ベットの上で体育すわり、そしてため息。普通の人だったら、かなりシュールな絵として見られたかもしれない。でも、俺だったら当たり前のように見られるかな?よく部屋でこんな姿でいるから・・・
俺の夢は、ボーカロイドの頂点にたつこと。そのために日々練習を積んできた。そんな夢をみんなに話せば、「無理だ」「絶対なれない」「夢見すぎ」と返された。分かってる。そんなことができるはずがないってことぐらい。楽器がうまく扱えず、バックコーラスをやらされたが、音を外した。自分ではそんなに外したつもりはなかったけど、みんなからは外しすぎだって怒られた。「昨日はあのパートの音が外れてた」とか、「歌詞をちゃんと覚えろ」とか、毎日のように怒られた。みんな上手いからマスターにほめられている。まだ俺のほうが上手かったときもあったが、もう自分だけ取り残されているようにしか考えれなくなっていた。そこまで腕をあげたみんなもすごいと感じる。でも、一番すごいのはマスターだと思っている。この前、こっそりとマスターのパソコンのメールを見た時、ほとんどが仕事の内容だった。全部仕事をこなして俺たちのレッスンをしてくれてるんだ。今までは、当たり前のように受けていたけど、こんなに忙しい中で俺たちのために時間を割いてくれていたんだとようやく気づいた。だから恩返しがしたい、マスターを元気付けたいと思ってる。だけど、うまくなんかない、足手まとい・・・勝手な想像かもしれないけど、今の自分を評価するとこんな言葉しか浮かんでこない。足元に転がっているサルのぬいぐるみを手に取る。サルの幸せそうな笑顔は自分の荒みかけた心を癒してくれると同時に迷わせていく。
「もっと気楽に生きてみようかな」
つぶやいてみる。こんなに悩むなら夢を棄てて、このサルみたいに笑ってすごそうかなと考えてみる。どんな生活が自分にとって幸せなんか分からない。サルでも分かるような簡単なことでも俺にはわからない。自分が幸せだと感じたときを思い出してみる。
「マスターにほめられたとき・・・マスターやみんなと一緒に歌っていたときかな・・・」
そう、自分がここまで頑張れたのは、マスターに認められたいからだったんだ。頂点をとることが目的じゃなかった。このことはいったん考えるのをやめ、ベットに寝転がる。そして、今日あったことを思い出してみる。自分は昨日の自分と違っていただろうか?いや、まったく同じだった。ミスばっかりして怒られた。何の成長も感じることができなかった。ミクやリン、レンは来たときと比べて格段に上手くなっている。音程を外すこともなく、いろんな曲に合わせた歌い方もできる。
「変わりたい・・・少しだけでもいいから変わって生きたい・・・成長できる人たちがうらやましい。自分は変わってない、何も成長してない。こんな自分がマスターを元気にすることなんてできるわけがないじゃないか。変われない自分が憎い・・・」
自分はこんなにネガティブじゃない。もっとポジティブに生きろって考えても、自分に対する失望を止めることができない。自然と流れる涙。冷たくも暖かくもなくもなく、人間のもつ暖かみを失った涙。
「お兄ちゃんどうしたの?泣いてるの?」
いきなりの声に驚き、声のするほうへ向く。扉の近くでリンが立っていた。どうやら鍵をかけ忘れたらしい。急いで涙を拭き、微笑みを返す。
「なんでもないよ。そっちこそどうしたの?いきなり入ってきてびっくりしたよ」
「ちょっとこっちきて・・・」
リンは俺の腕を掴んで、歩き出す。予想外に強く、振りほどけない。連れてこられたのは、いつもレッスンを受けている部屋。そこにいたのは、めーちゃん、ミク、レンだった。
「遅かったわね、カイト」
「遅すぎるよ、兄さん」
「さあ、準備手伝って」
突然のことに唖然とする。きれいに飾り付けられた部屋や楽器。それは、幻想的な雰囲気を醸し出していた。
「一体これは・・・?」
「今日はマスターの誕生日なのよ。だからちょっとしたライブをしようって。この子達の成長を見れば、マスターも喜ぶだろうし」
忘れていたわけじゃなかった。誕生日のことは1週間前から聞いていた。だが、最近いろいろと考えているせいで、関心を向けていれなかったのだ。
「で、どれをすればいいんだい?そんなにうまくないけど、ギターなら少しは・・・」
「ボーカル」
静かで少し重い口調。予想もしなかった答えが聞こえてきて困惑した。
「え・・・?今なんて・・・?」
「だからボーカルをやって」
冗談だと思った。ボーカルならミクが一番で、俺なんかもう足元にも及ばない。最近少しやらせてもらっただけで、ほとんどやったことはなかった。ボイストレーニングは毎日しているけど。
「何を言ってるんだよ。ミクの方ができるじゃないか。俺なんかができるわけ・・・」
ミクはずっと俺のほうを見ている。その眼差しは真剣そのもので、どこにも冗談なんか混ざってるようには思えなかった。他の3人を見ても、ふざけた様子はまったく感じれない。
「なんで俺なんだよ!俺なんかにこんな大役務まるわけないだろ!絶対恥をかくって!」
部屋で考えていたことが頭をよぎる。自分はせっかくのチャンスを利用できず、恥をかきたくないというくだらない理由で逃げてしまうへタレ。救いようがないただの臆病者。つぶれていく心と精神。それとともに崩れていく体。何もできないように感じた。
「そんなことないよ」
ミクの優しい声に振り向く。
「兄さんは私より上手だよ。毎日自分の部屋でボイストレーニングしてる、努力してることを知ってる。兄さんの優しい声は誰にも真似できないすごい力を持っているんだよ」
「俺の・・・声・・・が・・・?」
今は涙でかすれた声。こんな声に人を元気づける声があるなんて思えない。しかし、他の3人ともうなずいている。レンがポケットからハンカチを差し出す。
「さあ涙を拭いて。泣いたらまともに歌えないだろ。俺も兄ちゃんの声に元気をもらったんだからさ」
「うん。分かった。あ・・・あ・・・」
声の調子を確認する。コンディションは良好。いつも以上に歌えそうだ。もう逃げない。昨日の自分から変わるため、みんなやマスターのために歌う。
「待たせたね。ちょっと仕事が長引いてしまった。」
「俺、歌います!いや、歌わせてください!」
マスターは小さい子を見守るような優しい笑みを浮かべる。
「ああ、期待している」
何度も聞き、練習した曲。何かあるたびに聞いて元気をもらった。今度は俺がその元気を分けてあげる番。いつものように気持ちを落ち着かせる。歌うごとに少しずつ純粋に、透き通った気持ちになっていく。心の汚れが落ち、傷がふさがっていく。
「みんなよくやった。俺の思っていた以上だ。成長したな」
ライブが終わり、マスターからの一言。マスターのその言葉に答えるかのように、今の気持ち、思いをすべて込めた。
「マスター、俺はあなたに認められたい、支えになりたいという思いで今までやってきました。あなたが苦しい、悲しいと思ったときは俺たちに話してください。お願いします」
マスターは優しい眼差しを向けたままうなずく
「おまえがそんなに言うのならいいだろう。おまえたちの歌声にはいつも癒される。それに、一人で悩んでいるのも辛いからな。頼んだぞ。」
叶った。願いが通じた。俺はもう昨日までのへタレじゃなく、マスターを支える一人として生きていくんだ。ポケット不思議な感触があるので探ってみると、入れたはずのないさっきのサルのぬいぐるみが入っていた。その目には魂が宿ったような強い光が映っていた。
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