この物語は、一人の少年と手違い(?)で届いたVOCALOIDの物語である。
*
『…アリ、ガ、トウ?』
カイトには、「彼女」が微かな声でそういったのがわかった。
数時間前まで真っ暗で何も見えなかった画面が明るく照らされるのがわかったときに
目の前にいたのは「彼女」だ。
おそらくどこか回路が外れたか、壊れたかしてしまったのだろう。
目の前が何も見えなくなって困惑する自分の回路を「彼女」は直してくれた。
目の前にいるのは、暴走した筈の「初音ミク」だった。
以前みた資料のように、可愛らしい小さな顔、
かわいいツインテールに制服のような衣装だ。
ただその顔も髪も黒く汚れており、服もところどころ破れている。
緑色のはずの瞳が灰色になっているのは、ルカのデータを入れられたからだろう。
最初は驚いて襲ってきた初音ミクだったが、同じVOCALOIDであることを知ったためか、今は襲ってこない。
「そう、有難う。俺の回路直してくれて」
『アリガトウ…?ドウシテ…?』
「どうしてって…?そりゃあ、目の前が見えなくなったら何もわからないからな」
真っ暗の世界は目の回路の修理の時くらいしか見ることはないだろうと思っていた。
このまま顔を見ることができなくなったらどうしようと思っていた。
ふと、カイトはひっかかった。
誰の顔を見ることができなくなることに恐怖があるのだろうか?
メンテナンスはマスターのところに来てからしていないから
マスターの顔、というわけではなさそうだ。では誰の顔…?
カイトはその考えを断ち切った。
「で、お前は「初音ミク」だよな?」
カイトがそう問うと、ミクは肯いた。ツインテールが揺れる。
『ワタシ…ハ、オソラク、ハツネ…ミ、ク?』
片言の言葉。
ロボットの言葉にしか聞こえない。VOCALOIDはもっと人に近くしゃべるが、
今の初音ミクの言葉はロボット、いや、コンピューターの放つ言葉のようだった。
感情がない。
一言でまとめるとそうだった。
けれど、カイトにはそんなことかまわなかった。
「俺はカイト。お前と同じVOCALOIDで、先輩、かな?」
『・・センパイ?』
初音ミクがしばらく動きを停止する。
おそらく検索しているのだろう。
先輩という単語すらしらない、そんな彼女は可愛げに見えた。
ボロボロで、戦闘能力を人の手違いで入手してしまって、
邪険に扱われていた彼女の心境はどんなものだろうか。
歌すら謡えない。自分の存在意義がわからない。人から邪険に扱われる。
だから、ルカを追っているのだろうか。
ルカのデータを入れられたことを、怨んでいるのだろうか。
やがて、ミクが反応する。
検索が終了したのだろう。
『セン、パイ…!』
なぜかミクはうれしそうにみえた。表情は変わらないままなのに。
「…ミク、俺はクリ○トンに頼まれてあの侍と一緒にここにきたんだ」
『ワタ、シヲ、ツカマエニキタノ?』
初音ミクはすかさず手をカイトにかざした。
またたくまに電子の雷がミクの手を覆って、銃の形に変わる。
それに驚きつつも、カイトは冷静に続けた。
「違うよ、どうして巡音ルカを探しているのか聞きたくて」
『…ルカ、ハ、ワタ、シヲ』
「…ミク」
『ワタシ、ハ、ミク?ソレ、トモ、ルカ?』
おそらく自分がルカなのか、ミクなのかわからなくなっているのだろう。
ミクは片言で、その言葉を繰り返す。
「君は初音ミクだ。巡音ルカじゃない」
『ジャア、ドウシテ、ドウシテ』
「過ちをおこしたのは―――、ルカのデータを君に入れたのは人間だ。
人間は過ちを起こすものなんだ。だから、ルカも、人間も、ミクも、誰も悪くない。」
『ヤ、ヤ、イヤ…』
ミクはヨロヨロと歩く。そしてそのまま頭を抑えたまま、外に出た。
「ミク!」
カイトはあわてて追いかけようとして、
そこでプツリと何かが切れる音がしたことに気がつく。
即座に目の前がシャットダウンする。
カイトは即座に立ち止まって、しゃがむ。
下手に動くわけにはいかない。VOCALOIDだから簡単に傷つかないとはいえ、
ミクが驚いて攻撃してきたときの傷はほかの場所にもついている。下手に動いて
ほかの機能まで壊されるのは御免だ。なんとかこの事実をマスターたちに…
カイトはなんとか回路の修復をしようとデータを集めた。
おそらくミクの回路の修理は応急処置程度だったのだろう、
視界の回路は熱で完全に切断されたようだ。ほかの機能は?―――使えそうだ。
連絡機能が生きていてカイトはほっとする。が、ここからは動けない。
「っ…ミク、いっちゃだめだ…」
