~この話はぬるいですが性的描写があります。
苦手な方はご遠慮ください。~
「それで、あの少女は何者なんだ?」
そう問いかけるカイトにカムイは、ある有名な貴族の娘だ。と言った。
「貴族と、その愛人との子供だ。この屋敷で愛人である母親と一緒に暮らしていたのだが、先日、母親が死んでしまって。今はあの少女が一人で暮らしている。」
「あの子の父親は、あの子を引き取らないのか?」
「愛人である母親が、平民出身の娼婦でな。平民の血を一族の中に入れるわけには行かないらしい。」
カムイの言葉にカイトは微かに眉をしかめた。馬鹿げた選民意識。欲望だけの行為の末に生まれた子供は要らない、というのか。
黙りこんだカイトにかまわず、カムイは話を続けた。
「あの少女は、平たく言えば一族のお荷物だからな。遅かれ早かれ、あの少女は金持ちの貴族か商人の愛人にでもされるだろう。」
似ているのは顔だけじゃない。そう淡々と語るカムイの言葉に、カイトの感情が波立つ。嫌悪感と、そして怒りがカイトの中で渦巻く。
「、、、恐らく、その貴族は既に、あの少女の買い手を捜すのに動き始めている。違うか?」
そう平坦な口調でカイトが問うと、カムイはご名答。と笑った。
「金持ちの貴族。この場所に、この条件が当てはまる奴がいるとは思わないか?」
そう、カムイは言い、カイトの事をじっと見据えた。まるで全てを見透かすような紫の眼差しから目を逸らし、カイトはそのまま返事をせず、庭へと続くテラスから外へ出た。
咲き誇る花園の、茂みの奥。少女は潅木の下、枝の先で咲いている白い花を手折ろうと、手を伸ばしていた。爪先立ちになり、一生懸命背伸びをしている様は幼く、知らずカイトの頬から笑みがこぼれた。
カイトが手を伸ばし、枝を少女の手が届くところまで撓めてやると、驚いた様子で少女は振り返り、そしてにっこりと微笑んだ。
「ありがとう。」
そう言って、少女は小さな手で白い花を手折った。少女の手には既に数本の花が手折られており、小さな花束となっていた。
「その花は、どうするの?」
そうカイトが尋ねると、少女は視線を花束に落とし、お母様にあげるの。と言った。
「お母様、この庭に咲く花が好きだったから。」
そう俯いたまま呟く少女の表情は、髪に隠れて見えない。が、寂しさは伝わってくる。カイトは膝を折り、少女の視線に自分のそれを合わせた。
大きな瞳に、花びらのような唇。まだ輪郭は幼いが、やはり似ている。とカイトは思った。まだ何も知らないで、無邪気なままカイトの横にいた頃のハツネに。
「お母様が亡くなられて、淋しい?」
そう尋ねると、少女は少し困ったような笑いたいような曖昧な表情を浮かべた。
「淋しいわ。、、、でも皆には、ナイショよ。」
「何故、皆には内緒なの?」
そう問うと、少女はだって、と呟いた。
「私が淋しいと言っても、誰もずっと一緒にはいてくれないでしょう?」
だから、私が淋しいことはナイショなの。
そう言って少女はカイトを見つめてきた。猫を思わせる大きな瞳が、カイトを真っ直ぐに見つめる。胸が痛いほど鳴った。少女の持つ花からのものなのかそれとも少女からなのか、甘い匂いが思考を侵す。
自分がしようとしていることは、とカイトは思った。自分がしようとしていることは、結局のところ憎んでいた父親と同じ行為だ。金で女を買い、自らの欲望のまま意のままにする。しかも、ハツネの身代わりに、だ。愚かな事この上ない。
それでも、ハツネに似た、この少女が淋しいと言うのならば一緒にいたいと思った。
ハツネの傍にずっといられなかった代わりに、この少女の傍にいたい。少女が美しいまま、無邪気なままでいられるよう守りたいと思ってしまった。
黙りこんでしまったカイトに少女は微かに首をかしげた。さらり、と二つに結った髪が肩から流れ滑り落ちる。そのあどけない様子に愛しさが胸に溢れてきた。
答えなど、一つしかない。
手を伸ばし、カイトは少女の柔らかな頬に触れた。
「君は名を、何て言う?」
そう尋ねると、少女はミク。と答えた。
「ミク。」
そうカイトが呼ぶと、少女、ミクは嬉しそうに微笑んだ。
「私は、あなたの事を何て呼べば良い?」
そうミクは首を傾げる。そういえば、自分の名も告げていないことに気がつきカイトは微かに笑んだ。
「私はカイト、だ。」
「カイト様。」
「様は、いらない。」
そうカイトが言うとミクは頷き、カイト、と名を呼んだ。
「カイト。」
ハツネとは違う、まだ幼く甘い響きの残る声でミクが名を呼ぶ。その心地よさにカイトは手を伸ばし、ミクの小さな体を引き寄せた。
まだ小さく、華奢なその体はカイトよりも体温が高く、その肌の感触が心地よい。髪に触れると、さらさらと繊細な音を立てて指から零れ落ちた。まるで花の蜜のような甘い匂いが強く、カイトに届く。
「カイト?」
甘い声が耳朶をくすぐる。その響きを感じるように目を閉じ、カイトはミクの耳に囁いた。
「ずっと一緒にいると、誓うよ。」
茂みの中、ミクを抱きしめてカイトはそう、誓った。
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