來果さんが物凄く喜んでくれて、突然の熱と動悸に翻弄されて。すっかり舞い上がってしまった僕は、自分の甘さにも不安定さにも、まったく気付いていなかった。ただひたすらに嬉しくて、甘く痺れる躰が不可解で、どきどきして。
けれど、すぐさま思い知る事になる。『マスターがいない』不安は拭われても、《ヤンデレ》という設定がキャンセルされたわけではないのだという事を。
* * * * *
【 KAosの楽園 第2楽章-002 】
* * * * *
Go○gle先生に相談を……なんて、馬鹿な事だったと気付くのに時間はかからなかった。まず検索ワードを思いつかない。何て訊けばいいんだ、『熱暴走』? そんなのパソコンかアンドロイド関係のサイトしか出てこないだろう。だからってg○o先生の質問掲示板に書き込むとかできるはずもない、恥ずかしすぎる。
とりあえず気を紛らわそうと、夕食用のレシピを検索してみた。折角ネットに繋いだんだし。
冷蔵庫の中身を確認して、僕でも作れそうで美味しそうなメニューを探しては憶え込む。來果さんはどんなのが好きなんだろう、訊いておけば良かったな、なんて考えながら。
やがて ひとまず切り上げようと顔を上げると、時計の針は午後に入った事を示していた。午前中を丸々費やしてたなんて、どれだけ夢中になってたんだ、僕。
簡単なレシピを探していたはずが、気付けば調理のコツだの 栄養バランスの計算法だのまで見て回っていた。何だか、凄く意気込んでしまっているようで気恥ずかしい。そんな大袈裟に張り切るつもりじゃなかったはずなんだけどな。
とりあえず今日のメニューを決めよう、と 改めて冷蔵庫を覗いた時、ふと頭を過ぎった事があった。
『來果さん、お昼はどうしたかな』
……たったそれだけ、本当に何気なく思っただけだったのに。
どくん、と嫌な鼓動が響いた。
(お昼御飯も誰かと一緒なのかな)
(“誰かと一緒”のご飯が美味しいって言ってたもんね)
(『誰か』だ…… 『僕』 じ ゃ な く て も 構 わ な い )
「――っ!」
吐き気に似た何かを感じて、口元を押さえてしゃがみこんだ。
ぐらぐらする頭に浮かび上がるのは、嬉しそうに、楽しそうに、笑って食事をするあのひと。
そ こ に 僕 は 居 な い 。
――厭だ。
腹の底が灼けるように強く、そう思って。
同じほど、そんな風に思ってしまう事も嫌で。
頭上で、開け放したままの扉を閉めろと冷蔵庫がアラームを鳴らし始めた。
よろよろと腕を伸ばして、何とか閉めて。それでも立ち上がる事はできなかった。
午後は恐ろしく長かった。
レシピ探しを再開してみたけれど、ただの一文字も理解できない。脳裏には笑うマスターが灼きついて――其処に僕は居ないのに――その口に入る物が僕の作る物でない事にすら、どろりとした吐き気を感じてしまう。
馬鹿げている、と理解はしている。こんな――こんな、穢れた嫉妬なんか。囚われてしまっては駄目だ。
救いを求めて辺りを見回して、異様なまでの空虚さを感じて、自分が何を探したのか気が付いた。
マスターを。あのひとの姿を、あの歌うような声を、柔らかに触れてくれる手を、僕は。
「馬鹿なこと……居ないのなんかわかってるのに」
自分の愚かしさに呆れるしかない。呟きは泣き笑いの響きを持って耳に届き、無様だな、とまた呆れた。
じりじりとしか進まない時間に疲弊した僕は、早すぎる時刻から夕食の支度を始めてしまった。冷めてしまったら美味しくないだろうから、仕上げは残しておかなくちゃいけないけど……何かしていないと時が止まってしまいそうで、怖かった。
そんなだったから、鍵を開けるガチャリという音は福音に聞こえた。何を考える暇もなく、身体が勝手に駆け出している。
「あ、ただいま カイト! お留守番ありがとう」
僕が玄関に顔を出すなり、マスターの笑顔が降ってきた。
その一瞬で、空気が融ける。焦燥も苛立ちも醜い嫉妬も、全部 何処かへ消えてしまった。嘘みたいに呼吸が楽になる。
ふにゃり、と頬が緩んだのがわかった。
「おかえりなさい。晩御飯、すぐできますよ。上手くできてるといいんですけど」
「わぁ ありがとうー! 何かなー、楽しみ」
うきうきした顔の來果さんは足取りも弾んで、本当に楽しみにしてくれているんだって解る。にこにこして話しかけてくれて、御礼まで言ってくれて。
やっぱり、思い切って言ってみて良かった。もっといろんなレシピを憶えて、難しい料理も作れるようになって、そしたらもっと喜んでくれるかな。
そうだ、お弁当の作り方も探そう。お昼だって僕が作らせてもらえばいいんだ。朝も昼も夜も、このひとが食べるものは みんな僕が――
「あっ、そうだ。ごめんカイト、ひとつ謝らなくちゃいけない事が」
――え?
