それから僕はずっとそこにいた。
 他に行く場所もなかったし、外に出してもらえる機会のなかった僕には、他の場所という概念自体がなかった。帰り道なども、覚えられるはずがない。あの時、去っていく母の後を必死追っていれば、と幾度か思い浮かんだが、それも無理だろうと諦めるしかなかった。
 それに、ほんの少しの希望をどうしても捨てられなかった。
 ただ単に勘違いしているだけならそれでもいい。けれど、そのほんの少しの希望を捨てる為の絶望を僕は持てなかった。
 お母さんは、僕を『鬼の子』と言った。けれど、何故かちっとも悲しくなかったのだ。
 人も寄り付かないような山に、僕は置いていかれた。事実はどうやっても曲げることが出来ない。
 夏も秋も冬も。僕はこの山の森の中で過ごした。
 僕はその中でいろんなことを学ぶことが出来た。森の奥の湖。古い木の洞窟。木々のざわめき。生きているもの。花が咲き、散って、実がなって、枝だけが取り残される。
 一陣の風ですら、生命を左右し得る力を持っている。
 僕は、よく湖のほとりで一日を過ごしていた。
 木々がポカンと開いた隙間に、陽の光を柔らかに反射して、その湖は静かに生きていた。水中には魚もいて、一緒に泳いだりもした。水の中に入ると、外の景色が揺らいで、別の世界に来た様に思えた。少し不安も感じたが、同時に安心感も覚えていた。
 僕が、ある事実に気付いたのは、四回目の春を迎えた頃だった。
 湖の氷も解けて、僕は久しぶりに水中に入った。いつもの様に、魚と戯れるように泳いだ。
 日も暮れる頃だっただろうか。僕はふと思いついた。この子達も一緒に岸に上がって、空を泳いでみてはどうかと。それは、僕にとって寄り添いたいが為の自分勝手な理由だったが、暗く寒い夜を独りで越える恐怖には勝ちきれなかった。
 そうっと、手ですくって魚を土の上に乗せた。
 魚は驚いたように、体をくねらせて精一杯はねた。口をパクパクと動かし、キラキラとした羽の様なものを撒き散らした。
 僕は、それをじっと眺めた。
 やがて、魚は動かなくなった。
 ピクリとも動かなくなった魚を、僕は湖の中に戻してみた。きっと、この子は空を飛ぶ気などなかったんだ。それで、怒ったんだと思った。震える手で、魚をついっと湖の中心へと押した。
 湖の中に魚をかえしても、動くことはなかった。プカリと力なく浮かんだままで、水中を泳ぐこともしなくなった。
 僕も一緒に湖に入って、その子の近くを泳いでみせた。水が波紋を作るたびにその魚は、ゆらりゆらりと動くだけで、自力で泳ぐことはしなかった。
 やがて、その魚は静かに沈んでいった。
 僕は、水に潜ったまま、必死に考えた。
 魚は生きていなくなってしまった。
 動かなくなってしまった。
 一緒に過ごしたいと思っただけだった。
 ただ、寄り添いたかった。
 だけど、それは許されないことだったんだ。
 僕はそう思った。『鬼の子』の文字が頭の中をぐるぐると回る。
 いつの間にか日は落ちて、キラキラと輝く星達が顔を覗かせていた。それは、あの魚の飛び散った羽のようで、喉が焼け付くような感覚がした。体をくねらせて、口をパクパクさせて精一杯生きていた魚。その魚も、僕に寄り添ってはくれなかった。飛び散った羽さえも遠くの空に持って行かれてしまった。
 何一つとして、僕の傍にはいてくれない。
 皆、生きている。
 息をして。
 何かと寄り添って生きている。
 動物や植物や風。水。すべてが生きている。
 すべて、僕の近くにある。だけど、こんなにも僕だけが仲間はずれだ。僕だけを取り残して、皆は生きている。
 僕は生きている。
 息をしていない。
 でも、こんなにも、生きている。
 水の中でも、土の上でも、僕は生きていられる。
 なのに、何故僕だけ独りなんだろう?
 誰も、僕を見てはくれない。こんなにも近くにいる。
 母と一緒にここに来たときのあの青い花だって、今も咲いている。あの時吹いた冷たい風だって、今も吹いている。僕の頭には今も角は生えたままだ。あの時出てこなかった言葉だって、今も喉の奥に張り付いて出てこようとはしない。
 僕は、ずっとここにいる。
 あのときから何一つ変わらず。

 次の日は、大雨が降った。
 暗い空では時間の経過が分からず、いつもよりも遅く感じる。長い夜を過ごしている気分だった。
 これはきっと報いなんだと思った。
 泣き腫らした目蓋で、じっと空を見た。
 何もかもを掻き消してしまう。雨。ざあざあと降り注ぐ音。
 ああ、ならばちょうど良いのかもしれない。
 僕は唸る動物のように、思いを言葉にして叫んだ。
 誰も聞いてないほうがいい。こんな言葉など。誰かが聞いても、咆哮にしか聞こえないだろう。
 叩きつけるように、僕は言葉を重ねた。
 僕の中にある黒い感情に気付きたくなかった。こんな重苦しいものなんて捨ててしまいたかった。でも、まるで大事なものをしまっておくかのように、頭の中に張り付いて、繰り返しそれを僕に問いかけてくる。矛盾する思考。
 
 幸い、絶望を持つだけの勇気は僕にはなかった。

 その次の日は、前の日の雨が嘘だったように空は晴れた。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • 作者の氏名を表示して下さい

鬼の子-その2-

はい。うん。意味が分かりません。
作者にも分からないので、皆さんにも余り分からないのではないかと思います。
てか分かったらすごいです。
どうか教えてくださいorz

謎を解くつもりが、謎ばかり増えていきます(笑

これを考えたfumu様はスゴイですね!!
原曲http://piapro.jp/content/371rlchbw857ki6g

私の自論ですが『思いは言葉にしないと通じない。でも言葉にしても伝わらない時もある』
矛盾だらけですwww
レン君はこの話で何かを得てくれましたかね?
失っただけかもしれません。
それでも、書上げを目標に頑張っていきたいと思います!!

ご意見・ご要望など、ぜひ何でもいいのでこの文章を読んで感じたことがあったら教えてください。

閲覧数:436

投稿日:2008/11/18 15:30:31

文字数:2,154文字

カテゴリ:小説

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    んぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁ!!!
    お…恐れ多いことに、私の文に絵が!!!歓喜
    露木こまめ様がやってくださいましたよ!!
    ああああありがとうございますぅぅぅぅぅ(感涙
    2のほうも是非お願いします(゜∀゜)!!キャッホーイ←落ち着け

    会話文が少なめなのは、『伝える』という動作を重んじるが故に遠慮しがちになってしまっているような感じです。
    自分から他者へ与える影響の大きさ。
    ポツンと落ちた雫が波紋を伝って大きな波になっていくように、ひとつひとつの『伝える』動作には力があると考えています。
    私はこれをどうにも慎重にする傾向にあるようです。
    だって、怖いじゃないですか(笑

    ブクマありがとうございます!!
    これからもがんばります。

    2008/12/21 12:06:42

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