救う者 救われた者

後は自分達に任せて欲しい。二人からそう言われて、レンは後ろ髪を引かれる思いをしながら、その意見を聞き入れる事にした。
 本音を言うなら、救助隊に加わってリンを捜したい。しかし、先程トニオが指摘した通り、もうそんな事をする体力は残されていない。行った所で周りに迷惑をかけるだけだ。
 トニオとアルは救助者を安全な所まで避難させた後、再び現場に向かう途中だったらしい。二人一組で行動している兵が他にもいて救助に当たっている。消火作業はほとんど効果が無かったそうだ。
現在ほとんどの家が焼け落ちてしまった為、これ以上燃え広がる事は無いだろう。と言うのがトニオの判断だった。
「俺、火が一番激しい時に一番凄い場所に行ったんだな。多分……」
 二人の話を聞き終え、レンは呆れと驚きが混ざった口調で言った。
 更に話を聞くと、ここはイノベータを置いていた場所にかなり近い所らしい。全く意図していなかったが、知らず知らずに貧民街の入口へと向かっていたようだ。
 レンは気を失ったままの少女を見てアルに言う。
「アル。その人は俺が連れていく」
 速度さえ出さなければ二人乗りは出来る。相手にとっては乗り心地が悪いかもしれないが、この際我慢をしてもらうしかない。
「それは構いませんが……。レン王子、どこに連れていけばいいか分かりますか?」
 若干からかうような口調でアルが尋ね、レンは質問に答えようと口を開く。
「どこって……」
 数秒の静寂。
「……あ」
 リンや火災の事で頭が一杯で、助けた人達をどこに連れていくのかを考慮していなかった事に今頃気付き、レンは間の抜けた声を出した。
 王宮で保護するにしてもかなり距離がある。何より、上層部連中が認めないだろう。夜中の今ならまだ知られずに済むかもしれないが、朝になった途端に助けた人達を叩き出す可能性が高い。
 情けない。王子だと言ってもお飾りだ。いつからこの国は馬鹿な貴族連中の物になってしまったんだ。貴族が全員そうじゃないのは分かっているが、不愉快なものは不愉快だ。
「考えてなかった……」
 まずい、どうしようと内心で慌て始めたレンに、トニオが助け船を出した。
「ふざけている場合か、アル。……殿下、ご安心を。私の知り合いが営む小さな病院がこの近くにあります。話は付けてありますので、そこへ向かって下さい」
 トニオはその病院の場所、救助者はそこにいる事、怪我人を治療している事をレンに教える。
「分かった。ありがとう」
 準備が良いなと思いつつ頷き、レンはイノベータに少女を載せるのを手伝ってくれと頼む。アルが怪訝そうな顔をしたのを見て、自分の馬がこの近くにいるはずだと説明した。
「あの中を馬で移動するのは危なそうだったから、街の手前で降りたんだ」
 降りるときは向こうにいる人にお願いするから大丈夫だと話して、イノベータがいるはずの場所まで二人を連れていく。間もなくして到着し、レンが慣れた動きで騎乗した後、アルが少女をレンの前に座るように乗せる。
 少女が落ちないように後ろから支え、レンはトニオから渡された手綱を握る。支えているのをもう一度確認して、二人に礼を言った。
「……後は頼むよ」
 一人でも多く助けて欲しい。願うように言ったレンへ、トニオとアルは敬礼で返す。
「はっ。お任せ下さい」
 あまり揺らさないように慎重に、ゆっくりとだが急いでイノベータを進ませ、レンは去って行った。

