6.
「お嬢様、落ち着いて下さい。敵はまだ倒れてはおりません」
感傷に浸っていた私を、グミの声が現実へと急激に引き戻す。
「なっ」
まさか。そんな声をあげてしまいそうになるのを必死にこらえて、私は慌ててベッドを見る。するとそこには、私の偽物が両手で身体をかばった体勢のままで固まっていた。
生きている。見た感じ、銃痕は変態のどこにも見当たらない。やっぱり目をつぶってしまったのがまずかったらしい。
でも、それにしても、私が銃を撃ったのは間違いない。変態にあたっていないのならば、背後の窓や初音さんの横たわるベッドにも銃痕がないのはおかしい。破壊力はデザートイーグルに劣るはいえ、それでも44マグナムは、九ミリ弾を使うベレッタM92Fと比べても口径が二.二ミリも大きいのだ。銃痕がぱっと見て気付かないほどのサイズのはずがない。見た瞬間気付くほどのすさまじい光景になっているはずなのに。それに、この銃は銃身が八インチと長い。長いということは、その分命中精度が高いということだ。たとえ外していたとしても、少なくとも視界の中には銃痕がなくてはならないはずなのに――。
「お嬢様。お嬢様の銃器の知識はさすがでございますが、持った時に気付くべきでした。S&W、M29の八インチモデルは、本物であれば銃弾を込めなくても重量が約一.四キロにもなります。お嬢様やわたくしでは狙いをつけるだけで腕の筋肉がケイレンし始めてもおかしくはありません。もちろん、反動も半端ではありませんから、そんな軽い音と衝撃であるはずがないのでございます」
グミは、全身がびしょ濡れのままのはずなのに、淡々とそう私に告げる。この銃は、偽物だと。
「――ちょっと待って。私、銃について一言でも声に出したかしら?」
44マグナムが偽物だという衝撃の事実に気をとられそうになったが、よく考えると私は銃については考えただけで、声に出して喋ってはいないはずだ。グミはなぜ……。
「お嬢様の心を読ませていただきました」
淡々と言うので、思わず信じてしまいそうになった。
「冗談です。本当はカギ括弧の外の文章、つまりは地の文を読ませていただいただけです」
「より悪いわよっ!」
このままではグミの出番は本当になくなってしまう。下手をすると一話目から書き直されてしまうかもしれない。
「――ともかく、そのM29は本物ではございません」
私は慌てて握りしめたままの44マグナムを見下ろす。そして、その銃口を見て絶句した。
「その銃はM29のレプリカとさえ言えません。モデルガンですらありません。ただのパーティーグッズなのでございます」
44マグナムの銃口からは、可愛らしい、合成ナイロンで作られた一輪の黄色い花が咲いていた。
「――ッ!」
私は思わず44マグナムを床にたたきつけ、キッと変態の方を睨み付ける。
「よくも私に恥をかかせてくれたわね」
――認めよう。それは単なる八つ当たりだった。
「グミ」
「はっ。こちらを」
後ろに手を伸ばすと、グミがすっとなにかを差し出してきた。それをつかみあげてみると、それは十字の形をした両刃の刃物、ようするに皆が普通に思い浮かべるであろう手裏剣そのものだった。なぜこんなものを持っている。
「刃は研いでおりますので、切れ味は抜群です。初音嬢にあたらないようにだけお気をつけ下さい」
今度はパーティーグッズなどではなく、完全に銃刀法違反レベルの物品だった。
「だ、そうよ。偽物さん。観念なさい。今なら命だけは助けてあげるわ」
そう言って私はその手裏剣を構える。
命だけは助けてあげるというのは、まさにものは言いようだ。さっきは思わず殺そうとしてしまったが、とことん苦しめるためには、殺してはいけない。殺してしまっては、それ以上苦しめることができないのだから。
私の姿をした変態は、形勢不利を悟ったのかなんなのか、とうとう口調を戻した。
「拙者がこの部屋に入っていたことにすぐ気付くとは、お主、なかなかやるでござるな……」
いえ、ただの偶然ですけど。
と、思わず素に戻って言いそうになって、私は慌てて口をつぐむ。
「だが、そんなものすぐ使えなくなるでござる! 忍法、木の葉隠れ!」
ござるウザイ。忍法とか恥ずかしくないのかこいつ。
――と、本気で思ったのだけれど、でも、そいつの台詞は冗談ですむものじゃなかった。
