本当は知っていた。
彼女が未来を望んでいることも。
彼女がこの夢から覚めたいと願っていることも。
彼らが悲劇を打開していく様を見ているうちに、
自分の中の「破壊欲」がきれいに消えてしまっていることも。
でも、それを認めてしまえば自分が危うくなると解っていた。
だから否定していた。拒み続けた。
それなのに――
カチッ。
時計の針は、三時一分を刻んでしまった。
「はは、ははは、はは……はは」
やっぱり、こうなるのだ。
灰猫は剣を降ろす。
「いい加減、受け入れたらどうだ」
「…はは。うるさい奴だなぁ、君は。……最初から解ってたんだよ。
こんな悲劇、誰も笑いはしないってね…」
コーディオも剣を降ろした。
お互いに傷だらけだった。
灰猫もコーディオも至るところに傷があり、そこから血が流れていた。
コーディオは自分の頬を伝う血を舐めあげた。
なぜか、しょっぱかった。
「…コーディオ、おまえ…」
「うるさい。うるさい。うるさいんだよぉおおお!!
もうとっくの昔から解ってるんだよ。
彼女は……生きたいって必死に願っている。
もう誰も傷つけたくない、と思ってる。――そう“思ってる”んだ!」
コーディオの目からは、涙があふれていた。
灰猫はコーディオに近づき、その涙を人差し指ですくった。
チクリと痛みが走り、触れた部分がわずかに透明になる。
けど、それさえ今は心地よかった。
コーディオはその手を握り、声を張り上げた。
「そろそろ、笑えない悲劇を終わらせよう。
もう飽き飽きしていたところだ」
「ああ、そうだな」
「それに…なにより、彼女がそれを望んでいないのだから」
コーディオが剣を握りしめる。
灰猫もまた剣を握りしめた。
「二人だけでやるつもり?」
顔を上げると、そこにはクレイヂィ・クラウンがいた。
不敵な笑みを浮かべている。灰猫はフッと笑う。
「君か」
「一人はいいとして、もう一人のお兄さんは体力半分ってとこね。
そんなんじゃあ、この世界を壊せないよ?」
「人をばかにするな。私はまだ元気だぞ」
「どーかなー。まあ、いないよりいたほうがいいじゃない?
私だって参加させてもらうから」
「お好きにどうぞ」
クレイヂィ・クラウンは、灰猫とコーディオの隣に並ぶ。
目の前には三時一分を刻む時計台がある。
三人は深く息を吸い込んだ。
大きく剣を振り上げて、一斉に走り出した。
全てはかけがえのない「大切な人」のために。
激しい光。
視界は一気に真っ白になった。
目も当てられないほどの光に、雪子と帯人は目を閉じた。
次に目を開けたとき、世界は一転していた。
雪子は帯人とともに、真っ白な世界に立っていた。
地面はガラス張りで、どこまでも空が映っている。
果てはなく、いつまでも空には雲が流れていた。
無音の世界。けど、心地よい。
その世界に、佇む少年と少女がいた。
真っ白なワンピースを着た少女と、真っ白なシャツを着た少年。
「リンちゃん! レンちゃん!」
二人は雪子を見るなり、笑顔になって駆け寄ってきた。
晴れ晴れとした世界。
これがリンの今の、心の情景だった。
優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第25話「それが貴女の望みなら」
【登場人物】
増田雪子
帯人のマスター
帯人
雪子のボーカロイド
灰猫
リンとレンを助け出そうとする青年
コーディオとは対極にあり互いが触れ合うと打ち消し合ってしまう
コーディオ
死神めいた存在
灰猫とは対極にあり互いが触れ合うと打ち消し合ってしまう
クレイヂィ・クラウン
真っ赤なピエロ(呪音キク)
鏡音リン
この夢の世界を作り出した
夢の一番奥にいる
鏡音レン
この夢の世界に巻き込まれた
リンとともに夢の一番奥にいる
【コメント】
魔法の音楽時計も最後です。
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ブクマつながり
もっと見る今日、変な人に傘を貸してもらった。
いいのかなぁ…って思ってたけど、濡れるのは嫌だったし、
結局受け取っちゃった。
正直、すごく助かった。
すごくお礼を言いたい…。
黒髪に、包帯が印象的なあの人。
すごくきれいな顔立ちだったなぁ。
…でも、どこかで見たことがある気がする。
あれだけイケメンなんだもの...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第15話「君のそばに行くから」
アイクル
暗闇の中で、僕は目を開けた。
輪郭さえ不確かな状態だった。
僕は勇気を出して、一歩ずつ前に出る。
途中で、わずかな光をとらえた。
僕はその光を目指して走った。
「―ッ」
一瞬だけ、雪子の声を聞いた。
なんと言っているのかは解らない。
とても楽しそうな声だった。
光がまぶしくて、僕は目を細めた。...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第14話「僕が消えていく世界」
アイクル
「痛…」
左手首があり得ない方向にねじ曲がっていた。
さっき爆風に巻き込まれたせいだ。
受け身を取ったつもりが、かえって悪い方向に転んでしまった。
夢の中なのにひどく痛む。
雪子はその手を引きずりながら、必死に立ち上がった。
膝から血が出ていた。
奥歯をかみしめ、私は歯車に近づいた。
外で剣のはじき...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第24話「真っ赤なピエロ」
アイクル
鏡音レンがふと、こちらを見る。
「…あなたは生存者? それとも、リンちゃんの夢?」
首を横に振る。
このとき、初めてレンの声を聞いた。
「自分の意思。俺はいたいから、ここにいる。
リンを一人にできない。…それにここなら、彼女は動ける。
自由に歩けるし、笑えるから」
自虐めいた笑みをむける彼。
そ...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第06話「絶対に助けるから!」
アイクル
タイムスリップした先は、城内だった。
広い廊下が続いている。ひどく騒がしかった。
灰猫は窓に張り付いた。
窓からははっきりと、燃え上がる火の手が見える。
「革命だ…」
革命は起きてしまった。彼の言うとおり、避けられなかった。
落胆する雪子の頭を帯人は優しくなでた。
燃え上がる町。悲鳴をあげる人々。廊...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第21話「王女と逃亡者」
アイクル
光の中に包まれて数秒後、私たちは地面に足をつけた。
まるで霧が晴れていくように、まぶしい光は消えていく。
やっとしっかりとした視覚を取り戻したとき、私はハッとした。
「学校だ」
そこは、クリプト学園だった。
窓の外には満月が顔を出している。
どうやら夜のようだ。
電気が一つもついていない学校は、月明...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第04話「とある少女の庭」
アイクル
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