「おい。トニオ」
 現場へと移動するアルは、隣を歩く人物にやや強い口調で声をかけた。
「何だ」
 トニオは顔を向ける事もせずに返事をする。愛想の無い態度を気にしないでアルは続けた。
「お前。レン王子が救助者を保護する場所を考えていなかった事、始めから分かってたな」
 アルの問い詰めに、トニオは涼しい顔で答えた。
「さて。何の事かな」
「とぼけるな。お前はそれを見越してたから、最初に病院へ行って話しをしておいたんだろ」
 そうとしか思えないと断言するアルに、トニオは冷静に返す。
「万が一の事を考えたまでだ」
 どこまでもしらばっくれる気らしく、アルは足を動かしながら肩をすくめた。
「良い性格しているな。ディーンスさんよ」
「用意周到と言ってもらいたいな」
「どっちでも同じさ。だがまあ助かった。レン王子にこれ以上無理はさせられない」
 アルはふざけた態度を消して真顔になり、トニオは当然だ、と同意する。
「小さな主君が体を張ってあそこまでしたんだ。俺達はそれに応えないとな」
「全くだ。しっかり働いて朝を迎えようや。ついでにレン王子に聞きたい事もある」
 その為にも助けられる人を確実に助け出す。二人の兵士は同じ決意を伝え合い、現場へ戻って行った。

 鳥のさえずりが聞こえる。暗い視界の中で無意識に腕を動かして、力が抜けて垂れ下がった。揺れる手に空気がぶつかって少し冷たい。
「……んあ……?」
 薄く開いた目に光が鋭く入り込む。眩しさに顔をしかめつつ瞼を上げて、レンは目を覚ました。何かいつもと違うと寝ぼけたまま考えて、すぐに何をしていたかを思い出す。
 そうだ。病院に着いた後、忙しく動き回る医者の手伝いをしていたのだ。
 王子がそんな事をする必要は無いと言われたが、自分が出来る事をさせて欲しいと頼み込んで、包帯や薬を運んだり、水を汲んで来たりする仕事をしていた。しばらく経って一段落着き、念の為に確認を取ってから、自分が助けた少女の様子を見る為にこの部屋に来た。
 体力の衰弱と火傷があるが命に別状は無い。心配しなくても大丈夫だと医者から教えられてはいたが、それでも気になっていたレンは寝ないで付き添うと決めた。そして、椅子でそのまま寝てしまった。
「意味無い……」
 レンは呆れて呟きながら目を擦る。のそのそと立ち上がろうとして、小声でみっともない悲鳴を上げた。
「く、首が……。腰が……」
 変な姿勢で寝ていたせいなのか、体中がおかしな風に痛む。一人悶えて首と腰に手を当てた。しばらくして痛みが落ち着き、軽く首を回したり腰を捻ったりして体を動かす。体をほぐすとかなり楽になり、深呼吸をして椅子に座り直した。
 目の前のベッドには金髪の少女が寝かされている。起きる気配の無い相手をじっと見つめて、レンはぽつりと呟く。
「……やっぱり、違うな」
 夜で暗かったから顔が良く見えなかった。身長の目測を誤っていた。この人は実はリンかもしれないと微かに希望していたが、そんな都合のいい事がある訳無い。
 レンは自嘲気味に息を吐く。
 何を考えているんだ、俺は。あの時既に分かっていた事じゃないか。往生際が悪いにも程がある。
 後は救助者や生存者の中にリンがいるのを願うしかない。だけど、今の内に覚悟は決めておいた方が良いだろう。
 日差しが差し込んでいるので部屋は明るい。お陰で、レンは少女の髪や顔をはっきり見る事が出来た。
 髪はレンと同じ金髪。しかし、レンの蒲公英色より若干淡い菜の花色をしている。初めて顔を見た時の印象に間違いは無かったようで、やはり三、四歳くらい年上だと推測出来た。瞼が下ろされているので目の色は分からない。
 相手の髪を目で追って、レンは気まずそうに肩を落とした。
 起きたら謝らないとなぁ……。
 燃え移るのを防ぐ為だったとは言え、勝手に髪を切り落とすのは申し訳なかった。こっちがそんな気分になるのだから、相手もあまり良い感情は持たないだろう。
「う……」
 眠ったままの少女から微かに声が漏れる。悪い夢でも見ているのか、苦しそうに顔を歪めて唸り声を上げた。
「とう……。かあ、さ……。リ……ト……」
 今にも泣きそうな程うなされる少女に気が動転し、レンは大きな声で呼びかける。
「お、おい、大丈夫か!?」
 怖がらなくても平気だ。ここは安心して良いと話しかけ、いつの間にかベッドからはみ出していた少女の手を握る。
「ここにいる! ここに人がいるから! 独りじゃない!」
 レンの言葉が届いたのか、険しかった顔から力が抜け、少女は徐々に穏やかな表情へ変わっていく。そして、レンに手を握られたまま目を開いた。
 蒼に縁取られた黒の瞳が現れる。起きたばかりでぼんやりしている少女に、レンはとりあえず声をかけた。
「えっと……。はじめまして? おはようございます?」
 どちらにすればいいのかと迷ってしまい、結局両方で挨拶をした。何だかおかしくなってしまったが、他にかける言葉が見つからない。
 レンの挨拶には答えず、少女は無言で体を起こした。一言も発しないまま顔を左右に動かして、不意にレンの顔を見て口を開いた。
「……手」
「手? あ、ああ!」
 少女から手を持ち上げられて、握ったままだったと気が付いたレンは慌てて手を離す。そのままの勢いで言ってしまおうと、レンは少女から聞かれる前に謝罪する。
「あの……。髪、切っちゃってごめん」
 髪? と少女は一瞬だけ怪訝な表情をして、確かめるように首筋に手を当てた。
「あ、ほんとだ」
 道理で頭が軽い、首が寒いと思ったと、違和感に納得するように呟いて手を下ろす。
「火がかなり凄かったから、あのままの長さだとちょっと危なかったんだ」
「そう」
 レンの説明に、少女は怒る事も悲しむ様子も見せずに淡々と答えた。短い一言で会話が途切れてしまい、部屋は沈黙に包まれる。
「……名前、訊いても良いかな?」
 妙に重く感じる空気を変えようと、レンは思考の末にそう切り出す。答えてくれなかったらどうしようと緊張していたが、それは杞憂に終わった。
「……あたしは」
 少女が名前の頭文字を言おうとした瞬間、部屋の外から複数の足音と声が割り込んだ。
「ちょっと……! お待ちください! 休んでいる所ですので!」
「何かあったらこちらから連絡を致します! ですから――」
「黙れ! 一介の兵士如きがこの私に偉そうな口を叩くな!」
 外の様子がおかしい事を知った少女は言葉を止める。最後に聞こえた横柄な台詞が誰のものかを悟り、レンは項垂れて愚痴をこぼした。
「最悪」
 頭が痛くなったのはきっと気のせいじゃない。何でわざわざここに来るんだ。
 この先起こるだろう出来事がありありと浮かび、レンは心底わずらわしいと言った表情で溜息を吐いた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