急に「ごめん」なんて言われて、それまでの思考が吹き飛んでしまった。……っていうか來果さん、既に謝ってますけど。
「えっと、何でしょう?」
「いやほら、昨日アイス買ってきたじゃない? 約束してたやつ。でも帰ってきたらカイト倒れてたりで、冷凍庫に入れてそのままになっちゃって」
「……それで、『ごめん』なんですか?」
「そう、ごめんね。もー、昨夜忘れちゃったのは仕方ないにしても、朝思い出してれば お留守番中に食べてもらったのに。せめてお昼休みに思い出せ 私……!」
何やら憤っている來果さんに、僕の鼓動がまた加速する。何なんだもう、こんなアップテンポに刻まなくたっていいだろう? ほら、また耳が熱くなる。恥ずかしいじゃないか。
「ってわけだから、カイト。今日こそデザートに食べようね。初アイスだよっ」
ねっ、と笑いかけられて、熱も動悸もますます治まらなくなった。ぴくりと浮きかける腕を押さえ込む。
――抱き締めたい、なんて。そんなこと考えたら駄目だってば。
夕食は、本当にたいしたものは作れなかったけど、凄く喜んでもらえた。「ありがとう」と「美味しいよ」と「嬉しいよ」をいっぱいくれて、ずっと にこにこしていてくれた。
そしてデザートに取り出したアイスは、大振りのカップに2種類ずつ別のフレーバーが入っていて、好きなのをどうぞ、と言ってもらえたけど。
「えぇと……食べた事がないので選びようが」
「好みとかないの? チョコがいいとか、さっぱりが好きとか」
「あんまり……」
好み、なんて、考えた事もなかった。食べてみたら好き嫌いはあるのかもしれないけど、わからない。
そう言うと來果さんは口元に手を添え、ちょっと考え込む風にして、じゃあ、と微笑んだ。
「端から食べてお好みを探しましょ。それぞれの味を半分ずつ分け合うの」
それだと私もいろいろ食べられてお得な感じー、なんて悪戯っぽく言い添えて。
魅力的な提案に頷いて、並んで座る。ひとつのカップから分け合って食べたアイスは、どれも夢みたいに美味しかった。
すぐ真横、肩が触れ合うくらい近くに貴女が居て、楽しそうに笑ってくれて、アイスと貴女の甘い香りに包まれて――夢みたいに、しあわせで。今なら、時なんか幾らでも止まればいい。
止まればいいのに。
<the 2nd mov-002:Closed / Next:the 2nd mov-003>
KAosの楽園 第2楽章-002
・ヤンデレ思考なKAITO×オリジナルマスター(♀)
・アンドロイド設定(『ロボット、機械』的な扱い・描写あり)
・ストーリー連載、ややシリアス寄り?
↓後書きっぽいもの
↓
↓
* * * * *
兄さん、お留守番。なので半分以上ひとり舞台です。この話はもう仕方ないな これ。
ラブコメ仕様とヤンデレの間を行ったり来たりしています。
來果と一緒の間は平気かと見せかけ、実はそっちの方が危険な罠。でもいなければいないで やっぱり危険。
初めてのアイスなのに、あんまりアイスに拘りがないカイトでした。
好きだし嬉しいんだけど、「アイス<<<<<(越えられない壁)<<<マスター」な感じです。
*****
ブログで進捗報告してます。『KAITOful~』各話やキャラ設定なんかについても語り散らしてます
『kaitoful-bubble』→ http://kaitoful-bubble.blog.so-net.ne.jp/
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※『序奏』(序章)がありますので、未読の方は先にそちらをご覧ください
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*****
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藍流
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ご意見・ご感想
sunny_m
ご意見・ご感想
はじめまして。sunny_mといいます。
KAosの楽園をここまで読ませていただきました!
第1楽章で來果さんに恋に落ち、第二章ではカイトに恋に落ちました(笑)
だけどいまのところ、私の中ではやっぱり來果さんの方が可愛いです。
というか第2章でのカイトにハグする來果さん。罪作りな女だ!!
カイトが思い詰めてしまってもしょうがない!というか私も朝ご飯作ってあげたい!!
と、なんか、カイトにイチゴソースをかけられてしまいそうだ(苦笑)
ヤンデレ。という思い詰め系の感情は、一歩間違えると独りよがりな方向に文章も進んでしまうと思うのですが、藍流さんの文章は、そこのバランスがとても良くて好きです。
デレがあってこその、ヤンですよ!!(ヤンだけ書くとなんか中国人みたいですね)
それでは長々と、失礼しました!!
