11.
 シュパン、という空気を切り裂くような風切り音が耳に届く。
 その特大の十字手裏剣は、私、グミを通り過ぎ、袴四人衆の隙間を抜けて、裸マフラーへと迫ったかと思うと――
「甘いと、そう言ったはずだ」
 そうつぶやきながら、裸マフラーはその風魔手裏剣――あくまで、るかがそう主張しているだけなのだが――を、特になんてことのないもののように、ひょいっと掴んだ。
「この程度の武器でなんとかしようだなんて、僕はその程度の相手だと思われているのか……心外だな」
「そ、んな……」
 自分の中ではかなり自信があったのだろう。るかは愕然として手裏剣をつかんがままの変態を見る。裸マフラーの身体能力はかなり高いことはすでに実証されていたのだが、今のはそれに輪をかけてすさまじい。いくらそこそこ大きいとは言え、回転しながら跳んでくる手裏剣をブラジャーを握っていたままの右手で掴んで止めるなんて、動体視力も半端ではない。とても、とてもとてもとてもとても不愉快なことだ。
「クッ……このままでは終われないでござるッ!」
 るかが両腕を身体の前で交差。両手を握りしめると、どこからともなく、くない手裏剣が片手につき三つずつ出現していた。
 その計六本のくない手裏剣のうち、二本を投擲し、るかが裸マフラーへと突進する。
 二本のくない手裏剣に遅れること、数瞬。私とグミを飛び越し、るかは扉の向こうへ。
 袴四人衆は、自身のブラが奪われて武器を取り落とし、裸マフラーとはそれぞれ距離をとっていた。そういう意味では、今私が戦力として扱えるのは、本当にこの忍者だけだ。
 裸マフラーは、るかの放った二本のくないの間を抜けるようにして、難なく躱してみせると、迫るるかのくないによる一撃を、その巨大な手裏剣で受ける。
 激しい金属音が鳴り響いたのもつかの間、るかは裸マフラーに先手を打たせまいと、攻めて攻めて攻めまくる。
 くない手裏剣は、間合いも短いし、小さい分数多く持てるとはいえ、投擲するにしても数にそう余裕があるわけではないはずだ。そもそも遠距離戦をするのなら、銃器を持ち出されてはとうてい勝ち目などないのだし。手裏剣などというものは、銃器によって駆逐されてしまった武器なのである。そういう意味では、ここ一、二世紀近く武器として進化をしてきていない手裏剣は、どうしようもなく使い勝手が悪い。そんな武器で相手を圧倒するにはどうすべきか。それが、今まさにるかが実演している、ほとんど密着状態における超接近戦で、手数で攻める方法である。
 竹刀や薙刀なんかと違って、小さなくないは間合いが狭いため、手の届く距離くらいまで近付かないと、敵を攻撃することができない。だが、その分軽いため、武器の重さに振り回されることなく、素早い連続攻撃を繰り出すことが可能なのだ。
 しかも、敵はといえば小さいことが利点であるはずの手裏剣を、なにを血迷ったのか巨大にしてしまった風魔手裏剣を持っている(持たされている、と言えなくもないが)し、さらには戦闘する上で邪魔にしかならない袴四人衆と先輩の下着が握られたままだ。そんな状態でまともに戦えるものだとは思えない……という私の予測通り、るかの攻撃に裸マフラーは防戦一方になっていた。
 右手のくないによる突きを風魔手裏剣で受けると、死角から左手のくないが襲ってくる。それを避けて不自然な体勢になったところに、再度右手のくないが振りかぶられる。今度も風魔手裏剣で受けるべく身構えたところで、るかはその右手のフェイントを止めて足払いをかけてきた。
 その変態は足払いを避ける事ができずにバランスを崩して廊下の床に倒れ込むが、それに乗じてるかから距離をとるべく、風魔手裏剣を(一緒に右手に掴んでいた下着も)捨て転がって逃げる。が、るかはその逃亡先を塞ぐためにくないをさらに二本投擲する。転がる先にくないが突き刺さり、それ以上逃げられないと悟ると、裸マフラーは転がっていた勢いを利用してその場で起き上がった。
