お前何してたんだよ。こんなに待たせやがって。
――ごめんって。ちょっと、来る途中で花野井に会って。
はあ? ……へーえ。先に約束した俺をほっといて女か。そうかそうか。
――最後まで聞けって。なんか、花野井、変な男に絡まれてて。それで、ヤバそうだったから追い払ったんだよ。しょうがないだろ。
そういうことか。まぁ、そういうことならいいけど……それでもおせぇだろ。何かしてたのか?
――いくら花野井でも、あんな変態に捕まってたから応えたみたいで。少し落ち着くまで一緒にいた。
ほー、これはフラグかな? 朴念仁のお前にもとうとう春か。
――そんなんじゃない。
んー……まぁ、とりま入れ。
――ん。
本音を言えば、もっと片っ端から引っくり返して本人にも勘付かせたかった。
でも。こいつがこんなに人の名前を連呼するところは見たところが無くて。
何年経っても変わらない、つまらねー奴だと思っていたが。年中冬眠が通常運転のこいつに春が来るとでもいうのか。
これは、下手に刺激しない方が楽しそうだよな。
【クオミク】浅葱色に出会う春 6【オリジナル長編】
ゴールデンウィーク明け。
休みの内に中間テストの勉強を始めろ、なんて先生は言っていたが誰がその言葉を聞くだろうか。たとえ比較的頭の良い人たちが集まってるとはいっても、所詮遊びたい盛りの高校生。皆宿題だけはかろうじて片付けて、後は遊びほうけたと思う。私も例外じゃない。
しかし、もう1ヶ月弱でテストがやってくるのは事実。学級委員の私は自動的に、学年の運営も努める学年企画委員という名前のついた役割でもあるわけで。
学年企画委員会と呼ばれるそれのリーダーは、もう驚くことも無いが久宮くんが担当している。私は書記の1人。何なのだろう。その内生徒会長にまで伸し上がって、この学校を牛耳るつもりでもいるのだろうか。私の中では彼の裏のキャラが“腹黒”で固まり始めている。彼の名誉のためにも言っておくが、想像、もとい妄想の域でしかない。
そうそう。その学年企画で、初めてのテストに向けて何か取り組みは出来ないかということになったのだ。提案者は先生。
さすがに好きでこの学校に入ったんだから、皆、試験週間ぐらいは勉強するでしょ……と言いたいが言い出せない雰囲気のまま。とりあえず取り組み案を出し合って解散したのが今日の放課後のこと。ついさっきだ。
もう少し帰りは遅くなるかと思っていたが。そこは、さすが各中学校でもリーダー的なポジションにいた人たちが集まっているだけではある。ありがちながらも案はぽんぽん出て、また後日集まって決定しようということになった。
明日にある教育委員会の集まりの準備が……と担当の先生は早々に教室を後にした。私達も雑談をしつつ帰りの支度を始める。
あぁ、帰りの方向同じ子いないかも。内心しょんぼりしながら、案を書き留めていた紙をファイルにしまう。今日はさすがに宿題も多くないし、ゆっくり寄り道でもしながら帰ろうかな。
「ごめん、花野井さん」
「……ん、あっ、何?」
ぽーっとしながら手を動かしていると、資料を持った久宮くんに声をかけられた。教室を出ていこうとしていた女子数名と目が合う。他の子たち程の露骨な視線は投げられないものの、曖昧な笑みを返すことしか出来ない。
「話し合いのメモ貸してくれる? 先生に確認したいことあったんだけど、さっさと行っちゃったからさ」
「ああ、これね」
今さっきしまったばかりの紙を取り出して彼に渡すと、それにさっと軽く目を通す。下の方ちょっと走り書きで読みにくいかもな。
「これ持って先生の所行ってくるけど、花野井さんに返した方いいよね。なんなら一緒に来てくれる?」
「え? 一緒にって……」
別に、紙はあとで返してもらっても大丈夫だ。久宮くんに限って人に無駄な事はさせないと思うのだけれど。そこまで考え、宙に浮かばせた視線を彼に向けた。彼は、ん? とでも言いたげに眉をきゅっと上げた。――ああ、そういうことなのかな? 目だけで教室を見渡し、ほとんど人がいないことを確認して頷いた。
「うん、わかった。すぐ終わるでしょ?」
「ありがとう。あぁ、鞄も持ってけばいいよ」
「うん」
リュックを背負い、2人で廊下に出る。また私の書いたプリントに目を通す……ふりをしているのだろう久宮くんに、本題であろう事をこちらから尋ねた。
「未玖緒くんから話聞いたのかな?」
「やっぱわかってた?」
放課後の廊下にほとんど人は見当たらない。体がいつもと違ってちくちくしないのは、それしか理由がない。
でなければ、久宮くんの方から必要も無いのに私を誘ったりしないのだ。久宮くんにも知られることにはなるだろうな、とは思っていたけれど、関係の無い彼にまで心配をかけてしまったようでさすがに申し訳なくなる。
「クオ、ちょっと気に掛けてたみたいだからさ。……俺としてはそういうあいつの方が珍しいんだけどね。花野井さんも大丈夫かなって思って」
