頭が混乱して、何も言えずに、目の前の機械仕掛けの僕を見つめる。
機械の僕も、じっと僕を見上げている。
さっきまで、箱が光らせていた文字を思い出した。
…僕の命令を、待っているんだ。
~箱庭にて~
四章
どれだけの間、そうしていただろう。
ふと、ずっと互いに動いていなかった事に気付いた。
機械を所有するのは大罪…だが、起動させてしまった物は仕方ない。
そう開き直る事にして、僕は彼の前にしゃがんで目線を合わせた。
「…えっと…」
命令と言われても、何を命令すればいいんだろう。
彼は何ができるんだろう。
その前に、僕は何をしてもらいたいんだろう。
考えた末、しどろもどろになりながら、彼に話しかける。
「命令、って言われても…今の僕には、正直、どうしてほしいとか、そんな事は、解らない」
そう言ってやると、彼はよく理解できないのか、首を傾げた。
「だから…うーん…何て言えばいいかな…」
僕が言葉を探している間も、彼はそこから動こうとせずに、ただ僕を見つめ続けていた。
笑いもしなかったのは、ちょっとありがたかった。
機械は笑わないなんて、そんな事、彼が"心"を持っていたら、解らないから。
「そうだな…命令ってわけじゃないから、絶対そうしろとは言わないけど…とりあえず、今のところは、君たちの事を色々教えてほしい。その代わり、もし僕らの事で知らない事があるなら、それは僕が教える」
調子に乗りすぎかとも思ったが、一言一言ゆっくりと、自分で確認するように言った。
今まで僕らは、箱庭や軍の大人の話しか、聞かされていない。
彼が、機械の事をよく知っているなら、教えてほしい。
機械は、この目の前にいる"僕"は、本当に危険な存在なのか…知りたい。
「ちゃんとした命令が決まったらそうする。だからそれまでは、多少の制限はするけど、まぁ自分のやりたいようにしてくれたらいいよ」
言ってから、自分のやりたいように、というのは難しかったかと思ったが、彼は素直にこくんと頷いた。
そして、少し考えるような素振りを見せたかと思うと、先ほどの箱に、新たな文字が紡ぎ出された。
『ぼくは、ここのこと、あまりしらない』
『ますた、は、ぼくたちのこと、なにもしらない?』
起動前に光っていた言葉より、ずっとぎこちない文章。
怯みはしたが、彼の言葉だと気付くのに、時間はかからなかった。
この箱、彼との会話に必要だったのか。
ますた、っていうのは…Master、多分僕の事だろう。
たどたどしいのは、長い間放置されたせいか、それほど性能を上げるのが難しかったのか…。
…僕はすぐに、考えるのをやめた。
恐らく、彼を作ったのは父だ。
その父がいない今、本当の事は解らない。
「何も…って事はない、けど…」
…いや、待て。
僕は"君たちの事を教えてほしい"と言っただけだ。
そこから、僕が"なにもしらない"と判断したのか?
人間ならば、その判断は容易いかもしれない。
だが、彼は…。
「君は…"心"があるのか?」
薄々、そうじゃないかとは思っていた。
違っていてほしくて、頭の中で否定していた。
少々無遠慮な問いをぶつけると、彼はまた、僅かに首を傾けた。
『こころというのか、わからない…けど、ここでぼくだけ、ますたを、まってた』
それが答えになるのかも解らない、といった様子だ。
だがその様子と文章に、僕は確信した。
「はぁ…まいったな」
流石に、彼や父を責める気にはならないが…やはりショックだ。
彼には、"心"が組み込まれている。
わからないなんて言って、言葉を選ぶ。
僕の勝手な考えだが、何もかも指示されていたら、そんな事にはならないと思う。
だからといって恐怖がわいてこない事が、僕には少し意外だった。
「…戦争の事は…機械の所有が禁止されてる事は、知ってる?」
力のない問いに、頷きが返ってくる。
『でも、ぼく、ますたとここにいる…どうして?』
「さぁ…どうしてかな。僕にも解らない」
何故か、笑みが浮かぶ。
本当に不思議だ。
機械は人間には危険すぎると、そう信じ続けてきたのに、その機械を前にして、こんなにも落ち着いていられる。
「とにかく、誰かに見つからなければ何とかなるから、そこだけ気を付ければ大丈夫だよ」
『…わかった、ぼく、ここにいる』
ほんの僅かな間に、頭に浮かびかけた考えを、無理矢理掻き消す。
きっと…彼は知らない方がいい。
もしかしたら、もう知っているかもしれないが、それでも…。
余計な事を考えて、びくびくしたくないし、させたくない。
「じゃあ…とりあえず、これからよろしく」
よろしく。
そう言ってしまったからには、もう後には戻れない。
だが僕は、父が残した彼への、この機械たちへの興味を、捨てきれなかった。
これだけの機械を部屋に隠していた父も父だが、その息子の僕も、人の事は言えないな。
もし見つかったら確実に、この箱庭から消されるというのに。
彼を起動した時の不安など、もう遠くの方へ飛んでいってしまっていた。
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