１月３０日、今日は高校時代のみんなで集まって同窓会があった。
私たちは今２２歳。
高校を卒業して以来顔を合わせてなかった懐かしい人たちが揃いに揃っていて、とてもうれしかった。
旧友に会い、お酒を飲み、昔話や現状報告に花が咲く。
皆変わってないようで、実は変わっていて、大人っぽくなっていたり、人当たりがよくなっていたり、おとなしくなっていたり。

友達が少ない私でも、集まっている人数のほとんどは知っていたが、そのなかでも目が吸い寄せられるように捉えて、どうしても離してくれない人がいた。

短い短髪に、あの無愛想な目。

高校1年生のころの少しの間だけ付き合っていたその人だった。
彼が視界に入るたびに、心臓が潰れるように痛んだ。

どうして別れてしまったのか。
「もう好きではない」といったのは彼だった。
それが原因といえば原因なのだけれど、私はまた違うように考えている。

彼を冷めさせてしまった何かが私にあったはずだ。

何なのかはわからない。
私が彼に尽くしていたすべてのことが、その原因のように思えて仕方がない。
自分自身を責めに責めて、眠れなかった夜はいくつもあった。

彼の存在を忘れたことなど、一瞬たりともなかった。
彼は未だに私の心臓の一番深いところに根付いて消えようとしてくれない。


そんなことを考えながら、同窓会は徐々に進んでいき、とうとう幕を閉じた。
私は少し決心をし、行動に出ることにした。
彼にこの後少し一緒に飲めないかとメールをすること。

もし駄目だったら、吹っ切れる気がする。
もしOKだったとしても、この気持ちを整理して、この長い片思いに終止符を打つ。


メールを送ってしばらくしてから、買った時から変えていないメール受信音がかわいらしく鳴り出す。
彼からだ。

【Re:いいよ】

ああ、変わってないね。
そんなことを思ってしまって、自然と口元が緩んだ。




彼とは近くの居酒屋で待ち合わせした。
私はなんとなく飲まなきゃ何も喋れない気がしたから焼酎を頼んだのだが、彼は多分お酒に強くないんだろう、しかも彼みたいなキャラなら友達に無理やり浴びるように飲まされてそうだ。
だから烏龍茶を頼んだのはなんとなくうなづけた。
私は「君らしい」と笑った。

少し沈黙が苦しかったので、私が口を開いた。

「ねぇ」
「何？」
「君は今何してるの？」
「うーん、まあ、普通に。大学生だよ。バイトとか」
「そっか、君は大学生だったね」

私は大学へ入ってなかった。

「ねえ、大学って面白い？　どんな感じなの？」
「どんな……って言われたら難しいなあ。でも楽しいし、講義も興味深いことばっかりだよ」
「へぇ」

ああ、やっぱり話をうまくつなげられない。
他の人なら別にそんなこと気にしないんだけど、彼となったら話は別。
いいようにみられたいし、かわいくも想われたい。
気が利く子だな、とか、そういう風にも想われたいのは、付き合っていた頃と何も変わっていない。

他の子みたいにうまく笑えたらいいのに。
そうすれば、私たちは今も隣で笑いあえていたのかもしれない。


「ねぇ、君」


私はあの頃と変わらず彼のことを「君」と呼んだ。


「今日、私の誕生日なの知ってた？」


きっと彼は覚えてないだろうな。
彼は目を大きく開けて「あ……」とばつが悪そうに言った。

「君、そういうの覚えてる人じゃなかったしねー」

懐かしいなー、と私は言った。
なんだか涙が出そうで、うつむいた。


「……ごめん」
「……変わってないね、あの頃から君は。ちっとも」
「そうかな、僕も結構変わったと思うんだけどなあ……」
「あっ、責めたわけじゃないの。ただ……なんだか、安心しちゃって」

