暗闇の中で、僕は目を開けた。
輪郭さえ不確かな状態だった。
僕は勇気を出して、一歩ずつ前に出る。
途中で、わずかな光をとらえた。
僕はその光を目指して走った。

「―ッ」

一瞬だけ、雪子の声を聞いた。
なんと言っているのかは解らない。
とても楽しそうな声だった。

光がまぶしくて、僕は目を細めた。

まばたきをした次の瞬間、世界は変わっていた。
暗闇はどこへ行ったのか。
僕は雨の降る中、街灯に背を預けていた。

「ここは…」

見覚えがある。
ここはクリプト学園の通学路だ。
でも、なぜこんなところに?
…これもあの男が作り出した世界なのだろうか。

なぜか手には傘が握られていた。
けれど傘を差す気にもなれない。このまま雨に濡れていよう。
僕は歩き出す。

とにかく家のほうへ行ってみよう。
帯人は雨に濡れながら歩き出す。
人々は心なしか早足で、町自体がせわしない。

トンッ。

突然、胸のあたりに誰かが飛び込んできた。
僕よりも小さな背の、細身の少女。

「ご、ごめんなさいッ」

雨に濡れた前髪。びしょぬれの制服。明るくてかわいい声。
それは制服姿の増田雪子だった。

「前、見てなくて。急いでいたものだから…、ごめんなさい」

じっと雪子を見つめる帯人。
彼女はその視線に首をかしげた。

「あのぉ…もしかして―」


以前、会ったことがありますか?


「…ぇ?」

どういうこと? 君は僕のマスターじゃないか。
ずっと一緒に過ごしてきた。僕の罪を受け入れてくれた。
それなのに、どうして―、

帯人は息を飲んだ。


 わすれちゃったんだ…。


「ごめんなさい。私、急いでるから、これで!」

そう言い残し、彼女は僕の隣をすり抜けようとする。
僕は咄嗟に彼女の腕を掴んだ。
目を丸くし、僕を凝視する雪子。
そんな顔をしないで。
僕はそんな顔、見たことない。見たくない。

「な、なんでしょうか…?」

怯えないで。怖がらないで。
帯人は、スッと自分の持っていた傘を彼女に渡した。

「風邪ひいたら、いけないから…」

「あ、ありがとうございます」

不思議そうな顔をしながら、彼女は僕の傘を受け取った。
傘を差し、彼女は歩き出す。
僕はその背を見届けることしかできなかった。

彼女の心から僕が消え去る。
今までのことを全て忘れても、彼女は嬉しそうに笑うんだろう。
―僕がいなくても、彼女の世界は回る。

所詮、僕はボーカロイドだ。…人じゃない。家族でもない。

帯人は見上げた。
視線の先にあったのは、電光掲示板。
今日の天気や時間が流れている。

それを見たとき、ハッとした。
この時間…この日…この天気……そして、このニュース…。

帯人ははじかれたように走り出す。
行き交う人をかき分けて、雪子を捜した。

なぜ、傘を渡してしまったんだろう。
傘を渡してしまったら、もう、

遙か遠くに彼女の背を見つけた。
傘を差している雪子の小さな背。

その背は、横道に入ることなく…大通りの人混みへ消えてしまった。

この日、僕はあの横道の奥で彼女に救われたのだ。
それが彼女と出会ったきっかけだった。


僕は地面に崩れ落ちた。
身体中の力が抜けきっていた。立つこともできない。
胸の当たりが張り裂けそうになるくらい、苦しくて、息ができない。

「…ます、たぁー」

どんなに叫んだって、彼女は来ない。
僕がいなくても、彼女は…困らない。悲しまない。

左手の感覚を失っていた。
コードが不調なのだろうか。僕は自分の左手を見た。

――でも、そこにあるはずのものが、消えていた。

左手の指が全て消えていた。
半透明になった指がわずかに見える。

僕は悟った。

この世界は、雪子の世界。
彼女の記憶から僕が消えたら、僕は…本当に消えてしまうんだ。

でも、それは悪いことではない気がした。
僕と彼女が出会わないほうが、幸せかもしれない。
出会わなければ、雪子は…銃で撃たれなかった。
痛い思いをせずにすんだのだ。



……

………違う!

帯人は首を横に振る。

違う。違う。違う。
会わなかったほうが幸せなんて、そんなはずはない。

帯人はアイスピックを握り、走り出した。

家に行こう。彼女に会おう。
雪子を抱きしめて、そして思い出させるんだ。全てを。

この悲劇を打開する。
絶対に彼女を取り戻す。
君が僕を救い出してくれたように、今度は僕が君を助け出す!!
今までの日々が嘘だったなんて、信じない!

「マスターァアア!!」

雨なんてかまわずに、帯人は家へ向かった。






コーディオは狂った目を爛々と輝かせて、狭い横道に立っていた。
見下ろす先にあるのは、傷だらけの青年。
かつて彼女の中で「帯人」と呼ばれていたものだ。

「君は最愛の人に殺されるのだ。生きながらにして、ね」

コーディオは手袋を脱ぎ、その青年に触れた。
一瞬にして真っ黒になる青年。
灰になり、雨に打たれて簡単に崩れてしまった。

もう、そこにはなにも残らない。残っているのは灰の山だけ。

手袋をはめ直すコーディオ。クククとのどを鳴らし、笑う。

「そろそろ、花嫁を迎えに行きましょうか」

コーディオは消えるように、その場を後にした。

(この娘の魂は、私のもの。そしてこの世界も全て、私のもの)

(君がどうこうしようと、なにも変わらない)

(それがこの世界の悲劇―)

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第14話「僕が消えていく世界」

【登場人物】
増田雪子
 コーディオに気に入られてしまった女の子。
 この世界を形成している本人。
 しかし、世界はコーディオに支配されている。
 帯人のことを忘れてしまっている。

帯人
 雪子が帯人のことを忘れていくにつれて、帯人自身も消えていってしまう。

灰猫
 コーディオの世界には入れない。
 外の世界で帯人と雪子を見守っている。

コーディオ
 死神。
 雪子を気に入り、帯人を嫌っている。
 この世界を支配している住人。

【コメント】
「ゆりかごから墓場まで」これが元の曲です。
http://piapro.jp/a/content/?id=kp59fkdid8jpqssv

このダークなカイトがたまらんッ!>ワ<

閲覧数:983

投稿日:2009/03/02 18:05:23

文字数:2,248文字

カテゴリ:小説

  • コメント2

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  • アイクル

    アイクル

    ご意見・ご感想

    それわかります。
    もうすでに帯人がメインですもんwww
    ダークなカイトもいいですよねぇ♪
    低い声がたまらんッ!>ワ<

    2009/03/06 09:22:28

  • まにょ

    まにょ

    ご意見・ご感想

    こんばんは。。。またいっきに更新きましたね!!!
    ぃゃぁ。。どんどん物語が進んでくれてうれしいです。私はやっぱりこういう亜種系のも好きですね~。
    でも自分の中で帯人はもう亜種ではなかったりww
    雪子は帯人を思い出せるのでしょうか?いや。思い出させますよね。帯人が!
    そういえば、「ゆりかごから墓場まで」聴きました!
    ダークなカイトよかったです★たまにはそぅぃぅ兄さんもアリですね~。

    2009/03/02 20:38:43

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