とまあ、そういうわけで、俺たちは四人で遊園地に行くことになった。巡音さんは四人で行くという話を全然聞いていなかったらしく――ミクの奴、絶対わざと伏せてたな――呆然としていた。更に俺の方はレンに妙なことを言われたが、真面目に相手をすると俺が精神的に疲れそうだったので、適当な返事だけしておく。
遊園地につくと、ミクはさっそく絶叫マシンに乗りたいと言い始めた。巡音さんの方は引きつっている。……さすがに、少し可哀そうな気もする。ミク、お前は本当に友達のことを思ってやってんのか? 単に面白がっているだけだったりしないよな? とはいえ、ミクに協力を約束させられている身なので、ミクの言葉を後押しする。これでまだ話がまとまらないようなら、俺が何がなんでも絶叫マシンに乗るぞと強行することになっている。……ミク、お前は鬼か。
驚いたことに、レンはさっさと巡音さんの相手を引き受けてしまった。予定どおり……というか、ミクの作戦どおりなんだが……。あいつに一体どんな心境の変化があったんだ。
何がどうなってるのかよくわからなかったが、俺はそのままミクと一緒にジェットコースター乗り場へと向かった。作戦は成功と言えるが……ミクの思惑どおりというのが、どうにも面白くねえ。
「予想以上に上手くいったわ」
ミクはにこにこ笑顔で、そんなことを言ってきやがった。ミクの笑顔が可愛いのは認めよう。だがその笑顔が、こういう時は悪魔の笑みに見えてくる。
「……良かったじゃねえか」
その情熱を、もちっと他の何かに向けてもらえないもんかね。ついでに言うなら、どうもレンは何か誤解をしているような気がするんだが……。
「本当は一緒にコースターでも乗ってくれるともっといいんだけど、リンちゃん、絶叫系ダメなのよね。せめてお化け屋敷でも入ってくれないかしら」
ミクはそんなことを言っている。お化け屋敷って……巡音さんがレンにきゃーって抱きつくのを期待してんのか。……どうせなら、ミクと入りたいもんだが、入ってくれないだろうなあ。というか、自分が嫌なことを人にやらせるなよ、お前は。
とかなんとか考えているうちに、順番がやってきた。コースターに乗り込み、安全バーを下ろす。
「うーん、わくわくするわね」
それに関しては俺も同意する。ちなみに今乗り込んでいるコースターは、ループタイプの奴だ。ここは絶叫系の揃っている遊園地で、コースターだけでも複数ある。
「とりあえず、コースターは全部乗るぞ」
「賛成!」
ミクが元気よく答える。コースターの全制覇は欠かせないもんな。それが終わったらバイキングかフリーフォールか……何にせよ、お楽しみはたくさんってことだ。
……というかこの「作戦」なんだけど、この後はもう俺ら二人は遊園地でひたすら遊ぶだけなんだよな。よく考えてみたら悪くない……どころかむしろいいじゃないか。嫌がることもなかったかな。ミクの思惑どおりってのが、やっぱりちょっと癪だけど。
昼だけは合流して一緒に取ったが、午後も俺はミクと二人で絶叫系に乗ることになった。もちろん、この辺りは事前にミクと打ち合わせ済みである。レンは特に何も異論は挟まず、午後も自発的に巡音さんの相手を引き受けてくれた。うーん……。まさかとは思うが……あいつ、巡音さんに気があるのか? あの子のどこがいいんだろう。よくわかんない奴だ。
ちなみにレンによると、デート中のグミヤとグミにばったり会ったらしい。グミヤの奴、とうとう観念してグミとつきあうことにしたのか。学祭の舞台の練習の時、あれだけ「君は綺麗だよ」ってグミに言うの渋ってたのに。「こんな恥ずかしい台詞言えるか」って。あ、もちろん、本番ではちゃんと台詞言ってたけど。
押しの一手も時には有効なんだな。グミのことは今度から「狙った獲物は逃さないスナイパー娘」と呼んでやろう……嘘です。そんなことしたら、演劇部女子部員全員に、俺が袋叩きにされる。というか、なんで女子全員、あいつに好意的なんだ? 俺にはさっぱりわからん。
グミとグミヤのことはさておき、午後も別行動となったので、俺たちは引き続き絶叫系に乗りまくることにした。さすがに終盤になるとちょっと疲れたので、最後の乗り物は観覧車にしたけどな。
「今日は楽しかったわね」
観覧車の中で、ミクが俺に言ってきた。
「……だな」
楽しかったのは事実なので、俺も素直に認めた。ミクが嬉しそうな表情になる。
「クオは、絶叫系だったらどれが好き?」
「やっぱ、ジェットコースターだな」
他も色々と捨てがたいが、ベストはあれだ。
「ミクは?」
「わたしもジェットコースター」
少しオレンジに染まりかけた空を背景に、くすっと笑うミクは、何かのCMカットみたいで、憎らしいほど決まっている。
「あ、そろそろ一番高い位置に来るわよ」
ミクはそう言うと、窓から外を眺めている。俺も隣に並んだ。
「おー、みんな点にしか見えないな」
