26.
ええと、なんというか、その。
あえて結論を省くが、その後、二週間ほど寝込んだ。というか、まだ復帰してはいないのだけれど。
……。
……。
……。
……つまり、そういうことだ。
なんとなく察して欲しい。なぜ詳細を書きたくなかったのか、ということも含めて。
私の心はもう、完全にぽっきりと折れてしまった。
巡音学園内とこの椿寮内で私が持っていた権力と人望は、女帝の力によって呆気なく雲散霧消した。こうやって寝込んでいる今でも私を慕ってくれているのは、グミと初音さんくらいのものだ。今までの人望がありすぎる状況が異常だったということはもちろんあるのだが、皆の切り替えっぷりに同年代ながら年頃の女の子というのはかくも恐ろしいものなのだな、と実感した。
この二週間は、椿寮内でほとんど寝たきりみたいな生活を送っている。が、忍者るかが変装して代わりに授業に出ているらしく、私はなぜかまだ皆勤賞を取れる可能性が残っているらしい。おかげで寝込んでいることも学園長であるおばあさまには知られていない。それが私にとっていいことなのかよくないことなのか、いまいち判断がつかないのだけれど。
「お嬢様、ただいま戻りました」
学園での授業を終えたグミが、私を刺激しないようにと控えめなトーンでそう言って入ってくる。あれから二週間、グミは私につきっきりで看病というか看護というか介護というか……とにかく、身の回りの世話をしてくれている。初めのうちは何度も「そこまでしなくていい」と言ったのだが、グミがかたくなに「いいえ、これはわたくしがやりたくてやっているのですから、お嬢様は気にしないで下さいませ。……お嬢様がわたくしにされるのが嫌だ、と言うのであればやめますが」と言って聞かないので、彼女の好きにやらせることにした。授業を休んでまで私の部屋に居座ろうとした時は、さすがに怒ったが。
彼女は一旦自分の部屋に戻ったのだろう、勉強道具等は持っておらず、制服も着替えていた。ここ数日彼女はその服を着ているのだが、シンプルな長袖の黒いワンピースに、本来の用途を無視しているとしか思えないほどにフリルやレースをたっぷりとあしらった真っ白なエプロンというのは、どう考えても完全無欠にメイドである。しかも本職のメイドというよりは、どちらかというとそういったフェチ向けの喫茶店にいるほうのメイドだ。喫茶店ならメイドではなくウェイトレスではないのかと思うのだが、どうやらメイドという単語にもウェイトレスと同じような意味もあるので問題ないとかどうとかグミが言っていた。そういう細かいところは深く考えてはいけないのだろう。日本人の外来語に対する認識は、だいたいがおおざっぱというか、その単語のイメージによるところが大きい。ビアガーデンなのにビルの屋上にあったりとか、ジーンズとデニムに明確な違いがない、とかと同じか。それは違うか、たぶん。
ちなみに、このメイドモードの時のみ、彼女は黒縁のメガネをひたいに載せるのではなく、ごく普通にかけている。
「生徒会長もお嬢様のことを心配していらっしゃいましたよ」
「……え、どうしてかしら?」
グミの言葉に、私は素朴な疑問を抱いて聞き返した。
グミは怪訝そうな、困ったような顔をする。
「どうして、と申されましても……」
「学校には私の代わりにるかが行っているから、会長――カイトさんには普段どうり私は学園に出てきているように見えるのではないかしら……?」
そう、私はあれからずっとこの部屋で寝込んでいるが、授業にはるかが出ているのだ。グミから聞いた話では、控えめになり、言葉少なになった以外は本当に私そっくりらしく――その変化は、どちらかと言えば女帝による私の権力と人望の消失に伴うものなので、ようするにるかの演技は私と寸分違わないということだ――カイトさんには私は普段となにも変わらないように見えているはずである。というか、そう見えていなければおかしい。グミが話しているのであれば別だが、わざわざそのようなことをグミがカイトさんに話すとは思えない。
そう思ったのだが、私の疑問に、グミは「あーそっかー」というような、微妙な苦笑を返してきた。
「そう――でしたね。お嬢様はお知りになっていらっしゃらないのでした」
「……なにがかしら?」
グミはかぶりを振る。
「なんでもございません」
「そんな風に言われると、余計に気になるわよ」
「あー、えーと、そのですね。椿寮女子棟内に変質者が現れたことは学園内でも少々話題に上がりまして。それを小耳に挟んだ会長が心配なさっていたということです」
「……? ふうん、そうなの」
グミの言葉はよく考えるといまいち意味がわからないような気がしたが、いまいち気力もなかったので深く考えることはしなかった。まぁ、グミがそうだというのならそうなのだろう。
そういえば、あの夜以降、この椿寮女子棟に裸マフラーは現れていない。なぜ出てこないのかはわからないが、おそらく女帝を恐れてのことではないだろうか。女帝が現れてからは、なぜかあの変態は女帝のいいなりだったような気がするし。戦闘の決着がついてからも、あの変態は女帝の指示に従って私にうわいやなことおもいだしてしまったおもいだしたくないあれはただのあくむでほんとうはわたしはなにもされていないのよあれがほんとうだったらもうわたしはおよめにいけないもうたちなおれないあれはちがうほんとうじゃないわたしはわたしはなにもなにもなにもなにもされていないいないいないゆめゆめゆめ――。
「お嬢様ッ! お気を確かにお持ちください!」
気づくと、私はグミに抱きしめられていた。彼女の豊かな胸元に、私の顔は押しつぶされていた。よくわからないが、私はがくがくと震えていたらしい。
ああ、恐ろしい。恐ろしかった。
「お嬢様、落ち着いて下さいませ。かの変質者はもうおりません。この部屋にはわたくしとお嬢様の二人だけにございます」
