「団長殿」
城内を歩いている最中、声をかけられた。
「なんでしょうか、大臣」
振り返り居住まいを正す。私以上に疲れた表情で大臣は口を開いた。
「陛下のご様子は如何か」
「相変わらずです」
「そうか…」
ふう、と大臣は溜息をついた。
「…陛下は変わってしまわれた。昔の優しさなど微塵も感じられぬ」
「……大臣。誰が聞いているかわかりません、言葉を慎んでください」
敢えて諫める。再び溜息をついて、大臣は窓の外を見た。私もつられて外を見る。
「…これ以上の戦は無意味。そう思わぬか」
「……」
「連日の戦に兵も疲れきっておる。重税に民は苦しみ、この寒さに大勢の死者が出ている」
「………」
私は沈黙を保つ。首を振って、大臣は呟いた。
「全てはあの女が来てからだ。あの女が来てから、陛下は変わってしまった」
「大臣」
先程よりも強い声で呼ぶ。大臣はこちらに向き直った。
「私はこれから王に会う。戦を止めるよう説得するつもりだ」
「…何故私に?」
それを伝えるのか。
「お主は陛下に唯一信頼を置かれている。お主の言葉なら、聞くかも知れぬ」
「………」
「私が説得に失敗した時は、お主が王を説得してくれ」
「…努力しましょう」
私の言葉に大臣は「感謝する」と頭を下げた。
「では」
「御武運を」
互いに一礼して、私達は歩き出した。
翌日、大臣が死刑となった。
#
連戦は降り積もった雪を紅く染めていく。
敵も味方も関係なく、骸となり果てていく。
「陛下、しばしお暇をください」
玉座の間で私は跪き、陛下に進言した。
「連戦に次ぐ連戦で兵達は疲れております。魔道具の開発にも時間がかかりますし、何より民の生活に支障が出ています。しばらくの間休戦を――」
「却下する」
即答された言葉に、私は俯けていた顔を上げた。
「しかし陛下!このままでは兵達も倒れてしまいます!」
「ならばまた新たに徴兵すればいい」
「な…っ?!」
言葉を失う私をよそに、大きく陛下は溜息をついて立ち上がった。
「用はそれだけか。なら私はこれで――」
「陛下!お待ちください!」
立ち上がり、私は陛下の腕を掴んだ。
「しつこい!」
予想以上に強い力で振り払われ、私は倒れる。
「時間がないんだ!」
まるで何かが決壊したかのように、陛下は叫ぶ。
「彼女の時間はあと少ししかない!一刻も早く延命の術を見つけないと、彼女は助からないんだ!」
美しく纏められていた髪を振り乱して、陛下は叫び続ける。私は呆然とそれを見ているしかない。
「その為なら手段など問わない!恨まれようが憎まれようが構わない!邪魔をしようものなら容赦しない!」
………これは、本当にあの陛下なのだろうか?
明るくて、どんな身分の者にも優しく接してくれていた、あの陛下なのだろうか?
…今目の前に立っている人は、本当に、私の愛した人?
「………」
叫び終わると、陛下は黙り込んだ。肩で息を整えると、私を睨む。
「…2日後、出立しろ。次は南の国境だ」
「……」
「返事は」
私は再び跪いた。どうしようもない悲しさと、悔しさと、憎しみを隠したまま。
「……承りました、我が主」
#
陛下に抱いた想いを自覚したのは、初めての戦から帰ってきた時。陛下と少女が一緒にいる姿を見た瞬間だった。少女の歌を、陛下は嬉しそうに、楽しそうに聴いていた。その表情は、決して私に見せたことはないもので。
………いっそのこと気付かなければよかったのにと、今でも思う。
兵達に命令を下した後、部屋に戻った。執務室を通り過ぎ、私室に入る。窓際にある机の、鍵をかけた引き出しを開けると、あの日夫婦の家から持ち出した紙を取り出した。立場上魔術関係も学んだため、そこに記されている呪文の意味は分かる。持ち帰ったことは誰にも言っていない。陛下にさえも。
「………」
この程度の呪文なら、私のような魔力の少ない人間でも唱えられる。おそらくこれは、陛下が作らせようとした兵器の一つ。これならば、剣を振る力もない老人も、女子どもも扱える。
だからこそ陛下には言えない。今の陛下にこれを伝えれば、魔力を持つ者全員が徴兵される。そうなれば、どれだけ犠牲者が出るかも分からない。
「………」
先程の陛下の姿を思い出して、背筋が震えた。ひどく憔悴し痩せた顔。くすんだ若草色の髪。氷よりも冷たい瞳。
ああなってしまったのは何故だ。
ああなってしまったのは誰のせいだ。
「決まっている」
呟いた、その声は自分でも驚くほど冷たいものだった。
そんなことは決まっている。
あの少女のせいだ。
血塗れた世界を知らずに陛下の傍で笑う、あの女のせいだ。
あの女さえ現れなければ、陛下は今もきっと笑っていた。
民に、私に、笑いかけてくれていた。
そうなっていたら、私はこの想いに気付いてしまってもこんなに苦しくならなかったのに。
たとえ好意をもたれなくても、笑いかけてくれさえすれば幸せだったのに。
あの女さえ、いなければ
「 、 ?」
ダンッ!と紙を机に叩きつけた。じんわりと掌が痛む。そのまま紙を握りつぶした。
今、私は何を言った?
鼓動が早い。どくんどくんと脈打つ胸元を握り締めて、私は大きく深呼吸した。自分に言い聞かすように、声に出さずに呟く。
彼女の病を治せば、昔の陛下に戻ってくれる。
また私にも笑いかけてくれる。
「………」
ぐしゃぐしゃになった紙を捨てようとして、手が止まった。しばらく悩んでまた引き出しに戻す。
何故だかひどく疲れた気がした。
或る詩謡い人形の記録『雪菫の少女』第四章
ちょっと長くなってしまったかもしれません。
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