「夢みることり」を挿入歌に使ってファンタジー小説を書いてみた [2]
* *
「いよっしゃ! 今日は臨時休講だな! 街に行ってもいいか、マルディン?」
「こらアーク! 不謹慎でしょ!」
憎まれ口を叩くアークを、リリスがたしなめる。
「これぞ鬼の霍乱って奴だな! いや~初めて見たけど、いい眺めだな!」
教育係に向かってとんでもない言動をここぞとばかりに放つアークだが、今朝、マルディンの不調に気づいて、強引に医者にかつぎこんだのは彼である。
街の医者のところに置いてきたマルディンにはリリスを付き添わせ、アーク自身はさっさと宿舎に戻った。
何をするかと思いきや、マルディンが帰るとベッドの布団が増量されていた。春になったので収納してあった暖房が再び発動しており、卵粥のいい香りが台所から漂ってきた。
「薬って、食後だよなー?」
帰ってきてあっけにとられた二人に、アークが奥からそう叫ぶ声がし、二人は身も世も忘れて大爆笑したものである。
「どうぞ。いってらっしゃい。私はもう十分、世話を焼いてもらいましたから」
クスクスと笑うマルディンには、アークがいまさらどんな憎まれ口を叩いても、照れ隠しに聞こえるのだろう。
「くっそ。意外で悪かったな! 弟がいるから、こういう立ち回りには慣れているんだよ!」
そう言い放ったアークに、今度はリリスが声を上げて笑う。
「マルディンさんが、弟扱い……! 」
「まぁ、実際私は末っ子ですし、あながち外れてもいないですよ」
リリスが笑い収めて涙をぬぐう。
「きっと、日ごろの疲れが出たのでしょう? ゆっくり休んでくださいね」
「これに懲りたら歳相応の手加減はしろよな!」
「アーク! では、あたしたちはこれで」
手を振るマルディンの側から、ばたばたと若者たちが離れていった。
部屋の扉が閉まると、昼の柔らかな明るさと静けさが、マルディンを包んだ。
外から、アークとリリスのはしゃぐ声と、風の音が聞こえる。
* *
「もうすぐ春の月も二つ目に入るっていうのに、ずいぶん寒いな」
「そうね……今朝になって、急に冷えたよね」
特別研修の施設は、街から離れた山の中にある。
魔法の大技を多く使うので、人気の無い場所を選んで建てたと聞いている。
ふだんは風の魔法をしたがえて一気に下るのを好むアークだが、この日はリリスと共に歩いて山のふもとの街へ向かった。
なぜだか、すぐに街についてしまうのがもったいない気がしたのだ。
「ねぇ。……今日のアーク、すごかったね」
リリスが問いかけると、アークは、真っ赤になってつぶやいた。
「なんで。あのくらい、やるだろ? 相手、病人なんだから」
ぶっきらぼうに答えるアークの手をリリスがつかんだ。思わぬリリスの行動に、アークの心臓がどきりと跳ね上がる。
「ぜったい、今、顔、赤くなっている……」
からかわれたら、どう言い訳しようと、アークはリリスの手を握り返しながら考えた。
ぎこちないのは、ちょっと寒いせいだ。そうか。これでいこう。言い訳を考え付いて一人胸をなでおろすアークに、リリスは話の続きを振った。
「ううん。あの準備の良さも、正直驚いたけど、
……一番おどろいたのは、マルディンさんの不調に、気づいたこと。
そして、医者のところまで、風の魔法できれいに飛べたことよ」
「え」
アークが振り向くと、リリスは歩く地面に目を落とした。
「あたし、今朝、マルディンさんが不調だって、気づかなかったの。
……風の魔法が、あんなふうに人を運ぶのに使えるなんて、気づかなかったの」
過ぎ去った冬、過去から不意に届けられたような冷たい風が、二人の間を掠めた。
「さっぶう!」
あっ、と思ったときには、リリスはアークに肩を抱きこまれていた。
「ちょっと! ……歩きにくいじゃない!」
「いいの! 寒いんだから!」
アークの右手がリリスの右肩を抱き込み、アークに背中を守られる形で、リリスがたららを踏みながら進む。
よろけるリリスを、アークが時々支える。
「ねぇ、アーク……」
「そうだな。リリスは気づかねぇよな」
それって、才能無いってこと。
凍りそうな唇をリリスが動かそうとしたとき、アークの胸がリリスの背と翼に、とん、と当たった。
「……だって、リリスとマルディンは、似ているんだもの」
思いもよらなかった言葉に、リリスは思わずアークを振り向く。
「リリスは、強くなりたいって思ってる。
マルディンは、今よりもっと強くなりたいと思っている。
