注意:実体化VOCALOIDが出てきます。
オリジナルのマスターが出張っています。
カイメイ風味です。
苦手な方はご注意くださいませ。
僕らのマスターは、…変なところばかり僕に似ている。いや、僕の方が、マスターの変なところばかり似たのかな…。
ついつい強がってしまうところとか、はぐらかす時に頭を撫でる癖とか、とりあえず笑って誤魔化そうとしてしまうところとか。
…誕生日というキーワードが、苦手なところとか。
まあ、だから逆に、何を言ってあげたら良いか、分かりやすいとも言えるんだけど。
ミクちゃんとルカちゃんが作り、リンちゃんとレンくんも手伝ったという、完全手作りアイスケーキはとても美味しかった。まだ半分以上残っていると思うと楽しみで仕方ない。
そんな四人に片付けをお願いして居間から抜け出そうとすると、残っていたメイコさんが目線を投げてくる。大丈夫? と問いかけてくるその目ににこっと笑ってみせる。
「あ、えと、さっきは、…その」
「気にしなくて良いよ」
おずおずと差し出されかけた謝罪の言葉を遮る。うん、多分、今メイコさんに謝られたらマスターのとこへ行く気力が根こそぎ持っていかれる。それに謝って欲しいわけじゃないし。
メイコさんもマスターのことを考えてたんだろう。言葉を飲み込んで、僕を見つめてくる。
「じゃ、…お願いね」
「うん、メイコさん。こっちこそ心配かけてばっかりでごめんね」
僕も、マスターも。その思いを込めて告げると、少しだけ間を置いて、ばぁか、と柔らかい声が返って来た。
「とっとと行って来なさいよ」
「うん」
伝えるべきことがもっとくっきりと把握出来る。メイコさんの後押しを背にマスターの部屋へと向かう。
マスターの部屋の前に立って、ドアをノックする。しばらくの沈黙の後、どうぞ、と促す声がした。
「お邪魔します」
踏み込むマスターの部屋はいたってシンプルだ。机に本棚にベッドに椅子。白を基調にして必要最低限の家具を置いてあるだけ。
マスターは机の前の椅子に腰かけて、ドアの方に向き直っていた。いつもはひとつに束ねている長めの黒髪を下ろしている。黒色の濃い瞳に僕の姿を映して、軽く首を傾げてきた。
「どうかしたのかな?」
ドアを閉じて、マスターの目の前に近付く。
「ああ、そうだ…」
「良いです、分かってますから」
マスターが言いかけた言葉をもぎ取る。祝いたいけど祝うと苦しい、そんな気持ちを僕は知っている。
「ただ、ひとつだけ、答えを下さい。今日、どうしても、僕に必要なあなたの言葉はひとつだけです」
「何かな?」
ざらつく黒い重荷。砕けたそれはまだ消えない。だから。
「…まだ、名前を、…呼んでくれますか?」
吐き出した問いかけにマスターが目を見開いた。凍りついた表情で、立ち尽くす僕を見上げてくる。
「僕を、…呼んでくれますか?」
切実な祈りと共に繰り返す。
名前を呼ぶ。それは、その存在が在ることを許すということ。他の何でもない「カイト」という存在を認めてくれているということ。自分の中にその名前が刻まれていると伝えること。
あの夢みたいに、マスターが呼んでくれなくなってしまったら、…僕は。
「あなたの声で、僕の名前を、呼んでくれますか…?」
失敗作ノ烙印ヲ押サレテ見向キモサレナカッタコトモアル僕ヲ、コレカラモ、ソバニ置イテクレマスカ。
それ以上の言葉もなく、ただじっと見つめるしか出来ない僕の目線の先で、マスターの表情がゆっくりとあたたかくなる。
「当たり前じゃないか、カイト」
やっと発された優しく穏やかな声が、黒い重荷を白く染める。今朝見た夢が薄れていく。
「すまないね、カイト。…気を回してやれなくて。嬉しいんだよ、お前と会えたことは」
「はい。…すみません、疑っているわけではないんですが」
「心配になるのかな?」
ちょっとだけ躊躇ってから、こくん、と頷く。マスターが小さく頷き返してくれた。
「ああ、なら、…ちょうど良かった」
「え?」
マスターは軽く手を上げて僕を制してから、机の引き出しに手をかける。二段目の引き出しから何か取り出して僕の方へと差し出した。