グミに抱きしめられたまましばらくしていると落ち着いてきて、震えもおさまった。
「……はぁ、とんだ災難ね……」
しばらくして、私はぽつりとつぶやく。グミは再度私を抱きしめると、一度談話室に行き、給湯器のお湯で紅茶を入れてきてくれた。
その紅茶を飲みながら二人でゆったりとしていると、外の廊下がばたばたとにわかに騒がしくなってくる。その音の主も、毎日のように私の部屋に訪れてくるので、いつものことである。
グミとは違い、こちらを気遣うふしがないとしか思えない勢いで扉がばーんと開いて、二人が入ってくる。
「巡音先輩!」
「御館様!」
「……」
「お二人とも。この二週間、毎日かかさず言っていると思うのですが、お嬢様の体調を考えて、静かに入室するように」
くいっと黒縁メガネの位置を整え、グミが入ってきた二人を鋭い視線で射貫く。射貫かれた二人は入ってきた途端に縮こまって頭を下げる。
「あ……あの、グミ先輩、ごめんなさい……」
「申し訳ないでござる……」
「謝るのは、わたくしではなくお嬢様に対して謝って下さい。これも何度も言っていますが」
「ごめんなさい、巡音先輩……」
「御館様、申し訳ないでござる……」
グミの追撃に、二人はさらに小さくなって謝る。この二週間、二人――初音さんと忍者るかが来る時は毎回ここまではパターン化した流れになっている。二人は本気で覚えていないのか、それともこのパターンをやるためにわざとしているのではないかと、最近ではそう思うようになってきた。
「それはそうと御館様! このまま天下が取れないようでは、困ったことになるでござる!」
「……?」
どこか切羽詰まったようにそういう忍者るかに、私は首をかしげる。女帝がいる以上、私がこの学園の天下を取るのは事実上不可能である。今までできたことができなくなってしまったという点については、確かに困ったことではあるが、それについてはもうどうしようもないことなので、あきらめるしかないのだ。だが、忍者るかがそのことを指して「困ったことになる」と言っているとは思えない。いったいなんなのだろうか。
「御館様が天下を取れないままでは、読者に『歌詞と違う』などと言われかねないでござる。それだけならまだしも『原曲を侮辱している』などと、いわれのないそしりを受ける可能性すらあるのでござる! そもそも御館様がジャパニーズ・ゲイシャではないことも問題でござるし、拙者がナンバーワンではない時点で原曲の原型など――」
「るか、ちょっと黙って」
「御館様、しかし……」
「黙って」
「お嬢様の命令が聞けないのですか?」
「む、むうぅ」
私とグミにたたみかけられて、るかは渋々黙る。だが、その顔はすごく不満そうだ。不満そうな顔をされても困る。
「……」
「……」
「……はぁ」
「……あの、巡音先輩、歌詞がどうとか、原曲がどうとか、どういう意味ですか?」
「初音さん、貴女はそんなこと気にしなくていいの」
「そう……なんですか?」
初音さんはきょとんとしている。状況を理解していないだけに、彼女への説明は難しい。難しいからあきらめることにした。
「ええ。気にしないで。お願いだから」
「わ、わかりました……」
原曲……。そんなものもあったような気もする。確かに、忍者るかの言う通りこれでは原曲もあったものではないのかもしれない。作曲者様に怒られても文句は言えない。この場で、マスターに代わってお詫びいたします。申し訳ありませんでした。ぺこり。
「お嬢様、なにに向かって頭を下げているのでございますか?」
「……なんでもないわ」
「そうでございますか」
「ええ」
まぁ、正直なんだかよくわからないが、このままいろいろと思い悩むのも疲れてしまった。
「……。明日からは、登校しようかしら」
「……お嬢様!」
「……御館様!」
「……巡音先輩!」
ぽつりとつぶやいた言葉に、三人が驚愕する。
「そんな、まだ無理しない方がいいですよ!」
「そうでござる! もう少し安静にしていた方がいいでござるよ」
「わたくしもそう思います。……明日は休みですし」
グミの言葉に、私はぽかんとする。
「あれ、明日って祝日だったかしら」
正直に言って長く休みすぎて曜日の感覚がなくなりかけていたのだが、今日は確か休日明けの四日目だったはずである。平日が五日あるはずなので、明日も平日のはずだが……。
「いえ、月曜、火曜、水曜の次は金曜なので、明日は土曜日で休みです」
「……」
「……」
「……」
ああ、そうか。
私は思い出した。
グミは当初より原曲の忠実さを重視していた。彼女の言う通りだ。原曲に木曜日はなかった。最後の最後まで律儀なことだ。
私は苦笑する。
なんだかいろいろ、肩の荷が下りたような気もする。グミが隣にいてよかった。初音さんと忍者るかは……いて助かったかどうかは微妙なところだが。
ともかく、仕切り直して来週からは学園に登校しよう。
またなにか大変なことはあるだろうが、なんとかなるだろう。
原曲さえあれば。たぶん。
Japanese Ninja No.1 第26話 ※2次創作
第二十六話
最終話です。
更新が遅くなってすみません。しかもまだ過去作の入れ替えもできてません。
そして原作者様すみません。いろいろと取り入れられなかった要素が多すぎて……。
ともかく、なにかといろいろぎりぎりな表現がありましたが、削除されなくてよかったと思います。
前のバージョンにおまけがあります。カイメイ好きにどうぞ。
次回作の予定は今のところありませんが、また気が向いたら載せると思います。その際はまたおつきあい下されば幸いです。
それではまた。
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