「……私が、ムーンリット・アート」
待て待て、初音。お前はいったい何を言っているんだ。
「解らないならそれでいいわ。……記憶さえ戻れば、いいんだから」
「ミク姉さん、これを」
気付くとグミは目を覚まして、初音の隣に立っていた。何かを持っていたのだが……果たしてそれはなんだろう?
「……なになに。暗号かしら?」
初音の言葉に僕は初音の持っている紙を見た。そこにはこう書かれていた。
『あなたはわたしをしっている
ルールにしたがうなのもとに
わたしはあなたをしっている
でんしはいちからやりなおせ』
そして――そこには分数と思われる三つの数字が書かれていた。
『5/4』、『3/5』、そして『17/5』。
「……なんだこりゃ?」
思わず僕はそんなことを言ってしまった。
≪【リレー】僕と彼女の不思議な夏休み 5≫
「私たちに対する暗号って訳ね……」
初音はなんだか本気だ。僕も何かしなくては……と辺りを見渡す。しかしここはただの理科実験室。元素周期表と、たくさんの薬品と、それに光電効果を記したポスターとかが貼られているくらいだ。ああ、忘れていた。理科年表十年分とかあるかな。ここの担当が見た目ゴスロリ中学生なんだけどすっごい博識だったりする。なんなんだろうあの人。訊ねてみたいけどヤンデレとの噂なのであまり関わりたくないのが本音だ。
「……果たして、どう解けばいいんだか……」
初音が紙を教壇に置いて、チョークを手にもった。当たり前だけど、完全に夏期講習など最早関係ない。
そして、初音が描いたのは暗号文に書かれていた三つの分数数字だった。
「こう見ると、5/4だけ分母が5じゃないから気持ち悪いわね。一度通分しちゃえ」
そう言って初音はさらさらとその下に別の分数を書いていく。
『25/20』、『12/20』、『68/20』。
……試しに通分したわけだが、それでも解らない。
「うーん……」
初音の隣にグミがやってきて、初音が見ていた紙を取り上げた。
「やっぱりその前の文が気になりませんか。どうして、ひらがななのか」
確かに、文の殆どはひらがなで、漢字が用いられていない。そこが読みづらいポイントでもあるし、解きづらいポイントでもある。
「漢字に書き直しちゃいますか」
グミの鶴の一声で初音が黒板にさらに字を書いていく。
そこには、あの問題文を漢字に換字した文があった。
『貴方は私を知っている
ルールに従う名の下に
私は貴方を知っている
電子は一からやり直せ』
「……まさか漢字に直しても一列の文字数が一致するとは……」
いや、そこ今関係ないでしょ?!
グミなんでそこに突っ込むの!
「……待った」
そこで初音の待ったコール。なんだ、まだボケたいか。
「違う。こんな日本語文はおかしい」
そう言って、初音はある箇所をラーフル――黒板消しのことだ――で消して、またチョークで書き直した。
「電子配置からやり直せ……これよ! これだわ!」
自分で騒がれても困る。
さて、初音が直したのはどこかと言うと。
『電子は一からやり直せ』の『電子は一』だ。
そこを『電子配置』になおした。果たして、これが指すものとは?
「つまり……」
初音は後ろにある――周期表を指差した。
「周期表、よ」
**
それからは簡単だった。
分子を周期表の横、分母を周期表の縦に見立てることでその分数自体をひとつの元素と見立てることができる。
そこから生み出される三つの元素記号は……。
「5/4……バナジウムの『V』」
「次は3/5……イットリウムの『Y』」
「そして最後は17/5……ヨウ素の……!」
最後の答えを言おうとしたそのとき、勢い良く扉が開け放たれた。
「……やはり、出てきたわね」
まるでそこから来るのを知っていたかのように、初音は笑って言った。
果たして――ドアからやってくる人間は誰なんだろうか。
つづく。
【リレー】僕と彼女の不思議な夏休み 5
長いです。
ちなみにヨウ素の元素記号は『I』です。これを数字に見立てれば……。
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