この物語は、一人の少年と手違い(?)で届いたVOCALOIDの物語である。
*
クオはとあるマンションの階段を黙々と上がる。
エレベーターの方が早いに決まっているが、エレベーターを待てるほど
クオの心は安定してはいなかった。
ただ、心にあったのはカイトのことだけだった。
カイトが言う事はもっともだった。
自分のマスターを、歌を歌うことを楽しみにしていたカイトに、
マスターと呼ぶなと命令し、歌をうたわせないという行動を取ったのは紛れもない自分。
しかし、歌のほうは今朝来たばかりのカイトには早い。
もうすこしゆっくり時間をかけて作詞してもいいのではないか。
そう思っていた。だが。
初音ミクがほしかったと喚いたのは失敗だったかな、とクオは唇を噛んだ。
勿論、今でもカイトより初音ミクのほうが欲しかったと思っている。
けれど、本当はどっちだってかまわなかったのかもしれない。
初音ミクが来ると思っていたのにカイトが来て、混乱していただけだったのかもしれない。
だが、メイコはカイトのことを好く思わなかったのか、
自分が作詞したことがないことをカイトに告げてしまった。
それがよほどショックで、それで自分の存在理由がなくなってしまったと思ったのか、
カイトは家を飛び出した。
作詞したことがないからって何だよ。
クオは階段で小さくそうつぶやいた。
作詞を一回もしたことのない人間に、歌は創れない?
そんなに急くことなんて、ないだろうに。
やがて、クオは目的の階の、目的の扉の前にやってきた。
ゆっくり息を吸って吐いた。そして、ドアノブに手をかける。
そのときだった。
「…これは…歌?」
扉の向こう側から、微かに歌声が聞こえてくる。
片方は、子供のような、元気で高い声。
そして、もうひとつは落ち着いて、それでも、きれいな声。
クオはその歌声を穢さない様にするかのように、静かに扉を開けた。
扉は鍵がかけられていない。すっと開く。
そして、玄関で歌声に耳を傾けながら静かに靴を脱いで、廊下を歩く。
ガラスのはられた、廊下の扉から居間の様子をそっと見る。
歌声は、まだ続いている。
「あれは…」
一人は、見覚えのある人間。
歌っている少年と、その横にいる瓜二つの少女はおそらくVOCALOIDだろう。
そして、その歌を歌う少年の横で楽しそうに旋律を唄っているのは、
さっきまで思っていた青年そのものだった。
*
「ストップ、レン、カイト」
人間―――イクトが苦笑しながら唄を止めた。
そしてそれに応じてレンとカイトも唄を歌うのを止めた。
「どうかしたのか?」
「…俺、何か間違えましたか?」
カイトが慌てる。が、イクトはそれを否定した。
「いや、カイトは間違ってないよ。てか、いい感じだった」
「本当ですか!」
カイトの顔が明るくなる。それに対して拗ねるレンに、
「レンもいい感じだったよ」
とフォローを入れるのを忘れない。
「さて、そろそろ見るのを止めて入ってきてもいいんじゃないか?」
イクトが廊下の扉のほうを見て、そう声をかけた。
其処に人がいたことにまったく気がつかなかったのか、
リンとレン、カイトは驚く。
クオはそろそろと扉を開けた。
「誰?」
「さぁ?」
リンとレンは顔にハテナを浮かべる。が、
カイトの表情はクオをみて僅かに険しくなった。
「リン、レン。コイツはクオ。カイトのマスター。」
「違います」
先ほどとはうって変わった低い声で、カイトは返答した。
その視線はクオをみているが、どこか冷ややかだった。
「カイト」
「…何ですか」
「ごめん」
するりとその言葉は出た。
ずっと言わなくてはいけないと思っていた言葉が簡単に口から出て、
驚くと共に安堵した。
「…俺は作詞した事もないし、歌だって創った事ない。それでも、
作詞して、唄をつくって、お前に歌わせようとは考えている」
「…嘘でしょう?」
「嘘じゃない」
クオはカイトの瞳を見詰めた。
ここで目線をそらしてはいけない。
カイトの気持ちもわかってるし、
カイトに自分の気持ちが簡単に伝わることはないとわかっている。
それをイクト、リンとレンが黙って見守っている。
やがて、カイトが口を開いた。
「…約束です、絶対俺に歌を歌わせてください。
今回の件は俺も馬鹿でしたから――。俺、待ちます。
何日たっても、何ヶ月たっても俺は待ちますから、だから」
「……歌わせるよ」
絶対に。
それを言わなかったのはどうしてだろう。
いう必要がないと思ったから?
