今日、変な人に傘を貸してもらった。
いいのかなぁ…って思ってたけど、濡れるのは嫌だったし、
結局受け取っちゃった。
正直、すごく助かった。
すごくお礼を言いたい…。
黒髪に、包帯が印象的なあの人。
すごくきれいな顔立ちだったなぁ。
…でも、どこかで見たことがある気がする。
あれだけイケメンなんだもの。俳優さんかもしれない。
あー、惜しいことしたかも。今度会ったらメアド聞いとこっ!
ピーンポーン。
「はーい」
インターフォンが鳴る。誰だろう。メイコ姉さんかな。
雪子は外の様子を覗いた。…誰もいない。
首をかしげながらも、雪子は鍵を開けた。
きぃ。
ドアが開く。
「あ…」
そこには見知らぬ男性が立っていた。
手にはアコーディオン。頭には可愛らしい帽子が乗っている。
「なんでしょうか」
恐る恐る問うと、男は笑った。
「くくく。お迎えにあがりましたよ」
「へ?」
彼の手が頬に触れる。恐ろしいほど凍てついた指。
生きているのか、不安になる。
彼の手が唇をなぞる。逃げたいのに、身体が動かない。
「我が花嫁。さあ、お時間をともにしましょう」
「ッ!?」
身体の力が抜ける。バタッと男の腕の中に倒れてしまう雪子。
すでに意識はない。男はまたのどで笑う。
軽々と雪子を抱きかかえると、男は戸を閉め、手をかざした。
音もなく鍵がかかる。
「悲劇の姫君(ヒロイン)、どうか美しく踊ってください」
男は勢いよく跳躍し、雨の町へ消えるように去った。
マンションの階段を駆け上がり、やっと帯人は雪子の家に着いた。
ドアをいくらたたいても、彼女は出てこない。
留守なのだろうか。しかし待っている時間はない。
アイスピックでドアノブごと破壊する。
「マスター!」
部屋中を捜したが、雪子の姿はなかった。
帯人はその場に崩れ落ちる。
「…ぁ…ぁぁ…」
身体が震える。会いたい。会いたい。会いたい。会いたいのに。
どうして君は離れていくのだろう。
無意識のうちに、帯人の手は首に伸びていた。
包帯の上からがりがりと傷を掻きむしる。
懐かしい痛みだった。
マスターの気を引きたくて、何度も自分を傷つけた。
雪子に止められてもやめなかった、この傷跡。
「マスター、ほら、傷が…」
このままだと僕、死んじゃいますよ。
ねえ、マスター…。
そのとき、部屋の影から人影が現れる。
しかしそれは雪子ではなかった。
「見つけたぁ♪」
クレイヂィ・クラウンの一方である、赤いピエロがいた。
帯人は幻滅する。
「…どっか行って」
「えー、どうして?」
「今なら八つ当たりで、何でも殺せそうだから」
「そりゃあ、おっかないねぇ。でも殺せないよ」
ピエロは、一本の傘を持っていた。
その傘に手をかざすと、瞬く間に赤い剣へ変身する。
剣を帯人の元に投げた。
「あなたが戦うべき相手は、教会にいるよ。
そこにあなたの大好きな彼女も、ね」
「…」
「行かないの? 行かないと彼女、本当にコーディオに取られちゃうよ?
優しい傷跡にすがる暇があったら、前を向いて生きなさい。
それがあなたたちにしかできないことなんだから」
帯人は赤い剣を握り、立ち上がる。
ピエロは嬉しそうに微笑んだ。
「さあ、生きなさい」
「…ありがとう」
はじかれたように走り出す帯人。ドアを開け、そのまま飛び降りる。
着地の痛みなんて無視して、雨の空の下ツバメのように走った。
君が僕のそばから離れていくのなら、僕のほうから君に近づこう。
あなたの隣に僕が行く。だから、君は―前だけを見ていてほしい。
それが僕の好きな君だから。
飛び降りた彼の背を眺めて、微笑ましいと笑うピエロ。
その傍らに相方の青いクラウンが寄り添う。
クラウンは問う。
「君が協力するなんて、驚いたよ」
「そう? 当然のことよ」
ピエロはニカッと笑った。
「だって雪子ちゃんも、帯人君も、お友達だもん!」
それに、ちょっとした恩返しがしたかったから。
私には見守ることぐらいしか、できないもの。
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もっと見る光を抜け、帯人と雪子は地上へ降りた。
そこはなにもない海岸だった。
これが最後の悲劇の舞台なのだろうか。
「…うん…ぅ…」
雪子がやっと目を覚ます。
しばらく茫然としていたが、自分の置かれている状況を理解すると
いきなり顔を真っ赤にして暴れ出した。
「…どうしたの?」
「な、なんでもないからっ! だ...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第18話「後悔の手紙」
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暗闇の中で、僕は目を開けた。
輪郭さえ不確かな状態だった。
僕は勇気を出して、一歩ずつ前に出る。
途中で、わずかな光をとらえた。
僕はその光を目指して走った。
「―ッ」
一瞬だけ、雪子の声を聞いた。
なんと言っているのかは解らない。
とても楽しそうな声だった。
光がまぶしくて、僕は目を細めた。...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第14話「僕が消えていく世界」
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雪子はその手を引きずりながら、必死に立ち上がった。
膝から血が出ていた。
奥歯をかみしめ、私は歯車に近づいた。
外で剣のはじき...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第24話「真っ赤なピエロ」
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燃え上がる町。悲鳴をあげる人々。廊...優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第21話「王女と逃亡者」
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光の中に包まれて数秒後、私たちは地面に足をつけた。
まるで霧が晴れていくように、まぶしい光は消えていく。
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そこは、クリプト学園だった。
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