 ほんの少しだけだが、距離が生まれてしまったせいで、るかはそのまま猛攻を続けることができなかった。二人は息を整えながら、再開のきっかけを探してにらみ合う。
 そうやって二人の変態がすさまじい戦闘を繰り広げている間、青い方の変態の周囲では、これでもかと言わんばかりに、ウルトラマリンブルーのマフラーが物理法則を完全に無視した動きで縦横無尽に空間を駆け巡り、一瞬たりとも局部を私たちにさらすことがなかった。アインシュタインやスティーブン・ホーキングを筆頭とした世の物理学者をあざ笑うかのようなその動きは、すさまじいの一言に尽きる。ピアプロへの配慮もここまで来ればたいしたものだが……これが例の「荒ぶるマフラー」という奴なのだろう。本当にすごい。マフラーにも生命が宿っているのはどうやら本当なのだろう。その動きはとてもとてもありえなくて、もちろんとてもとても気持ち悪い。
「フッ……。君のことを侮っていたようだ。非礼はわびよう」
 裸マフラーはそう言うと、一瞬も気を抜かないまま、ゆっくりとした動作で床に刺さっていたくないを一本引き抜く。
「こんなところでこれほどの強者と出会えるとは思っていなかったでござる。だが、拙者としてもこの戦、負けるわけにはいかんのでござるよッ!」
 なんか猛者同士の歪んだ友情っぽいものが芽生えかけているような感じなのだが、そんな余計な展開はいらない。だいたいこの期に及んでガチでアクションシーンを繰り広げてどうするというのだろうか。おそらく、これを読んでくれている人(……が、いればの話だが)は、そんなアクションシーンなんて必要としていない気がする。
 そんな不遜なことを考えていると、るかと裸マフラーが再度激突する。
 え? まだアクション続けるの?
 変態二人はあまりにも近距離での戦闘をしているせいで、他の皆は手を出すことができない。そもそも、とても納得のいかないことに、るかはともかく、この裸マフラーは異常なまでに身体能力が高く、あの袴四人衆でさえ刃が立たないということがわかってしまっている以上、下手に彼女たちを動かすわけにもいかない。ようするにぼけっと見ていることしかできないのだが……。
「……チィッ、やるでござるなッ」
 裸マフラーの攻撃を避けるために後退し、るかがそう吐き捨てる。
 やはり、戦闘における実力でいくと、るかよりも裸マフラーの方が上らしかった。先ほどるかが格上相手に攻め続けられたのは、相手を不利な状況に追い込むことに成功したからこその、一時的な優位に過ぎなかったのである。
 先ほどは、裸マフラーの両手はふさがっていたし、るかの風魔手裏剣などという、どう考えても超接近戦には向かない大きな武器を持っていた。その相手に対して、両手のくないによって武器を捨てさせる余裕さえ与えずに密着した状態で攻撃し続けていたからこその優位だったのだ。
 ところが、今はもう違う。裸マフラーは風魔手裏剣を捨て、るかが無作為に放ったくないの一つを構えている。つまり、るかと同じように、超接近戦で戦える装備になっているのだ。
 るかと裸マフラーは、青とピンクの暴風のごとき様相で、常人の私たちにはちょっとレベルの高すぎる戦闘を繰り広げている。るかも攻撃を止めてはいないが、どちらかというと裸マフラーにおされ気味のようだ。どうやら、今この場で裸マフラーを討ち取ることは無理かもしれない。人間、欲を出すとひどいことになるものなのだ。
「るかっ。この際、撃退さえできればそれで構わないわ。この寮から追い払いなさい!」
「御館様ッ、しかしッ!」
 裸マフラーの鋭い突きをしのいで、お返しにとくないをフェイントとした掌底を放ちながら、るかが声をあげる。
「すでにおされてきているのに、勝算があるの?」
「ぐッ……」
 反論できずに、歯噛みするるか。
「このまま長引けば貴女は負けてしまうわ。るか。奴を倒すには貴女が必要なの。そのために、今は勝利を諦めなさい!」
「しょ、承知つかまつった……!」