「心配してくれてありがと。でも未玖緒くんに助けてもらえたし、何よりゆっくりお話できたから。むしろいい事の方が多かったよ?」
「そう……? 前向きなのはいいけど気をつけるんだよ。声かけられやすいんだろうし」
「そうでもないよー」
もう1度お礼を言うと、久宮くんはぱっちりした目を細めて口元を和らげた。緑色の、若草色の瞳が光る。その表情があの時の、未玖緒くんの微笑んだ表情と重なった。正反対の2人だけど、いつも一緒に居ると似る部分も出てくるのだろう。柔らかく笑ったその顔だけはそっくりだと思った。
それに。彼が何気なく呟いた『珍しい』という言葉が胸の奥で響いて止まなかった。
やっぱりそうだよね。学校生活じゃ滅多に触れられないであろう、荒い口調にふにゃふにゃした笑顔、不安げに淀む瞳。久宮くん以外じゃ私しか見たこと無い――というのは自意識過剰かもしれないけど、レアなものだけに相当興奮した私がいた。今もほら、ドキドキしてしまう。
……思い返すと、認めたくないけどかなり変態じみた事考えてたな。私。
「花野井さん? 入るよ」
「あ、うんっ」
幼い子供のようにあんなに心を躍らせてしまったことが今更恥ずかしくて、自分自身にぐちぐち言い訳をしているともう職員室に着いてしまったようだ。今来た道もよく覚えていないぐらい、心の中の独り言が大きく多かったのは突っ込まないでほしい。1人っ子なので妄想癖はちょっと強いのだ。
何気なく横を見やると、いつしか未玖緒くんがふらふら入ってきた入り口から中庭が見渡せる。今日もお散歩をしたいぐらいによく晴れている。反対側の棟からだと、校庭で練習に励んでいる外部の人たちが見えるだろう。春季大会ってこれからだったっけ。
「おーい。入るよ?」
「あ、わっ、ごめん!」
くいっとカーディガンを摘まれ振り返ると、「なにぼーっとしてるの?」と小さい子に尋ねる先生のような口調で久宮くんに聞かれた。
何でもないよ、とそれこそ子供みたいな軽い返事を返し、彼が手を掛けていた扉を開いた。
「未来ちゃん、何か隣のクラスの子が呼んでるみたい」
「え? う、うん」
今日は例の教育委員会の会議のおかげで部活動、その他の放課後の活動は停止、授業が終わるとすぐに帰らなくてはいけなかった。特に春はこういうのが多いよね。これから段々に行事やらで忙しくなるのは承知しているので、こまめな休みもありがたいものだ。
残すは午後の数学だけ、と皆のテンションが高い昼の時間に私は友達にそう声をかけられた。入り口に目をやると全く面識のない女子がちらりと見えて、私も友達も首を傾げた。
食べかけのお弁当の上に箸を置いて彼女の元に小走りで向かう。私よりも背の低い可愛らしい子だ。「花野井さんだよねっ」とにこやかに声をかけられ、若干抱いていた警戒心が解かれたような気がした。
「はじめましてなのに突然ごめんね! ちょっと話したいことがあって。放課後少しいいかな?」
「大丈夫だけど、今じゃ駄目なの?」
「ゆっくり話したいからさ! 授業終わった30分後にここの教室ねっ?」
「あー……うん、わかった」
断る隙も無く、半ば強引に約束を取り付けられてしまった。
言ってる事の矛盾に突っ込もうかと思ったが終始笑顔が貼り付けられているのを見て、そのまま隣の教室へ駆け込んでいく彼女の背を見送る。入ってすぐ、入り口を固めるような形。似たような雰囲気の女子集団3、4人と合流したのは、当然ここからでも見える。
少し話したいのか、ゆっくりお話がしたいのかは知らないが。
「もういいかな――急に呼び出してごめんなさい、花野井さん」
そんな怖い顔しなくても。昼間の無邪気そうな笑顔からでも、ちゃんと言いたい事は伝わったよ。一応貴方と同じ女の子やってまから。
「大丈夫大丈夫。それで話って何? 先生に見られたら怒られちゃいそうだし、手短にお願いしたいな」
「うん……花野井さん、最近和ノ原くんとか畔くんとよく話してるよね?」
彼女の、私よりも高い声は少しだけ震えていた。怒りか、それとも武者震いのようなものか。
話題については、まぁこれだよね、いつかはくると思ってたよ……程度にしか思わなかった。
だが、クラスメイトが全員帰った後の教室後ろ。6人の知らない女子に囲まれるとは思っていなかった。今まで同じ状況にぶつかったことは何度かあるけど、集団を相手にしたことはさすがにない。1歩間違ったらいじめに見られちゃうからね。
いやはや、やっぱり熱狂的なファンだとこんな行動に出ちゃうものなんだなぁ。これぞ少女漫画にありがちな展開。だとしたら私は、割と笑えない状況にいる主人公と考えていいのだろうか。それは傲慢か。
丸く収まってくれるなら何でもいいのだけれど……。
「あぁ、そうかな。久宮くんとは仕事の話もあるから、どうしても多くなっちゃうんだよ。……未玖緒くんとは、まともな会話は数えるぐらいしかしてないと思うよ?」
「うちらからすると結構目につくんだよね。月中での協定、もしかして知らなかった?」
