王子の守護者

「来たか……」
 反乱軍の先鋒が到達するまで間も無く。見張りからの報告を受け、アルは武器を握る手に力を込める。斧と槍が複合された長柄武器が僅かに揺れ動き、石突きが地面を撫でた。
「いよいよ、か」
 両手に剣を携えたトニオが重く答える。近衛兵隊も含めた残存兵は庭園に集結し、息が詰まるような緊迫感が全兵を包んでいた。
 もはや勝ち目などありはしない。ここで敵を食い止めた所で焼け石に水。圧倒的な兵力差で押し切られ、王宮は革命軍に落とされる。
 負け戦は確実。それを理解した者の行動は二つに分かれた。一つは逃亡。大半の人間は戦火に巻き込まれるのを恐れて王宮から逃げ出し、革命軍に投降した者も少なくない。形勢を考えれば妥当で懸命な判断だろう。
 もう一つは王宮に、レン王子の下に留まる事。民衆に非難され、国民の敵として立ちはだかる結果になろうとも、最後までレン王子を見捨てない道を選択した。
 誰かに命令されたのでも強制されたのでもない、自らの意思で残る事を決めたのだ。
「お前ら、覚悟はいいな!?」
 雄々しい叫びを発したのはアル。来たる戦いを間近にして士気を上げようと、近衛兵副隊長は王宮兵を鼓舞する。トニオの静かな口調がそれに続いた。
「総員、身命を賭して戦え。我々は殿下の盾であり剣だ」
 近衛兵隊長の静かな言葉が兵達の闘志を滾らせる。全兵に気迫が漲ったのを捉え、アルは斧槍を突き上げた。
「目の前の敵を倒すだけを考えろ! 生き残る事は考えるな!」
 トニオが右手の剣を振りかざし、先程と打って変わった雄叫びを上げる。
「卑怯者に情けは無用! 我らの忠義を見せてやれ!」
 二人の咆哮は空気を震わせて庭園に響き渡り、近衛兵隊や一般兵が鬨の声で応じる。数では劣っても、革命軍を相手に引けを取らない自負はあった。王宮兵として鍛錬を重ねた経験とレン王子を守る矜持にかけて、烏合の衆に易々と庭園を突破させてやる訳にはいかなかった。
 張り上げた声の余韻が消えた直後、遂に革命軍が正門から姿を現わした。緑髪の兵団が無遠慮になだれ込み、招いてもいない客は尊大な態度で厚かましくも告げる。
「王宮を守る兵達よ、武器を捨てて投降するがいい! 悪ノ王子に与して命を落とすな! 道を空けよ!」
 王宮兵は無言で武器を向けて返答する。国民から略奪を働き、騙し打ちを行う連中に耳を貸す気は無かった。
「気に入らねぇ」
 大剣を構えた近衛兵が不満を露わに呟く。敵の言葉に従ってレン王子の命を差し出し、のうのうと生きる人生なんてまっぴらだった。命が惜しければとっくに逃げている。尤も、どこかの緑髪兵団のお陰で逃げ損ね、戦いに巻き込まれたかもしれないが。
 王宮兵が臨戦態勢に入ったのを見て取り、緑髪の兵でも上物の鎧を着た男が即座に片手を振り上げる。
「突撃! 奴らを蹴散らして王宮へ進むぞ!」
 命令を下された緑髪兵団は一斉に武器構えて動き出す。勝利を疑わない、異様さが混ざった歓声で迫る緑髪の兵士へ、様々な髪色の王宮兵が躍り掛かった。たちまち戦場と化した庭園に剣戟の嵐が巻き起こり、乱戦の中で悲鳴や怒号が響く。
 文字通り桁外れの数の違い。敵う訳がない兵力差。覆すのは不可能な優劣。敗北しか用意されていない状況でも、王宮兵は倒れた仲間や敵の屍を踏み越えて武器を振るい、倒しては現れる革命軍の兵をひたすら薙ぎ払う。
 不利な条件が並んでいても、王宮兵の命を捨てた猛攻は革命軍を確かに停滞させていた。

