「はぁ、はぁっ…」
離陸と着陸を繰り返す足。口から吐き出される水蒸気。
なんでこんなに息が切れているんだろうと、ふと考えた時「あ、私、走ってたんだ」って、気づいた。
寒い。
だって、季節は冬だもの。真冬ってわけではないけれど、12月って1年を通して考えてみれば体感的には十分寒い。それに一人でいるせいか、外気温が私を余計にいじめる。
周りは、仕事帰りのサラリーマンや楽しそうなカップル。みんなそれぞれ、目的を持って歩いているみたい。
私だけ、この街中を彷徨っているみたい――……。
むなしいって、こういう事か。
私は、悴んでいる自らの手のひらに息を吹きかけ、目的地も決めないまま、街中を歩きだした。
「あ、キレイ…」
目的地がなかった私の足が止まったのは、光が漏れるショウウインドウの前だった。こんな冷たい冬の世界で、春が訪れたみたいに優しい暖色の光が歩道を照らす。
「もうすぐ、クリスマスなんだ」
ショウウインドウの中は、これでもかという程のクリスマス関連品。きっと…ううん、絶対、私には関係のない代物。だって、私の時間はクリスマスが来る前に止まってしまうかもしれないから。私の時計、壊れているもの。
「こんなことになるくらいなら…アイツに気持ち、伝えればよかった」
もう、遅いよね……?
なのに。遅いって、分かっているのに…。携帯のディスプレイには、アイツの名前と11の数字。決定ボタンを押せば、電話ができる。無意識という言い訳を胸に親指に力を込めたが、感覚のない手には不可能だった。
私はまた、目的地も決めずに歩き出した。
ふと顔を上げると、私は人通りの多かった道を抜け、桜が有名な公園にいた。春には夜でも人が溢れかえるこの公園も、冬だとさすがに誰も居ない。そう思っていたのに、見覚えのある人影が目の前の暗闇の中に浮かんでいた。
「みおっ、美桜っ!!!」
目の前にいたのは、アイツだった。
「け、んと…」
どうしよう、涙が出てきそう。
「はい」
「あ、ありがとう…って、熱っ」
久しぶりの発熱物に、手渡されたばかりの缶を思わず落としそうになった。
腰かけたベンチが地味に冷たい。家が近所の私と憲斗は幼馴染で家族ぐるみの付き合いおしており、春にはこの公園でお花見をするのが恒例行事になっている。
「病院抜け出したらしいな。お前の両親、心配してたぞ」
「うん。ごめん」
憲斗の背後にある街頭による逆光で顔は暗いが、多分怒ってる。
「ねえ、この公園の桜って、いつもどれくらいに咲くっけ」
まだ熱い缶の蓋を開けながら尋ねた。何かしていないと、正気が保てない気がした。
「そうだなぁ…、4月くらいじゃね」
話を変えられて、さらに機嫌が悪くなったのか、言葉尻が雑だ。
「そっかあ、この公園の桜見てから死にたかったな…」
「おい、それって!!」
「あたし、もうすぐ死んじゃうから」
湯気が出ている缶の温もりは、伝わってこなくなっていた。
「また再発したの。今回のは、結構進んでるみたいでさ。もう手遅れみたいなんだ…」
「美桜…」
昔から体の弱かった私は、小さい頃から入退院を繰り返していた。今回で、もう何回目の入院だっけ。
「冬の病院ってね、夏よりも春よりも秋よりも嫌い。私なんてこの冷たくて白い世界に消えてしまうんじゃないかって思うの。中学生になったっていうのにね」
今まで隠していた言葉が口から溢れる。視線の先には、強く握りしめた缶。俯いているのは、泣いているのを見られたくないからってだけじゃなくて何かを期待しているからかもしれない。
「それでも…、それでも俺は病気と戦って欲しい。手遅れって言ったって分かんないだろ!!美桜は今までも、病気に打ち勝ってきたじゃないかっ!!!」
「でも…っ、でもっ!!!「俺は、来年もこの公園の桜をお前と見たい。約束したじゃないかっ!!忘れたのかよ!!!」
顔を上げると、涙ぐんだ目の彼がいた。
「忘れてなんかないよ。入院してこの公園に来られなかった私に、桜を持って来てくれた時のこと…忘れたことなんて一度もない。あの時、私は憲斗のことが好きになったんだもんっ。すっごくうれしかった」
思わず目をそらす。言っちゃった…。病気のことを考える脳のスペースは、恥ずかしさと憲斗への想いでいっぱいになってしまっていた。右方向を隠れ見ると、顔を赤くした彼が泣きながらこっちを見ていた。
「病院に帰ろ。寂しいなら、毎日見舞いに行ってやる。怖いなら朝まで一緒にいてやる。好き同士が離れ離れなんて、そんなことするほど神様も意地悪じゃないよ」
どうしてだろう。今でも病気は怖いのに、憲斗の言うようにうまくいく気がしてくる。お医者さんや看護婦さんの言葉よりも、信じられる気がする。
「うん。ありがとう」
公園から病院までの帰り道。私の右手は憲斗の左手と繋がっているからか、悴んではいない。心の中は、不安の雪が溶けて春がきたみたい。
「来年の桜も、満開だといいね」
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