つきちゅう……? あぁ、月間中学のことか。一瞬何のことかと思って視線をずらしたせいか、何人かの深い溜息が零れた。
「いや、噂でなんとなくは聞いたことあるんだけど」
「あのね、2人がどれだけ人気かわかるでしょ!? あれだけ普段から話すのは決まりに引っ掛かるの!」
一際大きい声が私を遮ると、もう私に声を発する権利はないとばかりに皆口々に悪態を吐き始める。
その一つ一つに反射的に言い返してしまいそうになるが、あえて次々に垂れ流されるそれらを半分ずつ聞いておく。恋は盲目、ってよく言ったものだ。
しばらく言いたい事を言わせてから一つ一つ反論して宥めていこうかな。ゆっくり説明していけば、わだかまりは残るだろうが今は場を収められるだろう、なんて構えていると、不意に目の前の子の後ろにひっそり立っている6人目と視線が交わった。一緒に一気に喋ってもらった方が私的には楽なのだけれど。爆発されても困るし。
――自分で頭の隅に引っ掛けた言葉が、フラグになるなんて。
「……私ね、ゴールデンウィークに花野井さんと畔くんが一緒にいるの見たの」
か細い震えた声だった。全く響かない小さな声だったにも関わらず、教室内は水を打ったように静まり返った。
声どころじゃない。手も肩も足も震えている。若干俯いている為表情は見えないが、声からしてもしかしたら泣いているかもしれない。
しかし、意識はとんでもない暴露をした彼女自身から、その暴露の中身に移る。そうか、見られてしまっていたのか。やましい事はしていないのだけど、これは誤解以外に何も生まないだろう。今度はついに焦りが顔に出たであろう私を、女子達が振り返る。涙目の子もいた。
でも全員が全員、それこそ憤怒と嫉妬にまみれた般若のような顔で。
「はあ――!? あんた、畔くんに手出したの!?」
「ち、違うって。その、たまたま会っただけで」
「2人、喫茶店に入ってったんだよ! 絶対雰囲気とか、それ、っぽか、た……し……!!」
ずっと縮こまってた彼女は初めて声を張り上げたが、すぐ力を出し切ったように泣き崩れてしまった。しかしその子に駆け寄ったのは1人だけで、動きかけた私を押し込むように残りの子たちが前に乗り出す。
大丈夫、信じてもらおうなんて思ってない。今彼女達の怒りを収めさえできればいいんだ。強く反論したい気持ちをぐっと押さえ、浮かんでくる言葉を慎重に選び出す。
「あのね、変な人に声かけられてた所を助けてもらったの。未玖緒くん優しいでしょ?」
「だからって何でカフェに入るわけ!? 和ノ原くんだけじゃなく、畔くんとまで……」
「つーか気安く名前で呼ばないでよっ! 喧嘩売ってんの!?」
どっちが喧嘩売ってるというのだ。徐々に沸いてくる苛立ちを隠すように手を振って再度否定すると、その仕草が一層腹立たしかったのか、興奮した1人の女子が私の手をありえない力で掴んだ。掴むというよりはもぎ取るレベル。即座に痛みが伝わった。
思考の3割が『待て待て、これ見られたらいじめ現場だけど大丈夫なの』的な別の焦りにすり替わる中、最早私のどこを見ているかもわからない女子が1番の大声で叫んだ。
「あんた、マジで――――――!!」
刹那。
整理して編んでいた途中の言葉が、脳内の中、あちこちに散乱した。その大声にびっくりしたのでも、内容にショックを受けたわけでもない。すでに十分うるさかったし後半は何を言っているのか全く聞こえなかったからだ。
その怒りだけに任せたどろどろの言葉を遮ったのは、叩きつけるように開けられた扉の音だった。
「お前ら……何してんだよ」
廊下中に反響した音がようやく止んだ頃。1歩踏み出した“彼女”がドスの利いた声で沈黙を破った。
【クオミク】浅葱色に出会う春 6【オリジナル長編】
こんばんは、つゆしぐれです。
ついにミクさん、目をつけられてしまう。でも堂々としてるのがモテ娘らしいですねぇ……ちょい焦っちゃったけど!
というか、女子の嫉妬は本当に怖いですねー。マジで周り見えなくなっちゃいますから!
うーん……気になってるのですが、展開早いかな? 時系列設定ちゃんと考えなくて、この子たちの物語は割とさくさく進みそうです(´・ω・)
そしてそして! 最後に気になるあの子が登場!! ピンチのミクさんを救ってくれるのでしょうか……?
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昂る朝焼けが僕らを迎えた
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いつのまにか振り返らなくなった足跡
互いに取り合った手はいつしか
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cyaro
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