ぼふん、というちょっと間抜けな効果音とともに、どこからか大量の木の葉が撒き散らされる。
「なっ、逃げるつもりっ?」
だが、こんな木の葉なんて十数秒もあれば舞い落ちきってしまう。扉はグミが塞いでいる。変態の逃げる手段は、そいつの背中にある窓だけだ。だが、その窓も鍵がかかっている。この部屋から逃げるには、数秒のロスを覚悟で鍵を開けるか、窓を割るかだ。だけど、それをするためにこんな大げさなことをわざわざするだろうか。いや、馬鹿だからやりかねないかしら。
「させないっ!」
手裏剣を投げるのを止め、私は思いきって突進し、変態に妙な動きをさせないようにと押さえつけようとする。
「きゃーっ」
「巡音先輩!」
「おとなしくッ、捕まりなさ――」
グミの部屋で大量の木の葉が舞い散るという異常な光景の中、私の変態、そして変態に襲われかけていた初音さんがドタバタと暴れ回る。そして、変態をベッドに押さえつけたと思っていた私は、木の葉が落ちきってから相手を見て、再び絶句する。
「そんな……」
ベッドの上に、今度は初音さんが二人いた。二人とも、長い緑色のツインテールにスレンダーな肢体をしていて、さっきまでの初音さんと同じ、シャツがはだけた感じの危うい格好だった。
そんな馬鹿な。あの変態は、そもそも初めは紫とピンクの頭がおかしい装束を着ていた。その後は私と同じ制服だった。それらの衣装はいったいどこにいってしまったのだ。質量保存の法則さえもねじ曲げられるというのか。たかが変態のくせに、物理法則に反することができるというのか!
やられた……。
さっきまでは私の姿だったから、どっちが偽物なのか簡単に判別がついた。当たり前だ。私が本物だったからだ。だけど、別の人間に化けられたら、私にも見分けがつかない。本当、他のみんなや初音さんが騙されたわけだ。
「え、え、えぇ~! あたしが……二人、いる……」
「そん……な。じゃ、じゃあさっきの巡音先輩も……」
「なんてこと……」
認めがたいことだが、変態の演技は本当に上手い。どちらの台詞も、どちらの仕草も、本物の初音さんだと思ってしまうほどに違いがないのだ。
私は、押さえつけていた本物なのか偽物なのかわからない初音さんを解放する。そのままベッドから降り、グミの所まで後退する。
「二人とも、ベッドに座りなさい」
「巡音先輩!」
「あたしが本物です!」
「なによ、アンタが偽物でしょ?」
「そう言うアンタが偽物のくせに!」
若干涙目で言い合いする二人の初音さんを前に、私は頭を抱えた。
どうすればいい――?
どうすれば、あの変態を捕まえられる?
いっそのこと、二人ともまとめて拘束してしまうか……いや、私ともあろうものが、そんなことではダメだ。変質者の方は徹底的に苦しめるにしても、被害者であるはずの初音さん本人にそんなことをするわけにはいかない。
「……なるほど」
「グミ、まさかわかったの?」
ぽつりとつぶやいたグミに尋ねるが、彼女は首を横にふる。
「いえ、まだ、わかりません」
「……まだ?」
「はい。まだ、です。まだわかりませんが、見分ける方法は、発見いたしました」
「グミ、見分けられる自信があるのね?」
私の問いに、グミは静かにうなずく。彼女にそれだけの自信があるのなら、ここは彼女に任せるべきだろう。そう思って、二人の初音さんに近付くグミを止めなかった。
――が。
扉から数歩、部屋の中央まで歩くと、なにを思ったのか、グミはその場で制服のプリーツスカートを脱いだ。
いや、まあ確かに彼女の服はまだびしょ濡れのままで、この部屋に入ったのもそもそもはグミに着替えてもらうためだったんだけど、でも、なぜこのタイミングで。読者サービスにしても間が悪いことこの上ない。
「ちょ、グミ……」
スカートの下は、もちろん下着だけだ。ブラと同じ、モスグリーンの下着。上には白いシャツを着ているものの、それもびしょ濡れでブラも透けて見えている。顔を赤らめたままどこか荒い息をつき、初音さん達の方を向いてシャツのボタンを上から外していく様子なんて、規制がかかりそうなほどに危険だ。エロいにもほどがある。
「グ、グミ先輩……」
「なに、してるんですか……」
グミに負けず劣らず顔を真っ赤にしている二人は、彼女の姿に思わず両手で顔を覆う……が、二人とも、指の隙間からばっちりグミの胸元を見ていることが、扉の前で立っていた私でもはっきりわかった。