一直線に遠いところを見ているから、一番近い、自分のことがわからなくなっていても……解っていても目をつぶって耐え抜いてしまおうなんて考えているところも、似ているんだ。
俺は、逆に、自分の近いところにしか目が行かない。
むしろ、遠くなんか、見る余裕が無い。
……その違いだと思う」
アークが、ふっと、息を吐いた。
白い。
「リリスとマルディンは、経験とか、習ったりして、風の魔法の使い方を知っている。
俺は、知らなかった。
今日だって、『われ、望むままに』なんていう単純な言葉で、風除けの結界を張りながら、同時に飛行が出来ると思ったのは、単なる思い付きだ。
『われ、望むままに』で発動する魔法がどんなものなのか、その常識自体が、俺には無かった。
だから、とっさに三人まとめて医者のところまで飛べると、思えたのかもしれない。そして、実行できたのかもしれない」
普段、暑苦しいほどにぎゃーぎゃーと騒いでいるアークが、とつとつと、言葉をならべていく。
唄えば魔法を強く発動する、その深みを持った声が、リリスの背中からしみこんでくる。
アークの、体温と鼓動と共に。
おちついたその鼓音に、ゆっくりと、リリスの体から緊張が抜けていった。
いつのまにか、自然に歩いていることに気がついた。
まるで記憶の本を読むかのように、自分の思考を考察し終えたアークは、リリスを包みながら歩調を合わせて黙って歩いていく。
「あは。ひがんでごめんね」
リリスが率直に謝ると、アークが笑った。
「それは、俺と同じだな。
俺も、うらやましかった。あんたら、魔法の詩をつくるの、上手いんだもん。
ちょっと声がいいだけじゃぜんぜん埋まらない差を、毎日見せ付けられるのって、つらいぜ?
ちっとも追いつけないのに、どんどん先に行くし。
リリスもマルディンもたくさん、いろんなことを知っているから、ずいぶん差をつけられたって思うし」
「あはは、嘘!」
「本当だって!」
アークは返す。すっかりいつのも調子だ。
「二人とも大人だしさ! いっつも俺は怒られてばっかりだし!
結構へこんでいたりするんだよ? 最初の一週間は毎晩泣いたさ」
「それはうそ臭いな~」
「うん、嘘」
ぱっとふり返ったリリスに、アークが、に、と笑った。
リリスも、ふっ、と笑う。
「行こう! アーク! 街に出たいっていったの、あなたでしょう?」
「そうだった! 週末だから日が暮れる前に着かないと、店が閉まる!」
今朝、アークが唄い、三人で風を従えて飛んだ道のりを、二人ぶんのはしゃぎ声が駆けていった。
* *
マルディンは、何度目かのまどろみからふっと意識を戻した。
熱と咳で世界が回る。しかし、温かい。
「もう、夕方も近いのですかね……」
ゆるい角度で部屋に侵入する陽の光は、限りなく春のものだが、聞こえる風の音はとうに過ぎ去った冬の音だ。
「あの二人、風邪引かないといいですけどね……」
自身のことを棚に上げて思わずつぶやいてしまった言葉に、マルディンは苦笑する。
日ごろの騒がしさが嘘のようだった。
つぶやきに風が答えたのを聞きながら、マルディンは再びまどろみに落ちていった。
* *
アークとリリスが街に着いたのは、陽もすっかり傾ききった、夕方だった。
町全体が、恐ろしいほどの橙色に染まっている。
「明日は晴れそうだね」
そう言って、リリスは、襟元を強く掻き合わせた。
陽が傾くにつれて、風はややおさまりつつあったが、気温がどんどん下降してゆく。
「いや……こういう雲に挟まれた、異様な夕焼けのときは、雪ってことも多くないか?」
言われてみれば、たしかに冬によく見た空模様のような気もする。
「よし、早く用事をすませよう」
アークが足を速め、リリスがついてゆく。
今週末の街は、春だというのに、季節はずれの冷え込みで、どこと無く道行く人もせわしなくみえる。
リリスも、急に家路が恋しくなる気がした。今の家は、山の上の研修所だ。マルディンが、待っている。
橙色の陽光にせかされるように、二人は足を速める。
やがて、ふっと、色が変わった。
陽が、落ちたのだ。
すうっと降りてくる紺色の夜の世界に、足元をすくわれるような心地になる。
「あ……あった」
アークが、目的の店を発見したのか、すっと指差した。
その指の先に、光がまたたいた。
ふっと、ふたたび空気がゆれた。
なにかの魔法かと思ったのだが、違った。
柔らかな緑色の外灯が、街に燈ったのだ。
アークの指さした看板が、ゆらりとゆらめいた。
『蛍屋』
……[3]へつづく
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