見計らってか、イクトが仕切る。
「まぁ、どうせクオも今きたばっかりだろ?外寒かっただろうし、温まっていけよ。」
「……カイト」
「はい?」
「すぐ帰るぞ」
クオはそう言い放つとカイトの腕を掴んで引っ張っていく。
「え?おい、ちょっとクオまてよ!」
「待つ必要はない。今すぐ家に帰るぞ。めーちゃん待たせてるんだから」
すたすたと玄関に向かってクオは歩いていく。
「まてってば!ああ、もう…カイト!リン、レン!」
「は、はい!?」
「ちょっと、クオを、引き止めてくれないか」
そう言い放つと、イクトは違う部屋へと姿を消した。
何かを取りにいったのかもしれない。
リンとレンとカイトはクオを引きとめようと
言葉やら、腕を使って必死に玄関でとどめる。
やがて数分後、イクトが戻ってくる。
「間に合った!―――ほら、クオ。これ」
イクトがクオに手渡したのは―――灰色のインカム。
「これは?」
「これは昔ちょっともらったものでな。カイトにピッタリだと思ってな。
唄、カイトに歌わせるって言ったからにはカイトにちゃんと歌わせてやれよ?」
「わかってるよ」
クオはそう言いつつ、カイトにそのインカムを手渡した。
カイトはそれを耳につけようとしたが、
外帰るときに目立つから止めろよ、というクオの言葉で、渋々
ハンカチに包んでポケットにしまった。
「ねぇねぇ、マスター」
「なに?リン」
「ひとつきいていい?…マスターと、クオさんはどういう関係なの?」
「あ、言ってなかったっけ」
イクトはクオと目を合わせようとするが、
クオは知るかと目線をそらす。
「…俺とクオは、その、兄弟なんだ」
しばしの沈黙に、イクトが何か悪いことを言ったかと硬直する。
そして、
「ええええ!?」
「マジかよ!?」
「嘘でしょう!?」
リンとレンとカイトが同時に声を上げた。
*
帰り道。
寒いが故にえらく長く感じる帰路。
クオは下を向いて黙々と歩みを進めていた。
一方のカイトはどこかうれしそうに歩いている。
帰る際に、折角だからとイクトに先ほど歌っていた歌の楽譜を貰ったのだった。
その楽譜はファイルに挟まれクオの鞄の中だ。
「なぁ、カイト」
「?…なんですか?」
「あの唄、お前が歌ってたのか?」
「…そうですけど」
「…上手いな」
「え」
カイトは思わぬ言葉が思わぬ人物が言い、驚愕し、
そして、笑った。
「そんな事ないですよ。」
「まぁ、そうだな」
「………どうして、クオさんは俺を迎えにきてくれたんですか?」
「迎えに?違う…俺はお前の持ち主なんだから取り返すのは当然だろう」
そういうと、クオはさらに歩みを早くして坂道を登る。
「あっ、ま、待ってくださいクオさん!」
カイトも慌ててその後を追う。
そして、なんとか坂道を登りきったところで待っていたクオにやっと追いつく。
「はぁ、はぁ…先言っちゃうなんてひどいですよ、クオさん」
「マスターだ」
「え?」
「マスターでいい…そっちのほうが「らしい」だろ」
「…いいんですか?」
「いいって言ってるだろ。…寒いから早く帰るぞ」
「はい!…マスター」
再び歩き出したクオの横に並んで、カイトは先程より
嬉しそうな笑顔で、クオのアパートを目指した。
続
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