「…一体どんな話なのかしら、今から楽しみー」
鬱蒼と茂る林の中をリンは明かりも持たずに軽やかな足取りで歩いていた。
いくら満月といえど、林の中はほぼ暗闇に等しい。
だが、その暗闇はリンにとってなんら障害にはならなかった。
それも至極当たり前のことだ。
何故なら、月と闇が支配するこの世界は―――真紅の瞳を持ち、ヒトの血を糧とする『吸血鬼』である自分達の世界なのだから。
「えっと…確か…こっちに……あ!あった!」
茂みを掻き分けるように進むリンの前に、月の光が差し込むには十分な広場が現れた。
偶然見つけたこの広場はどこか秘密めいた雰囲気があり、見つけた瞬間からリンはこの場所が好きになった。
好きな場所で好きな本を読む―――なんという贅沢だろう。
リンは広場の中心に腰を降ろすと、ゆっくりと持っていた本の表紙を開いていった。
―――と、その時だった。
どこからか甘い香りが漂い、リンの鼻腔をくすぐり始めた。
(この香りは……)
いつも口にしているあの甘い香り。
一体どこからその香りがしてくるのかと周囲を見渡すと同時に、馬のか細い鳴き声が聞こえてきた。
その鳴き声は徐々に大きくなり、ゆっくりとリンのいる方へ近づいてくるようだった。
(どうしよう……この香りって絶対そうよね……)
ヒトと会った時の対処法は熟知している。けれど、実際に行ったことは無い。
まさか急にその時が訪れるとは思っていなかったリンの鼓動は、早鐘を打つかのように早く強くその音を響かせていた。
とにかくこの場所に居てはいけない、と、震える足をなんとか奮い立たせ、近くの茂みの中に身を潜める。
暫くすると、リンが居たあの広場に一頭の馬の姿が現れた。
時間にしては確実に短い時間だろう。
けれど永く生きてきたリンにすら、果てしなく長い時間に感じられた。
現れた栗毛の美しい馬は、所々に傷を負っていた。
いや、何より最も驚いたのは、その馬の背にもたれかかるヒトの姿だった。
意識が無いのか、全くぴくりとも動かないそのヒトから、あの甘い香りが漂ってくる。
それはつまり大量の血を流していることを意味していた。
(…こういう時どうしたら…)
こんな場面になった時の対処法など誰も教えてくれなかった。
このまま立ち去ろうかと思っていたその時、馬が自分の傷の痛みから身体を大きく揺らす。その反動から、背にもたれかかっていたヒトも地面へと吸い込まれるようにバランスを崩し始めた。
(―――あ!!)
と、同時にリンも反射的に茂みから飛び出し、そのヒトの頭と地面の間にリンは自分の手を滑り込ませる。
それは頭で考えたわけでも、何かをしようと思ったわけでもない。
リンの身体が勝手に動いた結果だった。
ゆっくりと頭を地面に降ろし、リンはそのヒトの顔を覗き込むと思わず息を飲んだ。
そこにはリンが今まで見たことの無い美しさを持つ青年の顔があった。
紫色の長い髪は艶があり、苦痛に歪み傷だらけの表情すらその美しさを引き立たせている。
(……これが……ヒト…?)
「……――うっ……」
青年の口から呻き声に、リンは意識を現実へと引き戻された。
よく見れば青年は顔だけではなく、身体からもあの甘い香りのする血を流している。
本来ならばその血はリン達にとって本能から欲するモノだ。
それでも、今目の前で苦しんでいるこの美しい青年を見捨てるワケにはいかないと感じていた。
「……ヒトに効くかなんて分からないけど……」
リンは呼吸を整えると、青年の傷の部分に手を翳し歌を奏で始めた。
高く澄んだ歌声が響き渡り、柔らかな波動が青年の身体を包み込んでいく。
その歌に呼応するかのように、青年の傷口はゆっくりと塞がれていった。
完全とはいかないまでも、傷口からの出血は無くなっている。
前に読んだヒトの書物に書いてあったことを思い出しながら、
リンは自分が身にまとっていた白いドレスの裾を細く引き裂くと、傷口へと巻き始めた。
(…確かこうやってた…気がする)
この行為の何が怪我に良いのか分からない。
けれど、ヒトのやり方がヒトには一番効くだろう、そう考えたのだ。
すべての傷を布で覆い、ふと見れば青年の顔は先程よりも穏やかな表情を浮かべている。
「――――良かった……」
その青年の表情に安堵すると、途端に全身の力が抜けるような感覚がリンを襲った。
知らず知らずに緊張をしていたのだろう。
リンは自分の掌をぎゅっと握り締め、今度は自分を落ち着かせる為大きく深呼吸をした。
何故かリンの心は充足感で満ち溢れて、自然と笑顔になっていく。
気付けば東の空から白い光が零れ始め、遠くから鐘の音も聞こえてくる。
「もうこんな時間……」
リンは横たわる青年の顔にもう一度視線を移した。
初めて見たヒトという生き物。それがこんな美しいモノだなんて知らなかった。
ずっと見ていたくなるような魅力を秘めたその姿に、リンの心は小さく跳ねた。
それがどんな意味を成しているのか、今のリンは気付くことはなかった。
「よい…しょ!」
全身の力を使い、リンは青年の身体を馬の背にもう一度乗せる。
リンよりも大きい背丈のヒトを持ち上げることすら容易ではなかったが、
彼をこのままここに置いておくわけにはいかなかった。
このままにしておけば、彼の身体から放たれているあの甘い香りに引き寄せられ、すぐにでも他の誰かに見つかってしまうだろう。それだけは避けたかった。
「さぁ、お行き…」
リンは馬の額を優しく撫でながら、林の外へと向かう方角を指差した。
まるで返事をするようにブルルッと一言だけ鳴くと、青年を乗せた馬はその方向へと歩を進み始める。
その姿が見えなくなるまで、リンはその場から動くことは出来なかった。
「―――私も戻らなくちゃ」
リンは持ってきた本と拾い上げると、その広場を後にした。
城へ戻る最中も、先程まで近くに居たあのヒトの顔がリンの頭の中に何度もよぎる。
冷静になった今、自分の行動が自分でも理解出来なかった。
本能的に欲するべき血よりも、青年の命を守ることを選んだ自分――。
ただ、今まで感じたことのない高揚感と何か得体の知れない罪悪感を心に感じていた。
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