私の位置からでは、グミの背中しか見えない。だから、グミの仕草を細かく見て取れたわけではない。だけれど、彼女が荒い息をつきながらシャツのボタンを全て外し、モスグリーンのブラに包まれた、本人の主張に違わないその美乳を二人の初音さんに見せつけるようにしたのはわかった。
しかも、それだけでは足りないのか、グミはさらに両手を背中に回してブラさえ外そうとした。
いやいや、それはまずい。それ以上はさすがにまずすぎる。ピアプロから削除されても文句が言えなくなってしまう。ピアプロ利用規約の第八条にも書いてあるのだ。わいせつと判断する文章をアップロードするのは禁止だと。
と、内心ではかなり焦ったのだが、グミが両手に手を回してすぐ、それは起きた。
「ぶはぁッ!」
初音さんの片方が、盛大に鼻血を吹いた。
「……」
「……」
呆然と、というかぽかんとする私と本物の初音さん。
「お嬢様。先ほどの手錠を。あれも所詮オモチャですが、ある程度身動きを奪うことはできるでしょう」
当のグミは、なにごともなかったかのように立ち上がって、私の方を振り返る。顔が赤いのと息が荒いのは変わらないが――びしょ濡れなのだから、それは当たり前なんだけれど――さっきまでの規制がかかりそうな雰囲気は消え去っていた。よかった。これならピアプロから削除されることはないはずだ。まぁ、そもそもその問題に関しては当初から危うい所があるのは否定できないけれど。
今は祈ろう。最終話まで削除されることがありませんように――と。
「お嬢様?」
「……ああ、グミ、ごめんなさい。手錠ね、そう、手錠」
のんきに祈っている場合ではなかった。手裏剣を持っているのと反対の手に握ったままだった手錠を持って、鼻血を吹いた初音さんの偽物に近付く。どうやらあまりにも興奮したせいか、気を失っているようだった。
カチャン、と変態の後ろ手に手錠をかける。
「……これで、解決かしらね。初音さん、ごめんなさいね。私の力が足りなかったから」
未だ顔が真っ赤のままの本物の初音さんは、ぶんぶんと、ツインテールが暴れるのも構わず首を横にふる。口をパクパクと動かすが、なにを言えばいいのかわからないのだろう。結局初音さんはなにも言わないままだった。
「それにしても、グミ。よくこんな風になるなんて予想できたわね」
予測できただけならまだしも、変態に見られているとわかった上であんなことができるのだから、ずいぶん度胸がある。私だったら……初音さんには見せられても、あの変態には絶対に見られたくない。
「いえ、さすがに気絶するとまでは思いませんでしたが……」
そこまで言って、グミは声のトーンを落とす。私には聞こえるけど、初音さんには聞こえない程度の音量まで。
「例の変質者なら、ただ興奮するだけでしょう。ですが、初音嬢ならば、わたくしに胸を見せつけられたら少々ムッとするだろうと思いましたので」
「? ……なぜ?」
「あこがれの存在であるお嬢様相手ならわかりませんが、わたくし相手であれば、初音嬢はまず間違いなくわたくしに嫉妬するからです」
「どういうことかしら?」
グミの説明がいまいち要領を得なかったので、再度聞き返す。と、グミは私を見て苦笑した。
「誰よりも立派な胸をお持ちのお嬢様にはわからないかもしれませんが、胸の小さな女性は、大きくて形の美しい胸を見せつけられてもあまり嬉しくないものなのです」
「……」
グミはあいかわらず、自分の身体には自信たっぷりだった。
それはそれとして、ようやくこのお騒がせな変態を捕まえることができたのだった。
だが、それで話が収束に向かったかと言えば――そんなことがあるはずもなかった。むしろ、混迷を極めることになったのだが……。
……それだけは、私のせいではないと思いたい。
Japanese Ninja No.1 第6話 ※2次創作
第6話
当初から問題発言の多かった彼女たちですが、問題発言に関しては、今後ももうどんどんエスカレートしていきます。
そして、ピアプロの利用規約の限界とも戦っていきます。
なので、私も祈ります。どうか、無事最終話まで削除されませんように……。
てゆーかみんな自重してー。
「AROUND THUNDER」
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