ハァ、ハァ、ハァ。
涙がとまらなかった。
怖くて足が震えた。でも、とにかく前へ。
足を止めたら、駄目だと思った。死んでしまうのは確かだ。
ほんと。…どうしてこうなっちゃったんだろう。
それは数分前。
私と帯人そして灰猫が、鏡音リンと対峙したときのことだった。
血だらけのハクちゃんとネルちゃんを紹介したとき――
あのとき、
あの二人はまだ息があったんだ。
ネルちゃんは、最後の力をふりしぼって叫んだ。
校舎中に響き渡るよな大声で、
「逃げてぇええええッ!!!!」
苦しそうな声で。
そこからの展開は早かった。
生きていることに気づいたリンは、迷うことなく
ネルにむけて包丁をおろした。そして、ハクにも―
鈍い音をたてて、二人は呆気なく亡くなってしまった。
私の目の前で。
そして、次は貴女よと言わんばかりにリンは笑った。
私は恐怖のあまり、来た方へ逃げ出してしまった。
駆け出すときに見えたのは、包丁をむけて笑うリンと、それに立ち向かおう
とする灰猫さん。そして、私を守ろうとして前に出た帯人の後ろ姿だった。
私は突き当たりまで走って、階段を駆け下りた。
でも二階から下へむかう階段は崩れてしまって降りれなかった。
しかたなく向かい側の階段まで走って、
そして今、こうして泣いている。
ハァ、ハァ、ハァ。
もう息をするのだって苦しかった。
でも泣き声だけは不思議と出た。
目の前にあるのは、階段じゃなかった。
崩れ落ちた壁と瓦礫。ここも、同じように壊れていた。
どっちにしろ逃げ場はないんだ。
「それなら、みんなと―」
みんなと、戦っておけばよかった。
…ごめん。弱虫でごめんね…。
悔しくて涙が止まらなかった。
ごめんね。
ごめん。
ほんとに、ごめん。
後悔の念が私を追いつめて、首を絞めているようだった。
そのとき、
♪~♪♪~♪~~♪♪♪~♪♪~♪~~♪~♪♪~~
不思議な音色が――
「どうして……」
その音は、手前の教室から聞こえる。
私はなにかに操られるように、そっとその扉に触れた。
その扉だけ、感触が違った。
「…ぁ」
開けると、そこは病室だった。
清潔感あふれる真っ白な病室に、一人の少年が座ってる。
そして純白のベッドには一人の少女が眠っていた。
私は恐る恐る病室に入った。
♪~♪♪~♪~~♪♪♪~♪♪~♪~~♪~♪♪~~
「 」
少年は少女になにか話しかけている。
しかし、少女の返答はない。
私は二人に近づいた。
「ぁ…!」
思わず息をのんだ。
ベッドに寝ていたのは、鏡音リン本人だったのだ。
点滴に繋がれて、白雪姫のように安らかな笑みを浮かべて眠っている。
その傍らにつきそう少年は、おそらく「鏡音レン」だ。
双子の弟である彼は、毎日姉のいる病室に通っていたそうだから。
たぶん、これが彼女の《悲劇》なんだ。
一年前から目覚めない、彼女の――
♪~♪♪~♪~~♪♪♪~♪♪~♪~~♪~♪♪~~
曲は絶えず奏でられていた。
その音の元は、鏡音レンの手元だった。
彼はギュッとあの懐中時計を握っている。
そこからこの悲しげな曲が流れているんだ。
彼が口を開く。
声は聞こえないけれど、彼はこういったんだと思う。
「ねえ、きれいなきょくだろう?」って。
その目はとても優しくて悲しい色をしていた。
なぜかそれが、灰猫の笑顔と重なって見えた。
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