この物語は、一人の少年と手違い(?)で届いたVOCALOIDの物語である。

               *
朝。
ちょうどカイトが家に来てから、一週間が経とうとしていた。
カイトも大分この地域や、クオの事がわかってきたようで、
大学受験を控えているクオの邪魔はしなかった。
と、いってもクオは勉強をしている気配はまったくない。
クオは毎日のようにとある動画で他のVOCALOIDを見たり聞いたりしている。
カイトはそんなクオに歌を詠いたいと口にすることはなかった。
そして、朝寝坊なクオを起こしたり食事を作ったりする事にさえ慣れていた。

そして、
いつもの様にカイトがクオを起こして、朝食を用意している時だった。
淡々としたチャイム音が鳴り響いた。

「マスター、誰か来ましたよ?…誰か呼んだんですか?」
「…いや、別に誰も呼んでないけど」
「…?」

もう一度チャイムが鳴り響いた。
カイトはおそるおそる扉越しに誰が来たのか覗いてみた。
「…!?」

そして、カイトはその人物を黙って家にあげた。

「……!?」
その人物を見て、クオは絶句した。
その人物は紫という異色な髪を頭の後ろで壱つに束ね、
腰には刀のようなものを刺している。羽織っている着物のようなものは
不思議な模様が描かれていた。

「えと、あの、カイトの友達?」
「…違います」

カイトはそう返した。だが、その言葉に対してその人物が口を開いた。
「冷たもうではござらぬか、 かいと殿!それがしとそなたの中ではござらぬか」
「冷たくなんてないです…それに貴方とそんな中では無いです」
カイトは冷たい視線を彼に向ける。
そんな二人に、クオはおそるおそる聞く。

「…そんな、中って?」
「それはもちろんしんy」
「残念ながら俺の ただの 知り合いです。」

彼の言葉をさえぎってカイトがクオに説明した。
コホンと彼が堰をする。
「されば、 自己紹介が未だったな…―――それがしの名は神威がくぽと申す。
実は、親友のかいと殿に頼みがあとは遠路遥々此処までやとは参っt」
「自分で遠路遥々って言わないでください。後、俺と貴方は親友じゃないですから」
「かいと殿…!頼む、頼みごとを、聞いてくださらぬか?」

「えーっと」
クオは申し訳なさそうに頭を書いた。

「俺、武士語全然解んないんだけど…」
「はて?拙者はもののふ語を、話して御意ぬが?」
「…それが武士語なんだよ、がくぽ」
「…!がくぽと云ふな!それがしには、神威と云ふ苗字がござるのでござる!」
「……日本語でお願いします」
「…日本語ですよ、マスター」

カイトはとりあえずがくぽに、出来るだけクオにもわかりやすい日本語を喋る様伝えた。
そして、その作業(?)だけで、三十分をつぶした。

                *
「『巡音ルカ』?」
クオは目玉焼きを乗せたパンを皿の上に置いた。
がくぽはその向かいの椅子に座り、バターを塗ったパンを齧っている。
カイトはクオの隣に座っているが、皿の上にパンは無い。
かわりに白色のジュースが置かれている。牛乳ではないようだ。

「左様。新しゐ「ぼーかろいど」ゆえすが、
いさざか眼を、離したでござる隙に迷子になり申してしもうたゆえす」
「えーと、訳しますと「そのとうり。新しい「VOCALOID」なのですが、
少し目を離した隙に迷子になってしまったのです」…なにやってるんだか」
「…へぇ」
カイトの訳に納得しながらクオは再びパンを齧った。
そして、

(なんでカイトは武士語が解るんだろう…?)
そんなことを考えていた。

「で、その「巡音ルカ」が、迷子になったから探してほしいと?」
「いっとくけど俺たちにそんな暇は無いから」

カイトが笑顔で冷たく突き放したが、がくぽは首を振った。
「否!!かのおなごの中に入とはゐる機密は、未じゃ途中で、 其れがお主、 かいと殿のものでござるため、 よしんばかするでござると将来此処に来るやもしれぬと云ふことで、 其れを、知らせに参った」
クオはパンを置いて一言。
「…日本語でおk」

慌ててカイトが訳する。
「…えっと、彼女の中に入っているデータは未だ途中で、それが俺のものであるため、もしかすると将来ここに来るかもしれないということで、それを知らせに来たらしいです
…って、なんで俺のデータ?」
「其れは、くり○とんの陰謀じゃ」
「……」

カイトは冷たい、本当に凍りそうな瞳でがくぽを見つめた。
クオは部屋の温度が三度下がった気がした。

「…すまぬ、たわごとでござる。 集落めぐりの機密をゐれておる途中に迷子に成り申したため、 最後にくる集落が此処なりため、 よしんばきたら度収してほしいでござると云ふもゆえあり候」
「…なるほどね…で、なんで最初に全部入れなかったの?」
「そっ、それは…」
がくぽが慌てて視線を外して、パンを齧る。
カイトはため息をついた。

「…えーっと、さっきのは…」
「いいんですよ、マスター。コイツの言ってることは戯言ばっかりなんで
訳する価値もありませんでした」
「…カイト、さぁ」
「はい?」
「………」
クオはがくぽのほうを見やった。
なんだか、がくぽに対しては酷い扱いだなぁ、と。