彼の謝り方も変わってなかった。
何にも変わってなかった。

私が好きな彼のままだった。

すると彼が唐突に声を裏返しながら話しかけてきた。


「めっ、巡音さんは？　身の回りのこととかで何か変わったことはないの？」


彼は私のことを「巡音さん」と呼んだ。
そんなごく普通のことをとても悲しく思った。

「変わったこと……」
「そ、その……結婚、とか……」

予想外だ。
こんな話彼からされると思わなかった。
彼も自分からこんな話をするのが心底意外だったようで、目を丸くした。
そして私は、焼酎をもう一度喉に流し込む。

これまで毎日のように脳裏に浮かんでいたあの頃に彼の笑顔や言葉がとめどなく溢れ出す。
どうやっても彼のことが忘れられない。
どうして――。


「結婚……」


彼はなんだか不安そうに私をじっと見つめていた。
そんな顔しないで、期待しちゃうわ。

私が彼ともう一度会おうと思った理由はこれだ。
別に彼ともう一度付き合おうなんてことは思っていない。

私にはいま恋人がいる。
ほかの男を思いながら付き合っているなんてひどい話ね。
でもあの人はそれでもいいと言ってくれた。

「まさか君からその話題が出るとは思ってなかったなぁ……」

流石は君、と私は頭を掻いた。
言わなければいけない。
出来ればそのことは何も言わないまま、あの頃の様に他愛のない話をして、サヨナラをしたかった。
言わなきゃいけない、言わなきゃ。

「えっ、結婚……するの？」

――えっしないよ？
――ああ、ごめんごめん、なんか紛らわしい態度とっちゃったね。
――ごめん、違うの私。君にはほかの大事な話があってね。

彼の問いかけに、そう言えればよかったのに。
期待してしまう。
もしかして、もしかして彼は――。




「うん」




これだけ心が痛む肯定を、私は知らない。

私はあの人にプロポーズされた。
まだ返事はしていない。
結婚するなら私の中から彼の存在を消してからでないと、申し訳ないわ。
でも、でもでもでも。

これだけは―――。

「ねぇ」
「何？」
「私ね」
「うん」



「君のこと、大好きだった」


いままで彼に直接一度も言ったことがなかった言葉。
ずっと伝えたかった言葉。
これだけは言っておきたかった言葉。




「……嘘よ、今も好き」




どうしようもない。
消そうと思っても消えてくれない。

　　


すきよ。
　　　



「でも君のこと、いつまでも想っていたって仕方ないの。言ったことあるでしょ、私これでも一途なほうなの。……だから、私の中で君をちゃんと終わらせに来たの。あの人はちゃんと私を解ってくれてる。ちゃんと今の私を好きになってくれたの。もうそんな人……君以外現れないと思ってたのに」

「……」



彼は何も言わなかった。
私にかけていい言葉が見つけられないように、黙っている。


「ねぇ、好き。だいすきよ。ありがとう。だから――ごめんね」


ありがとう、君を好きになれて本当によかった。



「じゃぁ、急に呼び出してごめんね。ここらでおいとまするわ、元気でね」
「あ……」


私の悪い癖だ。

要件が終わったら、これ以上付き合わせるのは相手に申し訳ないと早々と話を切り上げてしまう。
だって私なんかのために無駄な時間を使うなんて、そんなの駄目だわ。
君は君のために生きて。
一度彼に「自信持て」って言われたことがあったな。
ごめんね、持てなかった。



このままここに居続ければ、私はきっと泣いてしまう。
あの人を裏切ってしまう、そんな気がする。

私は席を立ち足早に出口に向かう。

私が振り返ってしまう前に、はやく彼とお別れしないと。
だからどうか―――。



「――瑠花っ！！」



呼び止めないで。


初めて彼に呼ばれた名前。
呼び止めいないでよ、もう。



「げ……元気で、な」


「うん。」

きっと彼には聞こえていないが、私はそうつぶやいて、そのまま店を後にした。
お会計を済ませないまま出てきたのはほんの少しのいじわるよ、許して。
そんなことを思いながら、ほろりと酔って熱くなった頬を北風で冷ましながら夜道を歩く。
頬を伝って流れるなにかがあることはあえて気づかないふりをした。



寒空の中に浮かぶ月が、ほのかに光って私を見つめていた。