2010/09/12 16:20:23
藍流
はじめまして、コメントありがとうございます!
メインの2人に恋に落ちていただけて嬉しいです(*゜ー゜*)
來果、可愛いですか……良かった、ありがとうございます?!
カイトへのハグは絶対に入れよう(そして兄さんをあわあわさせようw)と心に決めていたシーンです。來果も元々KAITO好きな人なので、結構頑張って耐えてたんだと思いますw
「朝ご飯作ってあげたい」のお言葉、凄く嬉しいです! 來果を書く時、「思わず自分にできる事をしてあげたくなる人」を目指していたので。
カイトは危険ですね?。何せ、……って書こうとした事、まだUPしてないところの話だ; 危なくネタバレするところでした。
思い詰め系を書くの、好きなんですよね?。
一口に「ヤンデレ」と言っても、解釈は色々だと思うのです。私個人としては「思う相手を傷付けるのはNG」なラインのヤンデレが好きなので、こういう話になってます。狭間で葛藤する姿を書くのが好きで……。バランスが良いと言っていただけて安心しました。
デレは重要ですよね!(揚(ヤン)さん、確かに中国系っぽいですねw)
ご訪問と感想、ありがとうございました!
暫くはもうひとつの連載と交互に更新の予定ですが、既に第3楽章まで書き上がってコンスタントに上げていけると思うので、どうぞ続きも宜しくお願いしますm(__)m
2010/09/13 03:11:18
時給310円
ご意見・ご感想
どうも、時給です。またノコノコやって来ました。
ちょっと見ない間に投稿たくさん増えてて驚きました。驚きながら片っ端から読ませて頂きました! ←
で、思ったんですけど。
藍流さんって、実は何気にすごい小説熟練者じゃないですか?
キャラ付けとかすごいしっかりしてるし、展開も丁寧だし、違う話をそれぞれのノリできっちり書き分けてるし。
ピアプロの小説って「このキャラが好きすぎて、勢いだけでやっちゃった」みたいな話が多いので、失礼ながら最初はそういう目で見てたんですが、ここへ来て「あれ? このひと上手くね?」と思い始めまして。
え~……たいへん失礼しましたです、はい。 orz
で! カイトの内面描写が素晴らしいのは前回も申し上げましたが。
ここまで読んで、俺の中で來果さんの株が急上昇。なんだこのかわいい人。ぜひお近づきになりたいものだ。
あ、でもカイトのヤンデレが怖いか。今回の話でチラッと出てきましたが、ヤバそうだ。
僕も今、書きたい話が浮かんだのであまり来られませんが、次回もチェックさせて頂きます。頑張って下さい!
2010/09/09 21:15:34
藍流
いらっしゃいませ、熱烈歓迎ですー!
っていかん、落ち着こうと思って一晩置いたのにあんまり変わってない。戴いたコメントが嬉しすぎて、「頬が緩む」のをリアルで体験。一人にへにへするアブない人になってました;
熟練者とは、畏れ多い! 「小説の書き方」系の本を読んだ事も文芸部に入った事も無い、100%シュミの字書きです。
あ、でも期間だけは長いかも。物心ついた時から「おはなし」を考えて遊んでたので。小学校に上がって、初めて「書く」って事をしたんですが、以来……って歳がばれますねw
ただ私、凄くムラがあって、書けない時は何をどうしても書けないんですよね。今回PIAPROで『KAITOの種』という素敵アイディアに触発されるまで、実に丸7年のブランクがありました。
元々はオリジナル書きなので、キャラや設定を作るのには慣れてると言えるかもしれません。というか、設定を作るのが一番楽しいw
油断すると物凄く細かい設定ができてしまうので、逆にセーブするのが大変だったりします。來果の家族設定とかあるんですよ、絶対書けないのに。ただ無駄ではなくて、「このキャラがこう考えるのはこういう環境で育って、こういう考え方をするから」っていう、キャラの道筋をつけるのに必要な事だと思ってます。だから勝手に出てきちゃう;
で、その來果に有難いコメントを戴けて浮かれ踊っております。是非お近づきに……は、確かに危険かもしれませんね(アイスピック的な意味で)
二次小説でオリキャラを出張らせるのはどうなんだろう……と迷う部分が常にあるんですが、この話はマスターのキャラ付けなしでは動かせないので、好意的なご意見を戴けて本当に嬉しいです。
時給さんも書きたい話が浮かんだとの事なので、私も楽しみにしてます!
多分またすっ飛んでいくと思いますが、ご容赦をw
ありがとうございましたー!!
2010/09/10 16:00:53