時間が過ぎて、寝る時間になった。でも、少しも眠くなってくれない。ベッドに寝転がって、わたしはぼんやりとしていた。
 その時、またドアを叩く音がした。……お父さんじゃないわよね。わたしは首だけ起こした。またドアを叩く音。わたしがそれでも返事をせずにいると、今度は声がした。
「……リン、もう寝ちゃった?」
 ハク姉さんの声だ。わたしは起き上がって、ドアに駆け寄った。
「ハク姉さん!」
「良かった、まだ起きてたのね。部屋にいないから探したわよ」
 わたしは時計を見た。そろそろ十一時だ。多分、もう皆寝てしまったんだろう。我が家は、大体皆就寝が早い。みんなが寝静まったのを見計らって、わたしを探しに来てくれたようだ。
「どうしてここだってわかったの?」
「空き部屋のはずなのに、明かりが漏れてたから。リン、このドア、開けられないの?」
「無理。外からだけ鍵がかかる仕組みになってるのよ」
 わたしがそう答えると、ハク姉さんのため息が聞こえた。
「閉じ込められたのね」
「そうみたい……お父さんが当分出すなって言ったって、お母さんが言ってた」
 わたしが答えると、ハク姉さんはしばらく沈黙した。
「……ハク姉さん?」
「ああ、ごめんごめん。ちょっと考え事してて。長話もなんだから、手短に話すわ。メイコ先輩から連絡があったの。事情は全部書かれてたわ」
 レン君のお姉さんから……!?
「あんたがどうしているのか調べてくれって、頼まれたのよ。それと、先輩の弟さんから伝言。『大丈夫だから心配するな』だって」
 ハク姉さんの言葉に、わたしは胸がいっぱいになって、また涙ぐんでしまった。レン君、お父さんに殴られたのに……! レン君もレン君のお姉さんも、わたしのことを心配してくれている。
「……レン君に会いたい」
 レン君に会いたい。会って、抱きしめてほしい。わたしはここにいてもいいんだよって、そう、言ってほしい。
「先輩の弟さんもそう思ってるみたいよ。……いい子ね」
 その後もハク姉さんは何か言ったけど、聞き取れなかった。
「ハク姉さん……わたし、どうなるの?」
 ドアの向こうで、ハク姉さんはしばらく黙ってしまった。
「……多分、お父さんのことだから、あんたたちを別れさせようとするでしょうね」
「嫌よ! レン君と別れるなんて!」
 わたしは思わず叫んでしまい、慌てて口を押さえた。位置関係からすると、わたしたちの部屋――わたしの部屋はハク姉さんの部屋の隣、ルカ姉さんの部屋はハク姉さんの部屋の向かいなのだ――から、ここは少し離れている。とはいえ、時刻は深夜だ。ルカ姉さんが話し声で目を覚ましたら、厄介なことになってしまう。
「お父さんは、あたしやあんたが、自分の眼鏡に適わない男とつきあうのが嫌なの。先輩の弟さん、きっとすごくいい子だろうと思うけど、お父さんの基準は満たしてないと思う」
「レン君は成績優秀よ。素行だっていいし、何より優しいわ。どこに出したって恥ずかしくないのに」
「それでも、お父さんのことだから『名家の息子でないと』って考えてると思うわ」
 わたしはうなだれた。お父さん、絶対そう考えている。でも、わたしはレン君と別れたくない。
 ドアの向こうから、ハク姉さんのため息が聞こえて来た。
「リン、あんたもよくわかってるだろうけど、お父さんっていうのは、想像もつかないような行動に出る人なの。あたしの時だって……」
 そこで、ハク姉さんは口ごもってしまった。ハク姉さんの時? そう言えばお父さん「ハクといいリンといい」って、言っていた。その後聞かされた話がショックすぎて忘れていたけれど。
「ハク姉さん……もしかして、ハク姉さんにも、つきあってる人がいたの?」
 ドアの向こうからは、答えが返って来ない。
「ハク姉さん?」
「……ええ、いたわ」
 淡々とした口調で、ハク姉さんが答える。……そうだったんだ。ハク姉さんにも、好きな人がいたんだ。
「あんたと同じくらいの年の時よ。で、あんたと同じように、お父さんにバレたの。お父さん、カンカンに怒って、あたしのつきあってた人の家に怒鳴り込んだ。そしてあたし、向こうに言われたの。あたしとは終わりにしたいって。こんな厄介な父親がいる娘とはつきあいたくないって」
 ……わたしは、何も言えなかった。ハク姉さんにそんなことがあったなんて、わたし、全く知らなかった。だからハク姉さん、絶対気づかれないようにしろって、言ったんだ。わたしに、自分と同じ轍を踏ませるまいとしていたんだ。
「……ごめんなさい、ハク姉さん。わたし、何も知らなかった」
「話してないんだから当然だってば。さすがに話す気になれなかったし。……とにかく、そういうことだから、お父さん、何がなんでもあんたたちを別れさせようとすると思う」
 わたしは、本当のお母さんのことも聞いたのかと尋ねようかと思ったけれど、それはやめておくことにした。もしハク姉さんが知らなかったら、ショックだろう。実のお母さんが男を作って出て行ったなんて話、ハク姉さんにしたくない。
 でも……。
「お父さん、わたしのこと、恥知らずのあばずれだって言ったわ。……それなのに、わたしを思い通りにさせたいんだ」
 むしろ家から叩き出しそうなものなのに、お父さんがしたのはわたしを閉じ込めることだった。
「お父さん、何もかも自分の思い通りにならないと嫌な人だから。あたしの時も、そうだったわよ。恥知らずのあばずれって、散々罵られた」
 あばずれの娘はあばずれになるってこと……? なんで、わたしは今のお母さんの子供に生まれて来なかったんだろう。お母さんの子供に生まれたかった。
「リン、あたし、そろそろ部屋に戻るけど、先輩の弟さんに、伝えたいことってある?」
 レン君に伝えたいこと……会いたい。会って話がしたい。でも、こんなことを言われても、レン君は困ってしまうだろう。
「お父さんのこと……ごめんなさいって言って。それから……えっと……」
 心の中に色々な想いが渦巻いている。それなのに、結局わたしの口から出てきたのは、とてもシンプルな言葉だった。
「レン君のこと、大好きだからって、そう伝えて」

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ロミオとシンデレラ 第六十六話【わたしはずっと嘆いていなければならないの?】後編

 今回はカエさんとハク中心のエピソードになります。

 ちなみに実母がハクとリンを連れて行った場合、リンはおそらく死んでしまったでしょう。それこそ冗談抜きで、待っているのはお約束の虐待コースです。大阪の例の事件のような。

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投稿日:2012/04/07 00:20:23

文字数:2,543文字

カテゴリ:小説

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