 渋々そう言うと、るかは後退するようにして廊下を移動し、裸マフラーを階段の方へと誘導していく。離れすぎると、裸マフラーが他の寮生に標的を変える可能性があることがわかっているのか、くないと体術で裸マフラーを釘付けにしたまま移動していくあたり、やはりるかも戦闘に関してはかなりの上級者だ。いや、残念であることは変わらないが。
「ふふふ……。君の誘いに乗ってあげるのは構わないけれど、さて、向こうの階段に行ったところで、僕を追い払えるとでも思っているのかい?」
 そこまで余裕があるとは思えないのだが、少なくとも口調においては余裕たっぷりに、裸マフラーがるかを徴発する。
「そうやって拙者を油断すれば油断するほど、拙者はお主の裏をかきやすくなるのでござるよ」
「なるほど、考えなしというわけではないのだな。では、楽しませてもらおうかっ!」
 バトルのせいで気が高ぶっているのか、変態という設定を忘れて戦う二人。なんだかそれはそれで不愉快な光景である。
 袴四人衆と部屋にいる先輩を置いて、私は激闘を続ける変態二人を追う。グミも落ち着いた様子で、私の一歩後ろの定位置で私についてくる。
「しかし、お嬢様。この瞬間に撃退できたとして、今晩中に再度やってこないとも限らないのではないですか?」
「その通りよ、グミ」
 グミの当然の疑問に、私はうなずく。
「では――」
「だからこそ、最後の最後で『今日のところは諦めてやろう』と思わせなければならないのよ。あの子がそこまで理解しているのかどうかはわからないけれどね」
「……つまり、必死に撃退しただけではだめということですか」
「そう。致命傷はもはや諦めるにしても、せめて痛恨の一撃くらいは与えて敵を納得させなければならないわ。『この寮に侵入するのが分の悪い賭けだ』と思わせる必要があるのよ」
「問題はそれほどの一撃を食らわせられるだけの隙が生まれるか、というところですね」
「ええ――」
 そんな会話をしながら、ようやく階段室まで追いつく。るかと裸マフラーは下で――三階と二階の間にある踊り場だ――未だ戦い続けていた。
「忍者るかっ、今から奴に隙を作ります。その一瞬を利用しなさい!」
 階段のふちのところで、突然グミがそう叫ぶ。おそらくは聞こえているのだろうが、裸マフラーの斬撃をしのぐので精一杯なのか、るかは返事をしなかった。私はといえば、グミがそんなことを言うとは夢にも思っておらず意表を突かれる。
「グミ、なにをするつもりなの?」
 ――まさか、戦闘に参加わけじゃないでしょうね……?
 そう思ったが、それは杞憂だった。だが、ある意味で、それ以上にひどいことをグミはしたのだった。
 なにがひどいって、それはもちろん、私に対してひどいことをしたのだ。
「お嬢様、申し訳ございません……!」
 グミはそうやって短くわびると、私の返事を待たず、あろう事か、私の制服のスカートを問答無用でまくり上げた。


ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい
  • 作者の氏名を表示して下さい

Japanese Ninja No.1 第11話 ※2次創作

第十一話

またギリギリで文字数オーバーしてしまっていたので、前のバージョンにて続きをご覧下さいませ。
それにしても、やはりアクションシーンは書くのが難しいです。こういうシーンを書くと、自分の理想とする文章にはほど遠くて、実力不足を思い知らされます。後から読み返すとなんか物足りなく感じるんですよね……。
あ、手裏剣に関してのあれこれは、そこまでしっかりと検証せずに、完全に自分の独断と偏見で書いていますので、そのあたりはご容赦願います。あしからず。


「AROUND THUNDER」
http://www.justmystage.com/home/shuraibungo/

閲覧数:137

投稿日:2011/10/30 20:48:06

文字数:4,540文字

カテゴリ:小説

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