「どうして……王宮にまともな兵力は残っていないでしょう!?」
 残存兵の激しい抵抗によって庭園を突破できず、王宮への突入は為されていない。芳しくない報告を聞かされ、緑髪兵団の後方で控えていたミクは伝令の兵へ詰め寄る。怒鳴り声を受けた兵は無言で項垂れ、王女の傍らに立つ兵は冷静に見解を述べた。
「窮鼠猫を噛むと申します。決死の覚悟で戦う王宮兵は侮れません。ここは一度引いて態勢を立て直し、メイコ殿が率いる軍と合流するべきでは」
一旦退いても何ら問題は無いと進言した兵に対し、ミクは美貌を損なう顰め面で声を荒げる。
「馬鹿な事を。時間を置けば悪ノ王子を逃してしまうわ! 死ぬ気で戦って王宮へ突入しなさい!」
 一刻も早く王子を捕えろ。何の為に奇襲を仕掛けたと思っている。味方の命を顧みない叫びが周囲の兵達の耳に突き刺さる。王女に公然と逆らう者はいなかったが、皆似たような心情を抱えて目線を彷徨わせた。
 このまま突撃を続ければ損害が大きくなるというのに、お姫様はまるで戦況を理解していない。兵を取り換えのきく駒としか見ていないのか。
 ミクの隣に立つ兵が口を開きかけた時、教会の鐘が高らかに鳴り響いた。澄んだ音色は一瞬で王都に広がり、一向に止まない戦闘音に被さって木霊する。鐘が告げたのは正午。すなわち王宮に進入すら出来ないまま、革命軍が通告した時刻を迎えたのだ。王女の独断で不意打ちを行ったにも関わらず。
 鐘の音が消えたのを合図に緑兵団の一角で騒ぎが生じた。ざわめきは瞬く間に伝播してミクの元へも届き、栗色の髪の女性が緑の人垣を縫って現れる。庭園で奮闘する近衛兵隊と同じ赤色の鎧を纏い、白のマントを身に付けた女性はしかし、現在は王宮に剣を向ける立場の人間。
「これはどういう事ですか。ミク王女」
 無断で軍を動かした緑の王女へ、メイコは毅然とした態度で説明を求めた。

 革命軍は圧政に蜂起した黄の国民と、ミク王女が連れて来た緑の国の兵で組織された混成軍だ。メイコは黄の国、つまり東側の兵の指揮兼革命軍の統率を務め、ミク王女は西側の兵を率いて反乱に参加している。
 ミク王女に指揮を任せているとはいえ、緑兵団は革命軍に所属しているという大前提がある。勝手な行動を取られては協力も何もあったものではない。作戦の統一が取れないのは団体戦において致命的だ。
「王宮陥落戦は正午に開始すると貴女方にも伝えたはずです。何故通告の時刻を待たずに戦いを始めているのですか」
 敵へ虚報を流す事と、一般市民にも認知された通告を無視する事は全く違う。前者はまだ戦術の一つとして扱われても、後者は卑劣な裏切り行為と捉えられてもおかしくない。手筈に無い攻撃に東側の兵は困惑し、王都市民は混乱に陥り、結果状況の把握や市民への対応に時間と人員を割く事になってしまった。
「悪ノ王子がいつ逃げてしまうか分からないでしょう。王宮が油断している正午前に進撃したまでです」
 褒められて然るべきだと言外に匂わせ、ミクは悪びれる様子もなく言い放った。詰問は徒労に終わると悟り、メイコは早々に思考を切り替える。仲間割れをしている場合ではない。
「戦況は?」
 期限の時刻を迎えた以上、革命軍も進軍しなくては。メイコの凛とした声がミクと緑の兵を引き締めさせ、現場の指揮権が赤い鎧の剣士へ移る。
 緑兵団の損害と未だに庭園で足踏みしていた理由を知らされ、メイコは驚嘆に目を見開く。激しい抵抗は予測していた事だったが、まさか一人の兵すら通さない程守りが固いとは。
 いや違う。攻撃は最大の防御と言うが、王宮兵はそれを体現しているのだ。己の命を守る事を捨てて攻撃に全ての力を注ぎ、決死で革命軍を食い止めて先へ進ませない。手をこまねいていれば被害は大きくなる。流れを変えなくてはならなかった。
「私の軍も庭園に突入します。もう少しの辛抱を」
 合流すれば数の利を生かして突貫出来る。ミク達に援軍を約束すると、メイコは東側の軍へと戻って行った。

