-声-
 声が――。
 何故、誰かがこうなるように仕向けたのか、ショックによる一時的なものなのか、一生戻らないものなのかもわからない。ただ、レンはその闇の中で目を覚ますことはできなかった。いや、目を覚ましたくなかった。目を開いた瞬間にこの生活が音を立てて壊れてしまいそうで、リンやランが、そしてカイトやメイコやルカまでもがレンを避け、レンを軽蔑するように離れていってしまいそうで。ただただ、怖かった。
 助けて、誰かこの闇を払って、ここから連れ出して、ここは酷く寒いよ、つらいよ、助けて、誰か。
 そう心の中で叫び続けてもなお、闇は消える気配を見せずじっと獲物がかかるのを待っているようだった。
 目を――開いても大丈夫だろうか?闇を見ても、目を合わせなければいい。恐ろしくなれば、逃げればいい、また目を瞑ればいい。ゆっくりと目を開けた。そこは闇などではなく、自分が育ったあの館の客間に居た。
(え…?)
 その館はまだ少し新しいようで、この間見たときよりも綺麗にしてあるように見え、何故か随分背が縮んだように思った。自分の姿を見て、自分はパジャマ姿でまだ幼いということがわかった。精々、十も行っていないだろうから八か九――。
 何か、その数字に引っかかるものがあった。
 九つ?それは、何の数字だっただろうか。どうしても思い出せない。
 それに、この体はどうも自分では動かせないらしい、この体の主――九つほどのレンの意思によって動いているようだ。その視覚の一部をレンが見ているのに過ぎないのだ。
 体が向いた方向に立っていたのは、とても懐かしくそしてつらい記憶をよみがえらせる、人物たちだった。
「母さん」
 と、小さなレンは言った。
 その母親の隣には父親が立っていた。二人とも無表情で、少し怖い。
「どうしたの、母さん。もう俺、眠いよ…」
 そういうレンに、母親が答えたとき、その声は耳に強く残って脳に深く焼きつくような特殊な声だった。
「眠いの?そう、すぐに眠れるわ。嫌って位ね」
「え?どういうこと?母さん?何か変だよ?かあさ…ッ」
 途中でレンの問いかけは止まった。頭を床に強く打ち付けて響くような痛みが走ったかと思うと、まだそこまで長くない首に、母親の白くてキレイな手がかかった。ドアのほうで父親が立っているのは、誰かが来たときに対処できるように、だろう。
「ほら、眠いんでしょう。ゆっくりお休みなさい。今は少し痛くてもすぐに楽になるわ」
「かあさ…っやめて…くるし…い…よ…」
 ぐっと力をこめて押し返そうとも、相手は女であろうと大人は大人、力でかなうわけがないのだ。苦しそうに顔をゆがめたレンに対して、母親はさらに強い力をその両腕にかけていく。
(ダメだ、殺しに来てる…!)
 苦痛に耐えながら、心の中で叫んでいた。――主の名を。
 今の体なら、現実の体ならばこんな筋肉すらまともにつけていないような、女相手に負けることはないのだが、この体の主はレンに精神を受け渡そうとせず、レンガ自分の中にいることすら気づいていない様子で、必死に抵抗を試みていた。
 体中の力が、すっと抜けていくような感覚がして、両手が床へと落ちた。
 それを見た母親はすこし怯えたようだったが、すぐにレンに背を向けて父の方へと駆け寄って、子供が親にご褒美を催促する様に何かを話して、時折レンのほうへ目をやっていた。どうやら、レンは死んだことになったらしい。
(冗談じゃない。何で俺がこんな場所で死ななきゃならな――)
 と――狭まっていた視界が一気に広がったかと思うと、その視界が大きく揺れ動いて、立っていた母親が大きく目を見開いてこちらを凝視したかと思うと、一瞬にしてあたりは赤黒く染まっていった。
(…ッ!)
 その瞬間に、レンは飛び起きた。
 自分がいたのは、あの館でも客間でもなければ、自分が幼くなっていることもないし、目の前に両親がたっていることもなかった。
 ただ、そこにいたのは心配そうなリンとラン、それからメイコだった。
 ランは心配そうにレンの顔を覗き込んだ。
「レン、大丈夫?うなされてたみたいだけど」
「…」
 声を出せないままでも何度か首を縦に振って見せると、ランは安心したように微笑んで、いつもの表情に戻った。
 確かに、体中が汗でぐっしょりと濡れていた。パジャマ代わりの黒いTシャツも汗だらけになって、体にぴっとりとくっついてくる感覚がする。
「何か夢でも見ていたの?レン、今日は日曜だけれど…治ってからも再発する可能性があるし…一週間は休むことになるわね」
「嘘!歌唱コンクールは?再来週の月曜日なのに!」
「無理ね。すぐに治るようならいいけれど、そのときになっても治らない可能性も…」
「!」
 腕を組んだメイコをみて、レンは驚いた。賢者と呼ばれるメイコでさえもわからないとは、一体どう言う事だろうか。いや、今はそちらよりもコンクールの方がずっと気になってしまう。
「…やっぱり、無理だよね…」
 窓の外には土砂降りの雨、その音が耳鳴りのように耳に頭に響いてくるのが、煩わしいくらいで、いっそのことその中に飛び出してどうにかなってしまいたいほどだった。
 しゅんとしたリンを見ると、リンはとても悲しそうで今にも泣き出してしまいそうに涙目だった。それに気がついたのか、メイコがそっとリンの肩に手を置いて、
「リンもランちゃんも、レンもそろそろ寝るといいわ。明日もあるし――ね?」
「うん…レン、お休み」
 あっさりとメイコの言葉に従って歩いていくリンを見ていたレンは、ぼうっとしたままでその場に座ってひざにかかったままの掛け布団をぐっと握り締めていた。

