カイトはそっと扉を開けた。
「ミク?‥‥」
居ると思ったのに、中には眠りに着いた楓の姿しかなかった。どこに行ったのだろう?まったく、マスターの世話を焼きたがったのは自分のくせに、どこかへ行ってしまうなんて‥‥
不甲斐ない妹を内心叱りつけ、カイトはそっと目の前に横たわる主人の髪を撫でた。
相変わらず纏まりの悪い髪だ。陽の光を受ければ赤く輝くその髪も、カーテンの閉まった薄暗い部屋の中では黒っぽく見える。熱は少し引いたのか、少し赤かった頬の色もだいぶ落ち着いて今は白っぽい。もっとも、薄暗い部屋の中で色を判別するのは少々困難で、正確な色までは把握できない。
「楓さん‥‥」
カイトはそっと顔を寄せ、寝入る主人の耳元でその名を呼んだ。
答える事はない。完全に寝入った主人の耳には恐らく届いてさえいないのだろう。カイトは少し寂しくなった。
目を閉じ、心安らかに。カイトはそっと主人の髪を撫でた。身動ぎすらしない。熟睡‥‥これはこれで良いのだろう。風邪を引いているのだ、少しは身体を休ませた方が良い。
ほんの少しで良い。こうして髪を梳くことが楓の安らぎと変わるなら、カイトはそれだけでもと願った。
――――――
ある日の出来事だ。声高らかに笑うのはこの部屋の主。晩酌に付き合うは最大の友、メイコである。
「この間の作品、ホント良作だと思うんだよねー。自分で言うのもなんだけど、最高だと思うの」
酒が入るとご機嫌に、テンションも上がって妙に人当たりの良くなるマスターである。メイコもそれを悪くは思わなかった。そう、酒のせいにして普段出せない本当の自分をさらけ出しているだけなんだものね。
微笑ましく主人を眺めるボーカロイドメイコ。酒を介し、二人は主従関係以上の関係を築いていた。
「ふふ、そうね。あなたは才能あると思うわよ?もっと自信を持ちなさいな」
「ふふ、ありがと。めーちゃんは本当に私の良き理解者だよ」
酒を酌み交わし、互いに笑い合う。和やかな時間を打ち消したのは酔いを忘れて真剣な眼差しをしたマスターの表情だった。
口元は微笑み、けれど眼差しは真剣に、メイコは自分の主人の話の続きを静かに待った。
「‥‥」
ぼそりと呟くマスターの、それはあまりに小さすぎて人の耳には聞こえない。メイコは黙って主人を見つめた。
「‥‥何でも無い」
マスターはそう言うとふぅと溜息をついて酒を煽った。
「そう。言いたくなったらいつでも言って。私とあなたの仲でしょう?」
メイコはわざとらしく笑って見せた。マスターのグラスに自分のグラスをコツンと当てるとメイコもまた酒を煽った。それから一瞬の沈黙、そしてどちらからともなくまた酒を酌み交わし、まるで何事も無かったかのように二人は飲み続けた。その日は酷く酒が進み、普段さして飲みもしないマスターがその許容範囲を大きく超えて泥酔した。酒に強いらしいメイコはやれやれと言った表情で自分の主人を抱えて寝床へ横たえると、布団を掛けて優しくその髪を撫でた。フワフワとした纏まりのない髪。光を受けて赤く輝く純正の人毛。作り物の手がそっとその髪をすいてそして‥‥そっと顔を寄せた。
「あなたの大事な物を奪ったりはしないわ。それはあなたが大切にしてきた者なのだから、ちゃんと最後まで守り通しなさい」
「う、うぅん‥‥」
返事の代わりに寝返りをうった。はだけた布団をかけ直してやるとメイコはそのまま部屋をでた。
――――――
安らいだ表情の楓。熱も下がってきているのだろう。何か良い夢でも見ているのだろうか?口角が微かに上がった気がした‥‥気のせいか。
カイトはほっと柔らかな笑みを零し、楓の額にそっと口付けを施した。
「また来ます、楓さん。どうか早く元気になって下さいね」
立ち上がって部屋を出ようとすると突然扉が開いた。
「‥‥ミク?‥‥」
扉の前に居たのは他ならぬ妹のミクだった。
「ミク、どこへ行っていたんだい?」
兄らしく、少しは叱ってやらねばならぬかと心を引き締めたカイト。しかしミクはどこか上の空であまり聞いていないようだ。
「何で‥‥」
「え?‥‥」
カイトの問いに答えるではなく、呟くように言ったミクの一言にカイトの方がわからなくなった。
合点の行かぬ妹の言葉の意味を計りかねるカイト。次の瞬間、俯き加減だったミクはその顔をグワッと上げて焦点の合わぬ目でカイトを見つめた。
「何で!!‥‥」
「っと‥‥?!」
潤んだ瞳‥‥泣いている?!
ミクは手にした長ネギを勢いよく振り回すとカイトに襲いかかった。それはまるで野菜とは思えないほど重厚で木刀か何かと間違えるほどの威力だ。
「ミクっ!!」
カイトは紙一重でミクのネギをかわしていったがミクは全く止まる気配を見せない。
「でぇーぃ!やぁーっ!!」
「ミク、やめないか、ミク!!」
ダメだ、全く聞こえていない。何を怒っているのだろう?正気の沙汰ではない。相手の武器はあの野菜のネギなのだし、腕で一度受け止めて動きを止めるか‥‥とも考えたけれど威力が木刀並みなのだから腕が折れてしまうだろう。
「何でっ!何でっ!!」
何が「何で」なのだろう?先程からそればかり繰り返し、ひたすらカイトを狙うミク。
「何で何で何で何で!!!」
叫びと共に更に威力を増すネギ。これは最早ネギとは言えない気がする‥‥
「?‥‥」
重い一撃を避けるとミクはいきなり身を引いた。嵐の前の静けさか、ミクの戦意は弱まるどころか更に増している。
「何で、何でよ!何でお兄ちゃんなの?!私じゃダメなの?」
何の事だ?明らかにミクはカイトに敵意を示している。しかしカイトにはその理由が思い当たらない。
「私の方が‥‥私の方がマスターの意志をきちんと汲んでいるのにっ!!!!」
まるでタメだったのか、叫びと共にミクは再び飛び込んできた。カイトめがけ、重たい一撃‥‥当たっていたらただでは済まないだろう。
空間を切り裂き、ミクのネギは一瞬コントロールを失って大きくミクの背に回った。そのままの勢いでまた強烈な一撃。
「ミク、やめないか!!」
ダメ押しの一声‥‥やはりダメか。ミクにはカイトの声など届きはしない。完全に我を忘れた暴走ミクをどうやって止めよう?
「私の方が、私の方が!!」
繰り返し、繰り返し。先程からミクは何を言っているのだろう?「私の方が?」比べているのか?何を?誰と‥‥
いや、間違いなく比べる対象はカイト。だが、ミクは何を比べている?「私の方が?」‥‥ミクの意図が掴めない。
さて、どうしたものか‥‥思案していると動きが鈍ったらしくミクに追い詰められた。
「っ!!」
間一髪、カイトはミクの振りかぶるネギを避けて、避けて、ポケットに入れていたアイスピックを取り出して‥‥刺した。
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