両頬の痛みは依然引かず、席から追いやられた俺は、元の隅っこに収まっていた。
「いててて。ったく、何が『鈍感』だっつーの。意味がわからん」
誰に言うでもなく、独り呟く。すると聞いていたのかいないのか、一人分間を開けて座っていたリンちゃんがこちらにするりと寄ってきた。
「どうしたの、リンちゃん」
するとニヤニヤしながら、
「ニャハハハハ、カイト先輩、思いっきりぶたれちゃったねー! ダイジョブカナ? ニシシシ」
晴れ上がった頬を両手で思いっきりつねってくる。
「いへへへへ、ひょっほ、いはいっへ!」
痛みが再び襲ってくる。それを全力で堪え、首を振って抵抗を試みる。
「ニャハハ、かーいいね、カイト先輩はっ♪」
必死の抵抗でやっと手を離してくれたリンちゃんは、可愛い八重歯を覗かせながら、顔をずいっ、と近づけてくる。
「あんねーカイト先輩。あーしね、ちょっと飲み過ぎちゃってね、眠いん」
「え、リンちゃんこそ大丈夫!? そうだ、お水貰ってこようか?」
確かに心なしか目もとろんとしている。
「ううん、大丈夫だよ。でもね、よいしょ……こーしてていーぃ?」
横になり、小さな頭を俺の膝元にのせてくる。普段は『レンと性別を間違えてしまったのでは?』と思ってしまうほどに活動的なリンちゃんだが、それからは想像出来ないような可愛らしい表情を浮かべていて――ついほだされてしまう。
「仕方ないなぁ……よしよし」
艶やかな金髪を撫でてあげる。うん、本当にこれ、いろんな意味で仕方ないと思うんだ。
「んにゃー、カイト先輩の手、おっきぃね~」
目を細め、猫なで声を上げるリンちゃん。実際にはいないけどさ、妹がいたとしたらこんな感じなのかなぁ、なんて漠然と考えてしまう。
「でもね、リンちゃん。あんまり飲み過ぎは良くないよ? 研究室の飲み会だったら俺が居るから大丈夫だけどね、他所だったらほら、リンちゃん可愛いんだから。危ないからさ。わかった?」
リンちゃんくらい『悠々自適』という言葉が似合い、ナチュラルに『可愛い』と他人に思わせてしまうような子は稀だろう。そんなリンちゃんだからこそ、男は引く手あまたであり、如何様な男が近寄ってくるかわからない。それこそ酒の席でなんて、男っつーもんはそういうことしか考えていない訳で。
今度はぷっくりと頬をふくらませて、
「んにゃあ、怒られた……。でもね、カイト先輩。あーしね、研究室の飲み会でしか酔っ払わないから大丈夫なんだよー?だってね、研究室だったらカイト先輩がいるから安心しちゃうんだもん。だからね、あーしがこの飲み会で飲み過ぎちゃうのはね、カイト先輩のせいなんだよー?」
「ははは、それは買いかぶり過ぎだよ。それはそれで嬉しいけどさ。ありがとね、リンちゃん」
「ニャハッ♪ 今度は感謝された!」
すると今度は、瞳をキラキラさせる。屈託のない、素敵な笑顔だ。こんな風にころころと表情を変えるリンちゃんは、見ていて全く飽きない。それどころか、こちらも楽しくさせてしまうその性質は天性のものだろう。うん、もっかい撫でちゃう。
「よしよし」
「ふにっ――」
そんなやりとりでほっこりしていると、不意に騒ぎが起きた。
「リンがいない! リンこら! 出てこい!!」
ミクちゃんと何らかの談義に集中していたメイコだが、思い出したかのようにリンちゃんを捜し出したのだ。寝そべったリンちゃんはメイコの位置から丁度死角になっており目につかないのだろう。こちらに背を向けているミクちゃんも同様のようだ。
「やばっ、寝るっ! ……すぴぃ――」
「え、何!?」
「…………すー…………すー…………」
メイコの声を聞くや否や、リンちゃんはボソッと何かを言って、物言わなくなってしまった。
「こらナス! あんたリンをどこにやったの!? さっさと出さないと……殺すわよ?」
