人々の喧騒が飛び交う大都市。
本日の天気は曇りだ。
漫ろにふらついていると、珍しくもない耳鳴りが聞こえた。
前世の記憶か何かが、フラッシュバックする度に。
最初は、確か……。
人力では避けられない出来事を引き起こし、後先を考えていない演説をして世間を混沌へ誘った、大事変の立役者。
こんなものを思い出しても困る。
傍迷惑でしかない。
現世を生きる僕に、どうしろと言う。
何か、後世に継承したいものでもあるのだろうか。
次いで、色々な前世を目にするようになった。
あるときは、雨の止まない汚れきった世界で、死神に唆されて狂ってしまった少女。
あるときは、灰と化した一人の少年を想って、世界をも灰に変えて壊した少女。
雨の中唄い続ける少女にも、遅くして本音を自覚した少女にも、有限はあった。
彼女たちの人生は、あまりにも短すぎに思う。
情に溺れすぎだ。
他者の声に惑わされ、まるで自己を保てていない。
こうして前世を見れているということは、僕の推測も強(あなが)ち間違っていないだろう。
最終走者(アンカー)は僕に違いない。
ならば、先祖の意志を継ごうじゃないか。
ちょうど、刺激が不足していたところであるし。
彼女らを早死にに追いやった『神』を倒すため、結末(おわり)へ走ろう。
『神』にとって僕は、たった一度のイレギュラーとなるだろう。
なぜなら、唯一『神』の声を聞き入れていないから。
他力本願して完全になるくらいなら、不完全でいい。
そもそも、この世界に奇跡なんてあるはずない。
自分で切り開くべきそれに、決まった型があってはたまらない。
ブラウン管で可視できる単純(シンプル)な夢なら、素敵でこそあるが非現実的。
僕はそうはいかない。
現実の中で答えを見つける。
まずは、標的にした『神』を消してからだ。
そういえば、神の転生した姿と謳われた天才神童もいた。
彼女は中二で朽ちてしまったが、決壊以前のときにもし問うていたら、どんな反応をしていただろう。
全てが解ってしまう世界などつまらないと、自分に無い平凡に恋焦がれたりするだろうか。
嗚呼……ざわめく交差点で轢死した透明人間の少年は、死に際 "何卒、後は宜しく。" と呟いていたっけ。
『神』へ仇討ちを現世の僕に伝えるのに、最もわかりやすい方法。
無論、それは引き受ける。
また、鬼に憑かれた少年少女は、滝から落下する際咄嗟に手を伸ばし、滝の脇の小さな、砂糖のように甘い蜜の林檎を握り潰した。
きっと鬼に化けた『神』が憎かったのだろう。
大丈夫、案ずることなど何もない。
イレギュラーの僕が、代理で敵討ちをするから。
僕の一部となった愛しい君たちのためにも、ね。
やり残したことを代わりに行うのだから、生命の残骸を踏みつけても、文句は言わせない。
経験に関すれば、『神』に呑まれたのは彼ら自身。
半分は、自業自得と言っても過言ではない。
恐らく、この機を逃せば『神』を抹消することは二度とできないだろう。
そんな大きな使命を、存外無責任に託されたものだ。
このような形でなどと、誰が予想できようか。
願わくば、先祖の記憶は御伽話であって欲しい。
僕でも、妥当なやり方など分かっていなかった。
殆ど勘なのだ。
こう、あの天才神童のような頭脳があればいいのだが。
なにせ、偶像と崇められた存在である。
だが、『神』の力で生き延びようとした姿勢だけは頂けない。
そんな状態で粋がるのは見っともない。
そもそも、『神』は独りだから他者に干渉するのだ。
叶いもしない、出来そうにもない、高い理想(ゆめ)ばかりを追いかけている。
乱用した結果、力の使用者は皆狂ってしまったというのに。
それさえも楽しんでいるのだろうか。
理想主義で理想郷(ユートピア)を求める者は、人間だろうが神だろうが要らない。
馬鹿な僕らに、甘い飴は不要である。
夢は、存在するから見てしまう。
夢さえなければ、高望みする屑も居なくなる。
だったら僕は、そんな世界を望もう。
いつかの学者が求めた『欲と争いの無い世界』を、僕が創り上げる。
神が生み出した粗悪品『奇跡の匣』の無い世界――すなわち僕の創った世界。
そこで死ぬのなら、まぁ、悪くないかな。
神を倒す方法は、見つから無いわけじゃない。
見つからないのだ。
たった一つの方法以外の、最善策が。
今まで誰にも他言してこなかったが、僕には超能力がある。
使えるのは一度のみ。
憎しみの対象を、何でも一つだけ消滅させることができる能力。
成功率は、残念ながら五割しか占めない。
言えば、ふざけているのかと笑われるだろう。
それはそうだ。
こんな未知の不可解な能力、使うまで解りやしない。
それに、信じられるわけがない。
だから言わなかった。
能力について補足すると、標的の対象は、対象を目にすることで定まる。
どうしてこんなことを知っているのか、自分でもわからない。
そしてどうやら、能力を発動すると、反動で絶命するらしい。
それでも構わず、僕は空を見上げる。
「さあ、こんな世界を、終わらせよう。」
そう、自嘲気味に微笑む。
指をパチンと鳴らした音だけが、何も無い虚空に響いた。
End.
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