう子だ。

「あ、ありがとうございます、マスター。」
もちろん、リンも、ですよね…?
なんて、殊勝にも聞いてくるので、思わず意地悪をしたくなってしまった。けど、今日はしない。

「じゃあレン、そろそろご飯を食べに、キッチン行こうか。」
私より20センチは小さいその背を見つめ、私達はキッチンへ向かった。



昨日、私が留守にしている間、リンがレンの写真会を催したらしい。その様子と、その写真を見たときは、思わず鮮血がでるかと思ってしまった。だって、それだけ可愛かったんだもの、二人とも。

でも、そのときの様子はまた今度。再見。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

マスター、何を聞いているんですか? (注)

ヘッドフォンで何かを聞いているマスター。気になったレンは、マスターに声を掛ける。

名曲ですよ。

これは、ヘタレンになるのかな…?いまいちわかりません。

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投稿日:2009/04/06 02:00:09

文字数:4,613文字

カテゴリ:小説

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