「ひいいいいいい!! そんな~、僕知らないよ~……!」
端(はな)から怪しまれている先生。メイコさん、あなた理不尽過ぎ。まぁ先生のことだから放っといてもいいんだけどさ、それはそれで面倒くさくなるので仕方なく、俺が答える。
「あのー、メイコさん? リンちゃんならここに……」
メイコはこちらが見えるように中腰で立ち上がると、
「ちょっとアンタ、な、何してんのよ!?」
批難された。うん……仕方ないヨネ! じゃなくて、ただ言われるがままって言うのも気にくわないし、言い訳してみる。
「なんか飲み過ぎちゃったみたいだから横になるってさ。そしたらなんか、寝ちゃった」
「はぁ? あんたねぇ……くそ、リンめ……」
あきらめたような、怒ったような。どちらとも取れぬ口調で吐き捨てる。ふとミクちゃんの方に視線を移すと、上半身だけ振り返ったミクちゃんは思いっきりリンちゃんを睨み付けていた。それからメイコと入れ替わりで腰を上げると、こちらに寄ってきた。なんだか異様なプレッシャーを放っている……。
「……リン。あんたねぇ、起きてることくらいわかってるんだからね」
感情のない瞳でリンちゃんを見つめ――頬をつねり上げる。
「――ぃたたたた、ミク姉痛いって……!」
傍から見ていても、かなりの強さでつねったのがわかる。絶対全力だ。それゆえ、リンちゃんも声を上げて目を開いた。
「もう、痛いなぁ。何?」
起き上がり、訊ねる。挑発するよう感じられるのは気のせいだろうか。
「何? ってあんた。わかってるでしょ?」
「さあ、何のこと?」
ニヤリとしたリンちゃんに、それこそ愛想を尽かしたかの様にため息をつくミクちゃん。
「いいわ。でもね、帰り道覚悟しなさいよ?」
「はぁ~い♪」
相変わらず緩い顔で答える。
一見すると喧嘩のようだが、実はそうじゃないからまあいいか。鏡音姉弟とミクちゃんの家は近所で、小さい頃から知っているらしい。結局の所、ミクちゃんとメイコの喧嘩とは違い、普通の、よくある姉妹ゲンカの様なものなのだろう。うん、俺の出る幕は無いな。
相変わらずニヤニヤしているリンちゃんと、もう既にそっぽを向いてしまっているミクちゃん、そして呆れているメイコを眺めていると、ふと敵意ありげな視線に気付いた。
「ぐぬぬぬぬ、カイトくんめ……僕の、僕の可愛娘ちゃん達を上手く手なずけて……くそぅ、ミクちゃん……ミクちゃん……」
「ジトーーーーーーーーーーーーーーーーーーー」
男子チーム――先生とレンがこちらの方を向いて、何やらボソボソと呟いている。先生は俺を、レンはどうやら俺の隣にいるリンちゃんを……?
「どうしたんですか? 先生、それにレンも」
正直二人の存在を完全に忘れていたのだが……とりあえず、よく分からないので首を傾げてみる。すると二人はそれぞれ、
「カイトくん、キミにはもう単位あげないんだからっ! ぷぃっ!!」
「ななななな、何でもないですよっっっ!」
そっぽ向いてしまう。うむ、わけわからん。てか何で単位の話が出てくるんだよ!? くれよ!!
<つづく>
私立防歌炉大学 海洋学部 海洋生物学科 神威研究室① <いつも通りのある日の飲み会> Part.4
リンが無双します。それはもう、派手に。
やっぱリンはこうでないと!と勝手に妄想www
というわけで、シリーズ第一弾も佳境に差し掛かってまいりました。
あとPartが2つ分かな、おそらく。
いかんせん文章ぶった切ってアップしてるから、なんか微妙な感じに・・・
と、ともかく!
未熟な筆者の拙作におつきあいいただきありがとうございます。
よろしければ次回も!
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