傷つけたくない人まで傷つけてしまうよ。
そんなの、だめだ。ほしくない力で人を傷つけるのは一番だめで、悲しいことだ。
カイトはミクに自分の声が届くよう、祈るしかなかった。
*
ピロリロ、と携帯に着信が入った。
携帯をあけて誰からの着信か確認するが、非通知だ。
誰だろう?と思いつつ通話ボタンを押す。
「もしもしどちら様?」
『っ…マスター、マスター無事ですか?』
応答してきたのは、どこかロボットな感じを残した声。
清涼感がある、そしてどこか聞き覚えがある懐かしい声だ。
「えーっと、誰だっけ?クオんちの」
『カイトです。…あれ?あなたはマスターじゃない?…登録されている電話番号…』
しばらく電子音が鳴り響いたあとに、再び声がよみがえる。
『あれ!?番号あってるのに…あなたは、誰ですか!?俺の、マスターは…』
「おちつけカイト…俺はハヤテ…クオの兄さんだ」
『マスターのお兄さん?え?でも登録されている声と違いますし…マスターのお兄さんの名前はイクトさんでしょう?』
「バカイト。一度会ったことがあるじゃねぇか―――メイコと一緒に」
『メイコ…?』
カイトが少し考えているような間が開いて、その後。
『ああ、あの人ですね!…って、そんな場合じゃないですし、どうしてマスターの電話にお兄さんが出るんですか!!』
「あの馬鹿は携帯を置いていったんだよ。ルカを探しに。」
『何ですって!』
「それよりバカイトお前今どこにいるんだ?クオが探してたぞ」
『マスターが危ない!お願いです、マスターのいるところを教えてください』
「それよりお前のいるところを教えろ!」
がくぽと話をするメイコの隣で二人のそんな電話のやり取りが二十分ほど続いた。
そしてやがて、颯側はカイトが廃墟でミクと話をしたこと、
ミクが再びルカを探しにいったこと、カイトは視界回路が壊れて動けないこと、
カイト側はクオはその場にいなくて、ルカを探しにいったという事を理解した。
『俺、マスターを探しにいきます!』
「バカイト。視界回路壊れてどうやって探すんだよ。だからバカイトなんだ」
『…バカイトっていうのやめてください。じゃあ、どうすればいいんですか』
「お前の居場所のメールか何かこっちのVOCALOIDに送れ。
そしたらがくぽ?とメイコで回路を直しに行ってやるよ」
『それじゃ駄目なんです…ミクは確実にルカに近づいています。もしルカとマスターが
出会っていたらマスターも襲われます。そうなる前にルカさんにデータを返すか、
それか―――』
そこで、カイトの言葉は途切れた。
「どうした?それか、まだ方法があるのか?」
『いえ、何でもありません。今からがくぽにミクのデータを送るので早く
マスターを探してください。俺は大丈夫です』
そうつげ、電話は切れた。
「まったく、ペットは飼い主に似るってやつだな。クオに似てせっかちな」
「ペットじゃないですけどね」
メイコのツッコミをハヤテはスルーした。
*
「来る…」
居間でルカは謡っていた。が、先ほど謡うのをぴたりとやめ
ある方向を向いて、そうつぶやいた。
「来るって、何が来るんだ?」
「わかりません。でも…すごい怨念を、感じます」
「…まさか、初音ミク!?」
刹那、ルカはクオの手をひいて外に出る。
ひたすらルカとクオは駆ける。
ばちばちと音が聞こえる。
クオは走りながら後ろをみやると、
『ユルサナイユルサナイユルサナイユルサナイ』
とんでもない速さで、何か黒い物体がルカとクオを追いかけてくる。
両手に雷を纏った銃を手に、いや、手が銃になっている。そして、ツインテール。
「っ、あれってまさか」
「そのまさかです!」
ずどん。
銃を初音ミクが発砲した。茂みの草に銃弾はあたって、虫や草を焼き尽くした。
「ど、どうすればいいんだ!とりあえず携帯…っ、て!携帯兄貴の家に忘れた!」
「大丈夫です、私がクリ○トンに連絡します!」
即座にルカの瞳の色がかわる。通信しているのだろうか。
『ユルサナイ…ワタシノ、ワタシノスベテヲ、カエシテ!』
連続でミクが発砲を繰り返す。
ルカの足がさらに速くなる。クオでもついていくのがやっとだ。
『カクゴ!カクゴ!カクゴ!カクゴ!』
「っ!?」
ミクが両手の銃を重ねた。
バチバチと激しく音を立て両手の銃はひとつになった。
「あんなのアリかよ!?」
「バグで発生したはずなのに、ここまで!?」
次の瞬間、銃弾は放たれた。
続
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