王宮へ戻ったカイザレを待ち構えていたのは、不機嫌さを隠しもしない王女の姿だった。
自室に戻る間もなく呼びつけた青年をねぎらいもせず、気に入りの長椅子に凭れた少女が、険を含んだ視線を向ける。
「随分と遠出だったようね。城下ならまだ分かるとして、辺境の村にまで何の用だったの?」
その言葉に、カイザレは訝しむように問いを返した。
「なぜ、私の行き先を知っているのです?」
「私はこの国王女なのよ。その気になれば、この国のことで知れないことなんてないわ。貴族でもない我が国の平民とあなたとの間に、一体どんな関係があるのかしら」
磨き上げた爪を苛々と弄りながら、王女があげつらう。
探るような瞳の奥に、幼い少女の容貌には不似合いな悋気めいた色が覗いていた。
「以前、少し縁のあった知人がいたので、様子を尋ねに行っただけです」
「知り合いね、どんな知り合い?」
言葉を重ねるほど、次第に険しくなる眦に、注意深く彼は答えた。
「私自身の知己ではないのです。私の身内の友人で・・・」
「それは妹さんの、ということかしら。どうしてそれをあなたが気に掛けるの?所詮、たかが平民ではないの」
「――たかが?」
カイザレが眉を潜めた。
「あなたの国民でしょう」
「平民なんて、その辺の雑草と同じだわ。勝手に湧いて出て、勝手に増えて、勝手に枯れていくものよ」
「・・・それは、本気の言葉ですか?」
「本気よ。だから何だというの?」
少女が心底、疎ましげに吐き捨てる。
僅かとはいえ不快を示すような青年の反応が、ただでさえ機嫌の悪い彼女の何かを引っかいたのか、王女は一気に噴出すように苛立ちを露わにした。
「何よ、その目は。民が何だというの。あいつらの方が勝手なんじゃない!お母様が病気の時も、亡くなった時だって、誰もお構いなしだったわ。民も、貴族も、大人たちはみんな、兄達の顔色ばっかり伺って、戦争にかまけて、本当に誰一人あたし達のことなんか見向きもしなかった。ずっと傍にいてくれたのはレンだけ。お母様のために泣いてくれたのはレンだけよ!そのくせ、兄達が死んだ途端に、手のひらを返したみたいに擦り寄ってきて、跪いて、王女様王女様ってちやほやして!あいつらの勝手な期待に、何で私が何かしてやらなくちゃいけないのよ、冗談じゃないわ!!」
激しい怒りの篭もる叫びが部屋中に響く。
痛々しい悲鳴じみたそれに、けれど急速にカイザレの感情は冷えていった。
脳裏をよぎるのは、逆境の中でも、ひたむきに頭を上げる少女の眼差し。
彼女がこの言葉を聞けばなんと言うだろう。
彼らは、それこそ王族や貴族が誰も省みないような小さな村で、ただ日々を生きていただけだというのに。
一体、何のために、あんなにも彼女は苦しんでいるのだろう。
いけないと思いながらも抑えきれず、彼は醒めた問いを向けた。
「彼らは村の外に出ることが出来ないと訴えています。勝手にすれば良いというなら、何故、彼らを土地に縛り付けているんです?」
「知らないわ!彼らが土地を離れないのは、彼ら自身が勝手にしていることよ。住み慣れた土地は惜しいんでしょうよ。せいぜい死ぬまでそこにいれば良いんだわ!」
決定的に王女の怒りが振り切れた。
昂ぶった感情のままに青年を睨みつけ、全てを拒絶するように背を向けて部屋を出て行く。
「・・・しくった・・・!」
カイザレが苦い顔で舌打ちをした。
自身もすぐさま踵を返し、足早に自室へと急ぐ。
丁度、部屋を整えて退出したらしい侍女が、カイザレの姿を見つけ、恭しく頭を下げた。
扉の前を譲ろうと廊下の端に寄る。
すれ違いざまその腕を捕まえ、カイザレは侍女を扉の中へ引きずり込んだ。
「公子!?」
「今すぐに、あの村へ戻れ、ハク!彼女に累が及ぶかもしれない!」
張り詰めた鋭い声に、剥がれ落ちるように表情を消した侍女が、音もなく闇に紛れて姿を消した。
後に残ったのはカイザレひとり。
明かりもない暗い部屋の中、いつまでも険しい顔付きで虚空を睨んでいた。
「カンタレラ」&「悪ノ娘・悪ノ召使」MIX小説 【第17話】前編
浮気は許さない王女様と、分かってそうで分かってないお兄様。本命以外には朴念仁です。
後編に続きます~。
http://piapro.jp/content/w4qqi80s1ar3okps
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