最近生えたらしい金髪の種KAITOは泣き虫だそうだけれど、こっちはこっちで困りものだと思う。

「――――――――――――ッ!」

 みかん箱から数歩離れると、たちまち上がる叫び声。末代まで祟られそうな声って、こういうのを言うんじゃないか。そんな気分になってくる。

「トイレにくらい行かせてよ、種KAITO……」

 みかん箱の中身に向かって呼びかけても、聞こえているんだかどうだか。KAITOだけあって小さくても肺活量はあるらしく、声がわうんわうんと響く。……うちのアパート、壁薄いんだけどまずいんじゃないかな?
 とにかく急いで用を足して、手を洗ってから箱の中をのぞく。とたん、部屋中に響いていた音はぴたっとやんだ。
 畳んだ古タオルの上に乗っている種KAITOは、あうー、ともえあーともつかない声をあげて、両腕を伸ばし上げてくる。つま先立ちまでしようとして、バランスを崩してすっ転んだ。
 ……うん、わかるよ。何を要求されているのかはとてもよくわかるけど。寂しくてたまらない時は人にくっつきたくなるものだっていうのも知ってるけど。
 ぞわぞわと、勝手に怖気が走る体を、きつく抱きしめる。
 一度の言葉で箱に入ってくれるくらい賢いし、よそと比べたらおとなしい範囲だと思うし……可愛くないわけじゃないんだけど、やっぱり近寄られるのは怖い。

「明日から大学もバイトもあるんだよなあ。これじゃ独りにできないよ」

 伸ばされる手から目をそらして、本の山の整理を再開する。みかん箱を空にするために、出される羽目になった書籍たちだ。
 見える範囲に私がいれば平気なようで、ぐずっていた種KAITOもそのうちタオルの上で遊び始めた。布団がわりにと入れてやった古いハンカチに、ぐるぐる巻きになったりしている。
 もともと本棚(というか収納スペース全般)に余裕がないので、この機会に処分してしまおうと、もう読まないだろう本や教科書を分けていると、本の隙間からひらりと一枚の楽譜が落ちた。
 なんだろ……うわ、小学生の時にやった音楽のプリントだ。よくとってあったな。
 手書きの歌詞が懐かしくて、音符にそって出だしを少しだけ声に出すと、あっという間に記憶がよみがえってきた。後から後から、待ち構えていたみたいに脳がメロディを送り出す。
 そういやこの曲、結構好きだったんだっけ。みんなの声や、先生の弾くピアノの伴奏まで聞こえてくるみたいだ。2番以降は確かコーラスで二重に響いて……あれ、二重に聞こえる……?
 私が歌を止めても、メロディは続いていた。「ら」になりきれない「あ」の音で、けれど濁りのないよく響く声で、音程も完璧にとって。

 種KAITOが、歌っていた。

 アイスを食べる時と同じぐらいの笑顔で、気持ち良さそうに声を奏でる。体中から、楽しんでいるのが伝わってくる。
 そうか、種KAITOだってKAITOなんだ。歌うのが楽しくて仕方ないんだ……
 ふいに種KAITOは唇を止めて、不思議そうに私を見上げてきた。首をかしげるその表情から、種KAITOの疑問が伝わってくる。

(あなたは、うたわないの?)

(あなたと、うたうんじゃないの?)