「カイト、手を出して」
「あ、はい」
促されるままに両手を出すと、ぽん、と手の上にその何かが乗せられた。水色の楕円形の小さな箱だ。蝶番と留め金、それに蓋と本体の合わせ目には銀の金具が使われている、僕の片手に収まるほどのそれ。
「これは…」
「カイト、お前に。そういうものがあった方が、お前には伝わりやすいと思ってね。開けてご覧」
「はい」
手のひらで落ちないように包んでから、留め金を外して、蓋を開ける。深い赤の布張りがされている箱の中は、半分ほど何かがつめられて布で覆われており、その部分からネジと金属の棒が伸びている。
解放されて、ぴん、ぴんっと金属の弾かれる音が響く。ああ、これ、オルゴールだ。ネジがゆるいのか音がゆっくり過ぎて曲が聞き取れない。
「何の曲なんですか?」
訊いてみると、マスターはネジを巻くような仕草をしてみせた。聴いてみろ、ということらしい。
ゆっくりと、巻き過ぎないように、ネジを巻く。手を離すとはっきりとしたメロディが流れ始めた。音の連なりが曲となって、何の曲かを把握出来た時点で、僕の耳はその音から離れなくなる。
だって、この音は。
「マイナーな曲、なのだけれどね」
苦笑交じりのマスターの声が聞こえた。マイナーだ。マイナーにも程がある。だって。
「これ、紫苑さんの作った曲じゃないですか…っ!」
「…え?」
初めて声に乗せたマスターの名前は、とても優しい調べだった。
オルゴールが奏で続けるのは、僕らのマスターである紫苑さんが、僕の為に作ってくれた初めての曲。
「カイト、今、お前…」
呆然と訊いてくるマスター、ううん、紫苑さんに、真っ直ぐ目線を合わせる。
「すみません。僕も、あなたを、呼んでみたくて」
迷惑でしたか、と付け加えると、いや、と否定の言葉が返って来る。安堵すると同時に言葉が流れ出した。
「マスターと呼ばれる人はたくさんたくさんいますけど。僕のマスターは、今目の前にいる、西原紫苑さん、あなただけです。それを伝えたくなったんです」
「カイト」
「紫苑さんのところにいるから、僕は、こんなにも幸せです。素敵な弟妹たちに会えました。メイコさんを思い続けることも出来ています。紫苑さんが居てくれるから、僕らは、僕は、幸せです」
紫苑さんはメイコさんの為の曲を作ることが多い。弟妹たちにも僕にも曲を作っているけれど、僕はカバーやコーラスをすることが多くて、僕の為だけの曲、というのは数が少ないのだ。歌えることが幸せで、だから正直、数のことなど気にもしてないのだけれど。
やっぱり、僕の為の曲、というのは、特別だ。
紫苑さんに近付いて、机の上にオルゴールを置く。紫苑さんの両手を取って目線をあわせて。
「だから、…一ヵ月後の紫苑さんの誕生日を、祝わせてください」
流れ着いた僕の言葉に紫苑さんが目を伏せた。
三月十四日は、僕らのマスター、西原紫苑さんの誕生日。
…紫苑さんにとっては、単純に喜べない日だということは知っている。生まれてしばらくの間、否定の言葉しか知らなかった僕が、誕生日が来る度に不安ばかりを思い起こしてしまうように。
紫苑さんは今でも、ご両親が事故に巻き込まれて亡くなったのが、自分の誕生日を祝う為に無理をしたからだと思っている。
「まだ僕は僕が捨てられる恐怖から抜けられません。きっといつか不要になる。あなたは僕を呼ばなくなる。…夢に見るほどに、それは、僕に根付いています」
「見た、のか」
紫苑さんの呟きに頷いてから、先を続ける。
「きっと紫苑さんも夢に見たのでしょう? …ご両親が亡くなったことで、紫苑さんを責め立てる声を」
「…『お前の誕生日の為に、あのふたりはスケジュールをつめたんだ。お前の誕生日の為に、あのふたりはあの列車に乗ったんだ。お前の誕生日の為に、…あの、ふたりは…』」
「紫苑さんっ」
虚ろな声で響く言葉が痛くて止める為に名前を呼ぶ。それは、きっと、ずっと紫苑さんの心をさいなんでいた言葉。誕生日を呪われれば、それはつまり、生まれてきたことを呪われるようなもの。それを言わせたかったわけじゃないのに!
