鏡音レンがふと、こちらを見る。

「…あなたは生存者? それとも、リンちゃんの夢?」

首を横に振る。
このとき、初めてレンの声を聞いた。

「自分の意思。俺はいたいから、ここにいる。
 リンを一人にできない。…それにここなら、彼女は動ける。
 自由に歩けるし、笑えるから」

自虐めいた笑みをむける彼。
そんなの、間違ってる。
確かにここにはリンちゃんの自由があるかもしれないけれど、
それじゃあ駄目だよ。
――ここは夢の中なんだから。

「駄目!」

「え?」

「現実に戻ろうよッ! 確かにリンちゃんは、ここでなら笑っていられる
 かもしれないけれど、それじゃあ駄目だよ!なにも変わってない!
 なにも!!」

大事なことが、なにも変わっていないじゃないかッ!!

「…雪子……!」

振り返ると、開けっ放しの扉から帯人が飛び込んできた。
腕から血が出ている。

「血が!」

「かすり傷だよ。…それより、鏡音レン君だよね。
 ……ほら、行こう。とにかく外へ出よう」

レンはまた首を横に振った。

「彼女を置いていけないから」

「…そう、」

帯人はギュッと私の腕を掴む。そして無理矢理、引きずっていく。

「ちょっと! やめてっ!! レン君も一緒に!!」

「増田雪子さん」

レンに呼び止められた。
それさえ無視して、帯人は私の腕をぐいぐい引っ張っていく。

「ごめんね。俺はここにいなきゃ駄目なんだ。…あのさ、――」

帯人も足を止める。

「この「恐怖ガーデン」にいる彼女は、本当の彼女じゃない。
 本物の彼女は、この世界のもっと深部に引きこもっている。
 …彼女を、助けてあげて欲しい」

「…ヒントを、知っているか?」

帯人は無愛想な口調で言う。
レンは椅子から立ち上がると、真っ白なカーテンを開いた。
どういうつもりか理解できなかったが、窓の外のそれを見てハッとした。

「入り口はいつも、光のなかに」

手だらけのグランドの向こう側にある図書館の電気が、ついてる!!

バサッ。

衣服のはためく音とともに、見覚えのある尻尾が窓に映る。
灰猫さんだ。
灰猫はそのまま窓を開けて、顔を出す。

「ここにいらっしゃったんですか。
 さあ、行きましょう。次の世界への扉は開かれた」

あ。――やっぱり、似てる。レンと灰猫さんはうり二つだ。

私は帯人に抱きかかえられ、窓べりまで移動させられた。
どうやらここから飛び降りるつもりらしい。
レンはその様子を見届ける。
灰猫の差し出す手を握って、帯人は窓枠に立つ。

「さようなら」

レンは静かに手を振った。
私は彼の手をギュッと掴んで、言った。

「絶対に助けるから!!!」

もう、負けないから。
もう、逃げないから。

あなたたち二人も、みんなも、絶対に助け出すから!!!

その言葉にレンは、涙を浮かべながらうなずいた。
手を離して、私は帯人の体をしっかりと掴む。
灰猫が飛び降りるタイミングとともに、帯人は勢いよく空へ飛んだ。

真夜中。
眼下にあるのは、無数の手。
勢いよく帯人の体は地面へとたたきつけられた。
着地したとき、「ぅッ」と呻く声が聞こえた。

「大丈夫?」

「…平気」

「さあ、行きましょう。このグランドを突っ切って!」

「「はい!!」」

私たちは手だらけのグランドへ入っていった。
図書館までの距離は、400メートルほど。
図書館の人工的な優しい光が、グランドを明るく照らす。

しかし、照らされた影に違和感を感じた。
灰猫さんの、影。
帯人の、影。
私の、影。

――もう、一つ?

「みぃ~つけた!」

すぐ背後だった。
全く気がつかなかった。

そこには包丁をもった、鏡音リンが立っていたのだ。

「ひとりぼっちにしないで」

振り下ろされた包丁は、私の腕をかすめた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

優しい傷跡-魔法の音楽時計- 第06話「絶対に助けるから!」

【登場人物】
増田雪子
帯人
灰猫
鏡音リン
鏡音レン

【コメント】
もう少しで「恐怖ガーデン」編は終了です。
ここは通過地点みたいな感じです。
次からがたいへん^^;

閲覧数:1,121

投稿日:2009/01/25 14:42:25

文字数:1,590文字

カテゴリ:小説

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    アイクル

    ご意見・ご感想

    ロードローラーに笑ってしまったwww
    よし。メモっておこう♪

    次の曲も人によってはトラウマ曲かもしれません^^;

    2009/01/26 13:21:12

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