その日は雨だった。
雪子と帯人は、いつものようにコンビニで買い物をして帰っていた。
傘にはじかれた雨が単調なリズムを刻む。
その音はとても好きだ。
でも、帯人は「雨は苦手」だと言う。
…おそらく、あの日も雨だったから。
受け入れたはずの過去。
でも、どうしても心にわずかな傷を与える。
ときどき疼くその傷を、背負っていかなければならない。
けれど、それはとても辛い。
「もし、過去を変えれるなら、どうする?」
なんて意地悪なことを尋ねたら、
帯人は「うーん…」と繰り返すだけで答えなかった。
おそらく答えはあるのだろう。
けれど私の前で言ったらいけない。なんて、気を遣っているんだろう。
私は「ごめんね」と一言残して、自動販売機に駆け寄った。
「なんか、買っていこう?」
「うん…」
「そんじゃあ、そーだなー…うーん…」
「僕は…紅茶がいい」
「あ。じゃあ、私もそれにしよう♪」
私たちは紅茶を二つ買った。
帰り道の途中にある横断歩道で、私はこんなことを提案した。
「ねえ、明日。学校に行かない?」
「…がっこう?」
「うん。うちの学校は人の出入りが盛んだから、全然バレないよ?
明日、図書館で本を借りたいの。
一人で行くのもなんだから、つきあって欲しいなー、なんて」
彼は少しためらっていたけれど、うなずいてくれた。
「じゃあ、約束ね」
雪子は帯人の前に立ち、スッと小指を出した。
帯人はその意味が理解できなかった。
雪子は首をかしげる彼の手を掴み、彼の小指に自分の指を絡めた。
「ゆびきりげんま!
うそついたら、はりせんぼん、のーます!
ゆびきった!」
「…指は切っちゃ、駄目…」
「今のは約束を破らないためのおまじないだよっ。
約束だからね。
明日は絶対、学校にに行こう」
「…うん!」
帯人は小さく微笑んだ。
その笑顔はコスモスみたいに健気で、可愛らしい。
私はそのまま手を絡めた。
「手、つなご」
今度は困った顔をする彼。
でも、やっぱり微笑んでいた。
◇
同時刻。とある大学病院の一室にて。
薬品の独特の臭いが鼻を刺す。
そんな研究室の隅に、メイコは待たされていた。
呼び出していた張本人が、コーヒーを両手にもってやってくる。
彼の髪の毛、目元、顔立ちはメイコにそっくりだった。
「久しぶりだな。姉貴」
「一ヶ月ぶりってとこね。…その「姉貴」っていうの、やめない?」
「製造月日は姉貴のほうが二分五十秒速かったんだ。
間違っちゃいねーぜ?」
「…まあ、いいわ。ねえ、メイト。本題に入って。どうして呼び出したの?
取り替えた義肢に不具合はないわ」
「それとは別件。今回の俺は愛のキューピットなわけ」
「ハァ?」
「まあ、見ろって」
そういって、メイトは部屋の隅に置かれた大きな箱に近寄った。
布で覆われたそれはメイコとほぼ同じ大きさだ。
メイトはニヤリと笑みを浮かべながら布を取る。
そこには、メイコによく似たボーカロイドがいた。
でも明らかに顔立ちが若い。
「…わたし?」
「新しいボディだ。でも、年齢設定が違う。
このボディの年齢設定は16歳。身のこなしも楽になるだろーよ」
「メイト。あんたがこれを?」
「だから言ってんじゃん? 今回の俺は「キューピット」ってさ」
嫌な予感がする。
「バカイトの仕業ね」
「おいおい。あからさまに嫌な顔するなよ。
まあ、察しの通り、彼からのプレゼントだ」
「それ、返品しといて」
ここまでしてくるなんて、ただの変態じゃない!