蒲公英が紡ぐ物語 第11話

 どうも私が書くレンってボケ役と言うか、どこか抜けていると言うか……。イケレンになりきれない感じですね。

閲覧数:403

投稿日:2012/04/29 11:43:40

文字数:4,237文字

カテゴリ:小説

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  • wanita

    wanita

    ご意見・ご感想

    おひさしぶりです!
    久々に読みたくなって、ピアプロに戻ってまいりました。
    前回読んだのはリンがキヨテルさんに拾われる直前あたりまででしたが、このレンくんもいろいろ葛藤していて、いいですね。頭の中でぐるぐる考えてもがきつつも、行動していく人はとても好物なので、読んでいて楽しいです。
    葛藤しながら助けてきた女の子が無事でほっとしたのもつかの間、ドアの外の展開は……!
    いい「引き」ですね☆ 次が怖いような、楽しみなような。わくわくしつつ、読み進めていこうと思います。

    2012/06/27 21:40:36

    • matatab1

      matatab1

       お久しぶりです。いつもコメントありがとうございます。
       ピアプロを開いた状態でなんとなくブラウザバックをしたら、丁度wanita さんのメッセージが入った瞬間でした。
       こんな事ってあるんですね……。二重で驚きました。

       本編が長くなりそうなので、十一歳のレンサイドは書くかどうか迷っていたんです。でもこの先の事を考えたらやっぱりあった方がいいかなーと、割と軽い気持ちで書き始めたら引き返せなくなって、気が付いたらリンサイドより長くなったという。

       それにしても、このレンは十一歳の割に度胸据わりすぎですよね。

      2012/06/27 22:21:30

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