それでも、紫苑さんは、ぼうっとした瞳で言葉を締めくくる。
「『事故に巻き込まれて命を落としたんだ』」
「紫苑さん!」
こらえきれずに紫苑さんをコートで包むように抱き締める。ほ、と紫苑さんが息をつく音が聞こえた。
「確かに、今でも響いているよ。まあ、でもね、大丈夫だよ」
「何が大丈夫ですか!」
「痛くないわけではないけれどもね。たまにとはいえ、お前たちが吐き出させてくれるから、助かっているよ」
とんとん、と腕を優しく叩かれる。
「とりあえず、男に抱き締められて喜ぶ趣味は、生憎とないから。離れてくれるかな?」
安堵の息をついたくせに。なんて突っ込むときっとはぐらかされるだろうから、あえてそのまま、抱き締める力を強める。
「カイト?」
「もう決めました。祝いますからね。紫苑さんが嫌だって言っても盛大に祝いますからね」
「いや、別に…」
「僕自身が祝われて嬉しいって思うんですから。あなたが生まれて来てくれてどれだけ嬉しいと思っているか思い知らせてあげます」
だから、どうか、…僕ヲ捨テナイデ。
根幹にあった思いが膨れ上がる。口をついて出ようとするのは何とか抑え込んだ。…自分の腕が震えてるのが分かる。怖い、怖い、怖い。
こんなにも自分のことしか考えていない自分が、情けなくて、悔しい。
「カイト」
なだめるような声に、少しだけ恐怖が緩んだ。それと同時に腕の力も緩む。
「怖いことは怖がって良い。不安になることを恐れなくても良い。その時には誰かにすがっても、助けを求めても、構わないよ」
紫苑さんの声は、本当に、優しい。
「マイナスとプラスは表裏一体なのだから。カイト自身が、自分を不安定とか臆病とか自己中とか思っていても、カイトがカイトで居てくれることが、わたしの喜びだよ」
「で、もっ」
本当に僕は何処までもダメな存在なのに。そう言いかけた僕を見越したかのように、マスターが告げてくる。
「カイト、お前はわたしの鏡だ」
「…か、がみ?」
思わず、腕を緩めて、紫苑さんの顔を覗き込む。見た目は当たり前だけど全然違う。
意味を取りかねてまじまじと紫苑さんの顔を見ていると、紫苑さんが歌うように語る。
「良いところも、悪いところも、ありのままに映されている気分になる。だからね、お前を捨てたいくらい不要だと思うことは、わたし自身を捨て去りたいと思うことだ。もうわたしはわたしを捨てたりしない、そう決めている。だからカイト、お前をわたしから捨てることはありえない」
「…しおん、さん」
「まあ、でも、この言葉を聞いていても、わたしと同じお前は、きっとまた不安になるだろうから。だから、カイトの為の曲で、オルゴールを作ってみた。…意味が分かるね?」
じっと見上げてくる紫苑さんに、僕は、ひとつ、頷いた。
僕と紫苑さん。どちらが欠けても生まれなかった音。その音をカタチにして残すことで、いつでも、今の喜びを思い出せるように。
「…お手間掛けます」
「まったく、カイト、お前は強気なのやら弱気なのやら分からないね」
くすくすと紫苑さんが笑う。ああ、復調してくれたみたいだ。なんだかほっとする。
「まあでも、…分かってくれているようだから、あえて言わないけれど」
「ええ、分かってます」
皆の前で祝うと、表面上の言葉にしかなりそうにないから、出て来れなかったこと。
そして、紫苑さんも、「誕生日おめでとう」と思ってくれていること。
「ちゃんと伝わってます」
「…それは良かった。すまないね、カイト」
「いいえ」
多分、近すぎるから、言い辛いんだろう。何となく分かる気がする。
そっと腕をほどいた。何度も何度も呼ばれた自分の名前が嬉しい。
「不安はありますけど、…僕も、大丈夫、です。充分すぎるほどのものをもらってるって、思い出しましたから」
僕を思ってくれるミクちゃん、リンちゃん、レンくん、ルカちゃん。彼らの性格も紫苑さんの元だからそうなってくれた。
僕を分かろうとしてくれる、支えようとしてくれる、大切な愛しいメイコさん。彼女の存在も紫苑さんなくしてはありえない。
そして、…僕の為に紫苑さんが紡いでくれた最初の音を、奏でてくれるオルゴール。
お祝いの言葉なんてなくても、これ以上のプレゼントがあるだろうか。
「明日にでも一緒に、ケーキ食べましょう。ミクちゃんが、ルカちゃんとリンちゃんとレンくん巻き込んで、アイスから全部手作りのアイスケーキ作ってくれてるんです」
「ああ、レンから聞いたよ。カイトのことだから全部食べたかと思っていたけれど」
「まさか。半分残してあります。それに、ベリーのアイス、お好きでしょう?」
紫苑さんとだって一緒に食べたいから、残しておいたのだ。ベリー系の好きな甘党の紫苑さんの顔が緩んだ。
「気遣いありがとう、カイト」
「それはこっちの台詞ですよ、紫苑さん」
ささやかな気遣いかもしれない。でも、いつもよりこまめに名前を呼んでくれているのが分かる。
「今日は良い夢を見られそうです」
「それは何よりだ」
消えない不安。祝われた幸せ。ふたつに挟まれて軋むことがあるけれど、…それでも、嬉しいから。
今の僕を形作ってくれた紫苑さんの誕生日も、精一杯祝ってあげよう。
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