-桃-
その後、特によい案も挙がらず、月は沈んで太陽が地平線から顔を出し始める時刻となっていた。
ゆっくりと朝の支度を始めたメイコはまだ、カイトのことを考えていた。どうしたらレンを渡さずにすむかということもそうだが、何故カイトがそこまで変わってしまったのか、それがメイコには分からなかった。
「メイコさん、おはようございます。今日も早いっスね」
「ええまあ、朝食と二人のお弁当を作っていたら、これくらいかかるのよ」
しかしながらメイコは先ほどから簡単な魔法を持続して行っている。式神と呼ばれる超低レベルな使い魔、あるいは召喚した主の命令どおりに動く、簡易的なお手伝いさんだ。
野菜を洗ったり、レンジで暖め終わったものを数匹がかりでメイコの手元まで運んだりしては、新たなものをレンジに入れていった。
「あ、俺、リン起こしてきます」
「ああ、お願い。まったくあの子ったら寝坊が多くて困るわ」
少しの愚痴をこぼしてまた料理に専念する。
真新しい木の階段をゆっくりと上り、リンの部屋の前で一度、
「リン、朝だぞ。起きろ、はいるぞ」
と言った。まあこれで起きるわけがないのがリンなのだが、稀に起きていたとき顔面に枕やらクッションやら小物を投げつけてくるから恐ろしい。
「リン、起きろって」
「ううん、後五分だけ…」
「典型的なやつか。そうやって起きないだろ!起きろって」
何度も揺さぶっても一向に起きようとはしないリンに、レンの怒りは段々と握った右手に蓄積されていく。
「いい加減にしろ!!」
ガタン!ドタッ!!バン!!!
二階から随分派手に何かがぶつかったり何かが落ちたりしたような音が、一階のメイコとルカの耳に喧しくはいってきた。
「うわっ!リン、あっぶねぇ!!」
「ひどい!!起きなかったからって、水ぶっ掛けること、ないじゃない!!レンの馬鹿!」
「起きないほうが悪いんだろ!!別にお前を痛めつけてやろうって理由で、魔法を使ったんじゃないし!!」
「そういう問題じゃなーい!!」
部屋にあったものを片っ端からレンに投げつけては新たな武器を補充して、またレンに投げつけて、その繰り返しだ。
どたどたと大きな音を立てて降りてくるレンを追って、リンも駆け足で降りてきて、レンにとび蹴りを食らわせた。しかしレンも素早く反応し、リンの足を跳ね除けて三段飛ばしで階段を下りると、メイコの後ろに隠れた。
「母さん!ちょっと、レンどうにかしてよ!!朝っぱらから水かけられたのよ!!ほら、パジャマもぬれた」
「着替えればいいだろ!!」
「どっちもどっちでしょ。起きないのはリンが悪いけど、それで魔法を使ったレンも悪い!リン、着替えてきなさい。レンは着替え終わっているわよ。レンはご飯食べて」
「はーい」
「ちぇっ」
二人はしぶしぶ指示されたとおりに、着替えたり朝食を食べたりし始めた。
「ごめんなさいね、お弁当はできたらルカに持っていってもらうから」
「ううん、いいよ。全然!お願いね、ルカ」
「じゃ、いってきます」
結局、二人が騒ぎすぎたせいでか、メイコが作っていた弁当は時間内に出来上がらず、二人は弁当無し登校、出来次第ルカに届けてもらうことになった。
「いってらっしゃい」
笑顔で二人を見送ったあと、メイコはもう一度キッチンへと向かった。無論、使い魔のルカも一緒に弁当を作るのだが、そのへんはメイコのほうが器用で、卵焼き一つとっても、メイコのほうがよほどおいしそうに出来ていた。
「主、よいのですか。レンは明日にはもう、いないのですよ」
「分かっているわ。でも、今は二人でも楽しい時間を壊してあげたくないの。それに、今あくせくしたって、カイトが来るわけじゃないから、どうしようもないでしょう」
「それはそうですが、それは理論上のことでしょう?主、何か考えがあってらっしゃるのでは?」
そういったルカに、メイコは少しだけ笑って、
「どうかしらね」
と言った。その言葉に、ルカはどういいようもなかった。
甲高いチャイムが、二時間目の終わりを告げた。
それとほぼ同時に、ルカが二人の教室の前に来て、弁当を届けていった。周りの生徒からは、ルカを褒め称える言葉が飛び交っていた。
男子からは
「ルカさん、やっぱ綺麗ッス」
とか、女子からは
「ルカさん、格好いいわよね。私もあんなふうになりたいわ!」
とか言っていたりする。
すぐに帰ってしまったルカをクラスメイトたちは名残惜しそうにしていたが、すぐに立ち直って次の時間の準備を始めた。
そう長くもない廊下を突っ切って、階段を下りたらスリッパを靴に履き替えて、館にかえることが出来れば、仕事は完了。学校を出てふと上を見上げ、何か黒い影が見えた。何かを確かめようと、白い羽を羽ばたかせて飛び上がるとそれは記憶に新しい、美青年の姿がルカの美しいスカイブルーの瞳に映った。
「あなたは確か…。カイトさん?」
「おや、昨日の」
「リン様とレンの監視ですか」
「そういうわけじゃないけれど、変なことがあったら対処できるように」
そういって微笑むカイトは、とても誰かを殺したという罪の意識や悔いの念は感じられず、どちらかといえば何かを求めているような、何かが欠如しているようにも見えた。
それは監視ではないか、といおうとして、ルカは思いとどまった。
「カイトさん、そのあざは?」
みると手の甲に、何か赤黒い紋章のようなあざがみえた。
「俺の勲章、みたいな?…君は帰ったほうがいいんじゃ?めーちゃんが心配するよ。昨日の今日だしね」
「主から、私の前にいた使い魔はとても優しく賢い青年だったと聞いています。あなたをそこまで変えた要因は何でしょうか?主から大体の話は聞きましたが、たとえ信頼しあっていたとしても、たった一言で誰かをそこまで変えられるとは、私には思えませんわ」
カイトはにっこりと微笑んで、それから、
「変わるんですよ」
と、敬語で言った。
その言葉遣いの変化が、何だか気持ちが悪くて、それにいつも絶やさない優しげな作られた笑顔が、調和しているといえばしているが、なんだかどこか、違うように思えてルカは首をかしげた。
「…つまり、私に話すことなど何もない、ということでしょうか」
「簡潔にいえば、そうともいえる」
「ですが、私も聞きたいことがありますわ。貴方は、レンの姉をどうなさいましたか?」
「…どうしただろうね。君に話さなくてはいけない理由もない」
「レンの話を聞けば、貴方が手を出した所を見たわけではない。弁明しようとすらしないのは、何故?普通は誤解だとか言って、罪を晴らそうとするものじゃないかしら?」
「俺が普通じゃないからじゃない?…ヒトゴロシに普通なやつなんていないさ」
そういって不敵な笑みを浮かべたカイトはどこか寂しげにも見えた。
何も話そうとしないカイトに、ルカは仕方なく綺麗な礼をし、別れの言葉を告げてから、その場を去った。
その姿を見送り、カイトは深くため息をついて、苦笑し、小さな声で誰にも聞こえぬように呟いた。
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