 それからどれだけの時間がたったのだろうか、ふと時計を見ると既に十二時を回っていてデジタル時計は『AM』と表示していた。
 掛け布団を放り出すとそのまま夜の公園へと走った。
 一つだけ、この症状を説明できる理由があった。
 まさかこんな時間に、とは思うがもしかしたら、ということもある。今回はもしかしたら、のほうを信じていたい。
 公園まで、ずっと走り続けて金髪も街灯に反射してずっと光が鈍くなってきてころ、レンは目当ての人影を見つけ、駆け寄っていた。
 それはレンと同じくまばゆいばかりの金髪の小年――レオンの姿に他ならなかった。
「…あれ、奇遇だね。こんな場所で遭うなんてさ。どうしたの、君も散歩?」
 そう言って微笑みかけ、近づいてくるレオンにレンは反論をしようとして声が出ないことを思い出した。きっと相手もそれに気づいていていっているのだろう事は、この状況を殆ど知らないものでもわかるであろうほどだった。
 心の中では叫んでいた。
「あの砂糖に仕掛けがあったんだろう。自分も頼んで油断させて、自分は飲まなかったんだろう、危険だとわかっていたから」
 そう、何度心で繰り返そうとも、その声は絶対に相手に届くことはなく、ただ空しく消えてゆくだけ。
 瞬間後ろから殺気に似たようなものを感じて、レンが振り返ろうと動いたときだった。体には全く痛みがないというのに、視界は落ちて身体が倒れそうになって誰か――そこにいたのはレオンだから、レオンだろう――に地面に倒れないように受け止められて、そこで意識はぷっつりと切れた。

 驚いたのは、レオンたちのほうであった。
 油断しているところを後ろから襲って、捕獲するはずが、何故か相手のほうがいきなり倒れてしまったのだから。
「レオン、その子…」
「大丈夫。ミリアム、どうってことはないだろう…」
「大丈夫じゃないわ。…ほら、凄い熱。ローラの薬の副作用とこの雨の影響ね」
「すぐに運んでやったほうが…」
「そうね。すぐにでも。ここからウチへ戻るとなると少し時間はかかるけれど、仕方ないわね」
 荒い呼吸。高くなった体温が、触れている部分から伝わってくるのがわかり、レオンどうしても急がなければいけない事情ができてしまったことになった。
 たまに苦しそうにうめき声を上げては顔をしかめ、荒い呼吸をひたすらに続けていた。呼吸の中に声と取れないこともない小さな音が混じってはいたが、今はそんなことに気を使うほど、余裕を持つことができなかった。

ライセンス

  • 非営利目的に限ります

鏡の悪魔Ⅲ 8

こんばんは、リオンです。
いままでにないくらいの遅さですが、一応8/13の分です。
んでもって、今日…8/14も投稿できるかもしれません。帰る日を間違えていたみたいです。すみません。
今日はもう眠いので、お休みしたいわけですが・・・。
今日要約!はしておかないと!
『歌唱コンは再来週月曜日』。
ですねぇ。今日の話が一目でわかる!
今回はここで、おやすみなさーい!

閲覧数:550

投稿日:2009/08/14 03:17:48

文字数:3,394文字

カテゴリ:小説

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  • リオン

    リオン

    ご意見・ご感想

    みずたまりさん
    そうですか!ストレートも良いですけど、レモンがスキですねぇ。

    あ、そうかも?がんばれ、レン。きっとカイト辺りが後ろでアフレコしてくれるはず。

    きっとレオンたちは忘れていたんですねえ。ほら、居るじゃないですか。終わったことはすぐ忘れる人。あんな感じなんです、きっと。
    副作用は強そうですよねぇ。タミ○ル?
    怖いですか…?ま、大丈夫ですよ。…多分。

    こちらこそ、毎回メッセージをアリガトウございます!

    2009/08/14 21:09:24

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