「わかったよ、その、えっと「巡音ルカ」がここらに来ているのを見かけたら
保護(?)しておくよ。」
「かたじけない、クオ殿」
「…で、保護したらどうすればいい?」
「其の時分(とき)は――」
がくぽは言いかけてカイトに視線を向けた。
カイトはそれを右から左に受け流す。

「かいと殿が伝達してくれると有り難き幸せのでござるが」
「…わかったよ…」

はぁ、とカイトは再び溜息をついた。

「ありがたき幸せ!しからばたのみ申したで候!
しからば拙者はこれで邪魔するでござる」
そう言って、がくぽはパンを口に入れてから玄関に立った。

「待て」

カイトが低い声でがくぽを制止する。
その声にがくぽが振り返る。振り返りざまに大きなポニテ(?)が大きく揺れて
花瓶を直撃した気もするが、気にしていない。
(命令形!?)とクオは思ったが、口にはしなかった。
カイトは静かに口を開いて、こう告げた。
「巡音ルカはどうして「脱走」したんだ?」

「脱走?拙者はひい云もかのおなごが脱走したでござるとは、申してゐませぬが」
「全国の研究者巡りしていたんでしょう?なら移動中も研究者がくっ付いている筈だ。
迷子になるはずがない。だから「迷子」じゃなくて「脱走」したんでしょう?」
「…かいと殿、こう申すことは、勘がするでござるどくなるな」
「うっさい」

がくぽはすこし考えるようなしぐさをして、それから口を開いた
「かいと殿、
このあたりに物静かでほかの輩が如何ほどにも訪御台所ゐ場所は、あるでござるか?」
「あるにはあるけど…どうして?」

カイトがそう答えると、
がくぽは少し笑みを浮かべて、告げた。

「しからばその場所に案内してくれ。両名で話がしたいでござる」

                 *
カイトが家に帰ってきたのは一時間後だった。
クオはカイトの顔色を伺う。が、何も変わっていないように見える。

「お帰り…。カイト、聞きたいんだけどあのがくぽ?とどういう関係なんだよ?」
「アイツは同期の後輩です」
「…えー、っと」
「俺はアイツよりかなり前に創られたけど、俺は「売れ残り」だったんですよ。
だからアイツと一緒に色々仕事してたりしました」
「…」

売れ残り。
クオはカイトの説明より、それが引っかかった。
正直クオ自身もVOCALOIDのことはよく知っていた。
だが、カイトというVOCALOIDのことはあまり聞かなかった。

それはカイトが売れてなかったからだろう。
売れないことは、歌わせてもらえないということ。
そんな時に、俺が購入したことを知って。
やっと歌が歌えると喜んだのもつかの間、俺が欲しかったのは超人気の初音ミクで。
胸がどれほどの思いで押しつぶされただろう。
歌が歌えない事、歌わせてもらえないこと、最低では
送り返されてしまい、また元の生活に逆戻り。

「…カイト」
「なんですか?」
「辛くは、無かったのか?」

後輩と同期。
それはとても辛いはずだから。
だけれど、カイトは笑った。

「大丈夫ですよ。俺はもう慣れてたし、それに、」
「…?…それで?」

「俺には、その当時の記憶がないんです」

カイトは笑った。どこか虚しい様な、哀しい様な、そんな顔で。

「多分マスターが買い取るときに、メモリーは基本動作以外は
リセットしたのかもしれません。
メモリーを負担するくらい長い間あっちにいた確率は高いですし。」
「…でもがくぽのことは覚えてたろ?」
「あー、あれは忘れられないってヤツですかね?メモリーに残ってたし」

「…」
クオはふいに不安になった。
カイトはVOCALOIDである限りは、メモリーが消えると全てを忘れてしまうだろう。
いつか自分のことも、全て忘れてどこかへいってしまう気がした。
そして、カイトがいる事が当たり前になっている自分に気がついた。

「カイト」
クオは昼食の買い物に行こうとしているカイトに思わず声をかけた。

「なんですか?マスター?」

それは清涼感があって、伸びやかで純粋な声。
初音ミクのような緑の髪に制服のような容姿とは違って、
MEIKOのような茶の髪に露出度の高い容姿とは違って、
鏡音姉弟のような黄色の髪によく似た容姿とは違って、
KAITOは蒼の髪に、青と白の服と碧いマフラーという容姿だ。
勿論声もそれぞれ違う。
だけれど、クオの目の前、
そこには確かにVOCALOIDがいた。

「…早く帰ってこいよ」
「…わかりました、マスター」


カイトは笑顔でそう答えると、家を出た。
それが、最後だった。



あれから二週間。まだ、
カイトは帰ってこなかった。



ライセンス

  • 非営利目的に限ります
  • この作品を改変しないで下さい

【颯爽】二人三脚-6-【がくぽ登場】

がっくん登場です。なんだか不憫だな。
そして帰らないカイト。波乱の幕開けか!?
武士語はとあるツールで変換して書きました。
意味不明でごめんなさいね。

閲覧数:242

投稿日:2009/01/29 14:06:46

文字数:4,107文字

カテゴリ:小説

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