 正門を抜けた先は、黄の国の王族一家が愛した庭園。かつてメイコが王女と王子に救われた場所で王宮兵と革命軍が死闘を繰り広げ、あちこちに両軍の兵が血を流して倒れている。王宮兵の戦死者も少なくないが、緑髪の兵は同じかそれ以上に多く見えた。
 メイコは倒れた同志を横目に庭園を突き進む。緑兵団と合流した革命軍は一気に膨れ上がり、王宮への道を少しずつこじ開けていった。敵陣の隙間を瞬時に見抜き、メイコは周囲の兵へ叫ぶ。
「突貫するぞ! 私に続け!」
 先陣を切るメイコを援護すべく、革命軍の兵士が後を追う。号令を聞き付けたミクも自身の軍を突撃させて道を切り開く。眼前の王宮兵達を倒した先、激しい戦闘が行われている一角と赤い集団を目に入れて足を止め、メイコは王宮前へ意識を向ける。
 黄の国の軍服を着た一般兵と共に戦っているのは、赤い鎧を身に付けた兵士達。彼らは他の一般兵と明らかに異なっていた。
 赤色の鎧は共通だが、一人一人の武器が全く違う。細剣を扱う者がいれば、大剣を振り回す者もいる。槍で敵を貫く者がいれば、曲剣で敵を切り裂く者もいる。一定の武器を装備した王宮兵と並ぶと異質さが際立つ。
「近衛兵隊……」
 メイコが隊長を務めていた頃と比べると随分人数が少なく、非常に小規模になっているが、兵達の実力は遜色がない。王子直属の部隊は六年の間で様変わりしたようだ。
「どうやら全ての戦力をここに集めたようですね」
 隣に立つミクが宝剣を握り締める。彼女の言葉を裏付けるかのように革命軍の兵士が次々と薙ぎ倒されていく。そこに立つのは隊長格らしき二人の兵士。全身に返り血を浴び、赤い鎧を更に輝かせていた。
 黒髪の男性は二本の剣で巧みに攻撃を捌き、両腕を振り抜いて左右の緑髪兵を斬り伏せる。褐色の髪をした男性は巨躯を生かし、長大な斧槍を豪快に振り回して革命軍の兵士を数人まとめて吹き飛ばす。近衛兵隊でも圧倒的な力を持っていた。
 鮮血を上げて地に伏せる者、鎧や兜ごと骨を砕かれて地面に叩き付けられる者。二人の周りで革命軍の兵が倒れていく。しかし王宮兵の数も着実に減りつつあった。
 メイコは剣を振り上げて再び叫ぶ。
「行くぞ! 王宮まで残り僅かだ!」
 防御が薄くなった箇所を狙って革命軍が突進する。数で劣る王宮兵の陣が一部崩れ、緑兵団が追い打ちをかける。とうとう王宮への道が開け、ミクが歓喜の声で呼びかけた。
「行きましょう、メイコさん!」
 この機を逃す訳にはいかない。メイコとミクが駆け出し、革命軍の兵が追随する。
「させるものか!」
 二刀流の近衛兵が制止に入り、メイコは走りながら剣を構える。だが刃を交える事は無かった。先行していた革命軍兵士が近衛兵に飛び掛かったのだ。
「早く! 今の内に!」
 命懸けで稼いだ時間は数秒。だがその隙にメイコとミクは庭園を突破する。
 後戻りは許されない。振り向くのは戦いが終わってから。今はただ前へ。レン王子の許へ。
 追いかけて来る王宮兵に手勢の兵を減らされながらも、メイコはミク王女と共に王宮に突入した。

「今のって緑の王女様だろ!? 何でここに来てるんだ!?」
 細剣を持つ近衛兵が狼狽して叫ぶ。何故隣国の王女が黄の国の革命軍に参加しているのか。疑問を発した隙を突いて革命軍の兵が襲いかかるが、近衛兵は迫る剣に気付かない。
「知るかよそんなこたぁ!」
 割り込んだ斧槍がその剣を弾き飛ばす。刃がぶつかる音で向き直った近衛兵の目に、首を突き刺された革命軍兵士の姿が映った。斧槍が引き抜かれる。
「副隊長!」
「余所見をするな! 敵を見ろ!」
 油断していた兵に叱責を飛ばすと同時に、アルは手近な革命軍兵士へ斧槍を振るう。遠心力が付いた斧槍が複数の敵兵を巻き込んで宙に舞わせた。
 近衛兵隊の役目は一人でも多くの敵を減らし、これ以上侵入者を増やさない事。追撃は咄嗟にこの場を離れた王宮兵に任せておけば良い。侵入した敵は確実に数人脱落する。ならばレン王子と『彼女』だけでも切り抜けられるはずだ。
 王宮兵の士気は依然として高いまま、庭園での戦いは続いていた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

蒲公英が紡ぐ物語 第48話

 王宮兵対革命軍。名も無き兵士もガッツを見せます。

ハク「今回色んな種類の武器出てるね。全部の解説やるの?」
グミ「やらない。数多いし、文字数も足りないし。今回は近衛兵隊の副隊長、アルさんの武器について語ろうかと」

ハク「斧槍って書いてあるけど、結局これは斧と槍どっちなの?」
グミ「読んで字の如く、槍と斧が合体した長柄武器。ゲームやファンタジーだとハルバードもしくはハルベルトって名称で良く出てる」
ハク「その名前なら見た事ある。兵士や騎士キャラが持ってる武器ね」
グミ「そう。槍の穂先に斧が取り付けられているから、突くだけじゃなくて斬る事も出来る。斧の反対側に突起や鉤爪があって、それで馬上の兵を引きずり落としたりも可能。重量があるから柄の部分でぶん殴っても威力が出る」
ハク「凄い万能武器」
グミ「だけども欠点と言うか、それだけ機能が多ければ使いこなすのも難しい訳で。さっきも言った通り重量もあるから、訓練を積んだ人間じゃないと扱えない」
ハク「まあ、使いこなすのが難しかったら使う人も少ないよね」
グミ「ちなみに中世ドイツの傭兵が好んで使っていたらしい。見栄えがするから近代でもパレードとかの儀礼で使われてたとか。ついでに長柄武器を総称してポールアーム、あるいはポールウェポンと呼びます。明日使えない豆知識」
ハク「ちょっと気になったけど、本文では突起や鉤爪の描写が無いよね?」
グミ「作者曰く『そこまで描写しきれん』アルさんの斧槍にはそれらが無い代わりに、両側に刃が付いてるのかもしれないし。割とイメージ優先で書いてる所がある」

閲覧数:483

投稿日:2013/06/02 18:43:41

文字数:4,793文字

カテゴリ:小説

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