絶景絶景。観覧車もいいもんだ。それから下に下りるまで、ミクと俺はずっと外を眺めていた。
観覧車から降りると、俺とミクは待ち合わせ場所であるゲート前へと向かった。レンと巡音さんは先に来てこっちを待っていたが……何だか、空気が重い。……何があったんだ、こいつら。ミクの作戦が失敗して、更に気まずくなったとか? おいおい、やめてくれ。折角作戦が上手くいったって、ミクが喜んでいたところなのに。
いや俺は、ミクを応援してるわけじゃないぞ。こんなアホな計画は、とっととやめにすべきだと思ってるぐらいだ。けど、ミクはどう考えても諦めてくれそうにない。つまり、この作戦から俺が離れるには、俺が必要なくなる――つまり、レンが巡音さんをつきあうか振るかどっちかにしてくれる――しかないわけだ。だから、くっつくんならさっさとくっついてくれよ、お前ら。
内心微妙な気分で、車に乗る。帰りの道の間、レンと巡音さんはずっと黙りこくって話もしなかったので、俺はミクとたわいもないお喋りをずっとしていた。いやだって、誰も喋らないと空気が暗すぎるだろ。ったくもう。
家に着くと、ミクは巡音さんを連れて家の中に入ってしまった。多分、巡音さんの迎えが来るまでに、話を聞きだすつもりなのだろう。レンの方はというと、ぼんやりとミクの家を見ている。大丈夫かこいつ。
「なあ……お前、どうかしたのか?」
さすがに気になったので、俺はレンに訊いてみることにした。
「……何が」
ぶっきらぼうな調子で、レンはそう訊き返してきた。
「だって……なんか変だぜ、お前ら」
少なくとも、午前中はもう少し話をしていただろ。
「何でもない」
とまあ、こんな返事が返って来た。あのなあ、俺は心配してやってんだぞ。
「嘘をつけ。……なあ、もしかして、巡音さんと何かあったのか?」
そう訊くと、一瞬だけレンの表情に動揺が走った。……あれ、図星なのか? だが、俺が追求する前に、レンはこっちに背を向けた。
「俺はもう帰るよ。じゃあな、クオ」
あ、こらっ! 逃げるなっ! ある程度は状況とやらを聞き出しておかないと、俺がミクに怒られるじゃないか。ったく、友達甲斐のない奴め。
レンが帰ってしまったので、俺も家に入る。しばらくするとお迎えが来たらしく、巡音さんも帰って行った。さてと……ミクの様子を伺いに行きますかね。作戦失敗のせいで、八つ当たりされなきゃいいけど。でも、放っておくのはそれはそれで、後が怖いもんな……。
ところがである。俺がミクの部屋に行ってみると、ミクはこの上ない上機嫌で、ジュースなんぞを空けていた。ヤケ酒ならぬヤケジュース……ってわけでもないよな。むしろ祝杯だ。
「……どうしたんだお前。ついに壊れたのか?」
「あ、クオ! 作戦大成功を祝ってるところなの。クオも飲む?」
飲むって……それ、ジュースだろ。まあいいや、俺ももらおう。コップを持ってきて、ジュースを注いでもらう。
「かんぱ~いっ!」
ミクがそう言ってコップを掲げたので、俺もコップを掲げてカチンとあわせる。……だから、何のお祝いだよ。と思いながらも、まずはジュースを一口。うん、美味い。
って、追求はどうした、俺。
「なあ、おい。何が大成功なんだ」
「今日の作戦」
これ以上はないという笑顔でそんなことを言われる。
「おい、あれのどこが大成功だ。二人とも帰りの車の中で、一言も喋らなかったぞ」
「それがねえ……クオ、聞いたら驚くわよ」
ふふん、わかる? とでも言いたげな笑みを浮かべるミク。ああもう。
「もったいつけてないでさっさと喋れよ」
「もう……いい話なのに。まあいいわ。あのねえ……リンちゃん、お化け屋敷で鏡音君に抱きついちゃったんですって」
俺は、もう少しで口に含んだジュースを吹き出すところだった。レンの奴、巡音さんをお化け屋敷に連れてったのか? どうやって連れ込んだのか今度教えてもらおう。
「あ、この話、鏡音君にしちゃダメよ」
と思った矢先に、ミクが釘を刺してくる。
「なんでだよ」
「クオは鏡音君から何も聞いてないんでしょう? 自分が喋ってないことが知られている、っていうのは、気持ちのいいものじゃないの。最悪信頼関係が壊れるし、今後の作戦に支障が出るわ」
「まだ続ける気か!?」
もう充分仲良くなったんだからいいじゃないか。他人のことなんて放っておこうぜ。
「当然でしょ。二人がちゃーんと名実と共にカップルになるまでやりますからね」
胸を張ってそう言うミク。あああ……どうしてこいつは。
「なあ、ミク。余計なお節介って言葉、知ってるか?」
「何言ってんの。これは余計なお節介なんかじゃないわ。わたしの使命よ」
……駄目だこりゃ。俺がどれだけ道理を説いても、ミクの前には通じない。自分の無力さなんてものを、ひしひしと感じてしまった俺であった。
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