「う、いや、だってそっちの方が声とか綺麗だし私が歌わなくても……ってああ泣くな泣きそうになるなあの声を上げないで頂戴! わかった歌うから一緒に歌うからッ!」

 ああもう。神調教した本家KAITOを思わせるこの声と並べるなんて羞恥プレイにも程があるよ。
 それでも私が歌い始めると、種KAITOはうれしそうに声を合わせてきた。同じ音階を歌う別々の声が混ざりあう。やわらかい音が、部屋に満ちていく。
 カラオケでデュエットした事はたまにあるけれど、基本的に独りで歌える曲ばかり歌ってきた。合唱なんて、本当に、何年振りだろう。
 一曲終わりかけるたびに種KAITOが泣きそうになるので、私は日が落ちるまで、覚えている限りの歌を歌うはめになった。かっこいい曲はあまり知らないから、うろたんだーや解雇まで歌った。どんな歌でも、種KAITOは楽しそうに歌っていた。
 おかげで本の整理はちっとも進まなかったし、明日から種KAITOを穏便に独りにする方法もわからない。歌い疲れて眠ってしまった種KAITOに、夕食のアイスを与えなくて大丈夫かどうかもちょっと不安だ。
 けれど。
 古いハンカチをぎゅっと抱きしめて、かすかな寝息を立てているこの生き物を、私は少しだけ、愛おしいと思うようになっていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【亜種注意】やってしまいました3【KAITOの種】

双ダイトは激しい寂しがりのようです。
そういやソーダアイスって色も味もなんとなく寂しげじゃないですか? ちはれだけ?

マスター、入れるのはケージじゃなくダンボールになりました。
ケージって地味に高いですしね。学生さんであるマスターには金銭的に抵抗があったんでしょう。かじって外に出る心配もないですしw

明日以降の生活が心配になりつつ、また次回(あるのか?)。


本家様の子も歌声きれいそうです。
http://piapro.jp/content/aa6z5yee9omge6m2

地味に応援してる金髪KAITOはこちら
http://piapro.jp/content/4ryh49bskm492603

閲覧数:411

投稿日:2009/03/21 02:09:57

文字数:1,869文字

カテゴリ:小説

  • コメント3

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  • ちはれ(花見酒P)

    皆様感想ありがとうございます。返信遅くなってすみません。
    かわいいと評判のマスターが首と手をぶんぶか振って否定しています。楽しいw

    >霜降り五葉さま
    実は双ダイトには常にかわいさを追求していますw
    はい、マスターちょこっと変わりました。成長なのかな? どうなんでしょう。
    そちらのマスターが着々と親御さんになりつつあるのと変わらない気がしなくもないですw
    これで一日目なんですから、どれだけ費やしてるんだよって話ですねー。
    両者の関係がどう変わるのかは私にも読めません。まじで。

    >サターンさま
    ようこそ、酔った勢いで同居する羽目になったマスターのお話へw
    冒頭でちょっとお借りしたのでリンク張らせていただきました。勝手にすみません。
    双ダイトは作者の趣味で歌上手にさせました。代わりにしゃべるのは当分先かなー。
    マスターは生き物に慣れたというより、双ダイトに慣れたんでしょうな、きっと。

    >エメルさま
    こんばんはー。
    マスターに優しいなんて言ったら真っ赤になって死んでしまいますよー。
    この人にとっては当たり前のことなんで。
    双ダイトは声フェチな作者のために歌上手になりましたw
    代わりにショコイトくんみたく喋れません。歌も「ららあああらあ」みたいな感じです。
    このまま仲良くなれるのかどうか……作者にも読めません。


    応援もありがとうございます。
    次の次につなぐための次の話に悩んでいるのでもうしばらくお待ちくださいませ。

    2009/03/21 23:44:13

  • エメル

    エメル

    ご意見・ご感想

    こんにちわ~

    淋しがりやの双ダイトくんも苦手な割りに優しいマスターさんもかわいいです。
    双ダイトくん、歌上手いんですね。それに比べてうちの子ときたら(汗
    よかったら音楽に上げてあるので聴いてやってください。
    本家さまも音楽にモモイトちゃんの歌声を上げてるので聴いてみましたがかわいかったですよ~

    マスターさん、双ダイトくんのこと愛おしく感じられるようになってきたんですね。
    このまま仲良くなってくれたらいいな、なんて簡単には行かないかな?

    続き、楽しみにしてます~

    2009/03/21 11:18:25

  • 霜降り五葉

    霜降り五葉

    ご意見・ご感想

    双ダイト可愛いよー…
    マスターも可愛いよー…
    ちゃんとマスターが成長してるって素晴らしいです。
    これからマスターが変わって二人の関係も少しずつ変化が起こるんでしょうね。
    ああ…成長してて凄いなぁ……。
    自分の書くやつって基本成長が見られないんで羨ましいです。

    2009/03/21 06:24:08

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