しかし、メイトは首を縦には振らなかった。
「そりゃできねーよ」
「どうして?」
「…このボディは、この前の詫びだってさ。
間に合わなくて、悪かったって」
「…」
「もらってやっても、いいんじゃねーの?」
「しかたないわねぇ…」
メイコは悪態をつきながらも、けっきょくそのボディを受け取ることにした。
さっそくシステムとデータの全てを移動させるため、メイコは違う部屋へ
案内されることになった。
その途中、病棟にいる患者たちの姿をたくさん見かけた。
「…ねえ、メイト」
「ん?」
メイコの視線の先には、開け放たれた病室の扉があった。
そしてその部屋には、眠り続ける顔のよく似た少年少女がいた。
「どうして彼まで寝ているの。…あの子は看病しに来てたんじゃ…」
「先日、ぶっ倒れたんだ。原因は不明。今は眠り続けてる」
「彼女もまだ目を覚まさないのね。
あの事件から、もう一年は経っているのに…」
「あの子だけじゃない。
あの事件に遭った子の多くは、まだ目を覚まさねーんだ」
悔しそうな顔をするメイト。その表情はどこか切なかった。
そのとき、きれいな音が聞こえた。
病室から聞こえる悲しげなメロディ。
それはオルゴールの音だった。
「誰かいるのかしら」
「まーた、アカイトが音楽療法とかいって、
いろいろ音楽を流してるんじゃねーの?」
「アカイト君って、あの大学院生の「音」を研究してた子?」
「そうそう。まあ、今は俺の助手だけどな」
メイトはそういって、歩幅を広げた。
メイコは知っている。
彼は、病棟というものが苦手なのだ。
特に目を覚まさない、意識不明の子。
助けられない人のいる病棟が、すごく嫌いだった。
メイコもその場を後にした。
悲しげなメロディがいつまでも、廊下に響いていた。
◇
同時刻。其れは何処かで。
嗚呼、早く、早く。
悲劇の物語は続く。
悪夢は終わらない。
物語をなぞるだけでは、変わらない。
変えなければならないというのに。
此処は彼女のいるべき場所じゃない。
貴女には貴女の世界があるんだ。
嗚呼、誰か、誰か。
彼女を救ってください。
私には其れができないのです。
私には改変するための筆がないのです。
嗚呼、誰か、誰か。
私は「書き手」を捜さなければならない。
彼女はまだ―――
優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第00話「プロローグ」
【登場人物】
増田雪子
・帯人のマスター
帯人
・雪子のボーカロイド
咲音メイコ
・警視庁特務課の刑事でありボーカロイド
始音カイト
・警視庁特務課の刑事でありボーカロイドでありバカイト
メイト(教授)
・大学病院の義肢専門医
・ボーカロイドの修理や、義肢利用者の治療もしている
アカイト(助手)
・メイト教授の助手
・音楽療法を研究している
大学院生時代には「音」について研究をしていた
【コメント】
ついに始めました。
第二部「優しい傷跡-魔法の音楽時計-」です。
今回はまだプロローグなので、ストーリーは始まっていません。
ちなみに今回の話の特長は、「曲巡り」です。
いろいろな曲の世界を巡ります。
ただ巡る曲は、アイクルの好みで選んでいますからねww
あとは「キャラクター」です。
曲のなかに登場するキャラも扱うので、半端ない数になるかと…。
あとは曲からの派生キャラ(?)を取り扱います。
キャラがごっちゃにならないように気をつけてくださいね^^
それじゃあ、またー♪
アイクルでした!≧ワ≦
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ブクマつながり
もっと見る帯人は教会の前に立つ。教会は明るい光に満ちていた。
中に誰かの気配を感じる。きっとこの中にいる。
帯人は扉をゆっくりと開けた。
パイプオルガンの高らかな音色が響く。
神々しいステンドグラスから差し込む光に照らされて、
教会内は雨の日だというのに明るかった。
十字架の元、二つの人影を見つける。
「マス...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第16話「大切な人」
アイクル
あー、どうしよう。
いきなり道は二つに分かれてしまった。
困った。
地図なんてもっていない。
片方は真っ赤な道。
もう一方は普通の砂利道。
腕を組んで突っ立っていると、頭上から声がした。
それは木の上からだった。
「きゃvvきゃvv」
「わー、わー」...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第09話「クローバーのアリス」
アイクル
狂ったように、帯人はアイスピックをリンにむけて振りかざした。
リンはとっさに包丁でそれを防ぐ。
しかし、帯人のほうが圧倒的に強かった。
数歩、リンは下がって体勢を立て直す。
その瞬間、はじかれたように帯人が私の手を引いて走り出した。
灰猫も先頭を走る。
「雪子、怪我は!?」
「大丈夫。服が切れただけ...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第07話「みんなの声」
アイクル
翌日。
雪子と帯人は一緒に学校へ行った。
その日は休日だったから、私服で入校できた。
休日だというのに、人々は多く図書館を利用していた。
私の背の三倍もある本棚に、ぎっしりと敷き詰められた本の数々。
貴重なものまであるらしいけど、あんまり詳しくない。
彼は目をぐるぐるさせていた。
思わず笑ってしまっ...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第01話「伝言」
アイクル
その日、雪子と帯人は大学病院を訪れた。
両手いっぱいの花を持って、真っ白な扉を開ける。
「よお、久しぶり」
部屋にはメイトが立っていた。
「あ、メイトさん。お久しぶりです。もう調子はいいんですか?」
「調子? ああ、麻痺してたやつか。大丈夫だよ。
用心して検査とか、いろいろやってただけだ。至ってケ...優しい傷跡-君のために僕がいる- 第01話「胎動」
アイクル
本当は知っていた。
彼女が未来を望んでいることも。
彼女がこの夢から覚めたいと願っていることも。
彼らが悲劇を打開していく様を見ているうちに、
自分の中の「破壊欲」がきれいに消えてしまっていることも。
でも、それを認めてしまえば自分が危うくなると解っていた。
だから否定していた。拒み続けた。
それな...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第25話「それが貴女の望みなら」
アイクル
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