「せっかく訪ねて来てくれたのに、何のおもてなしも出来なくてごめんなさい」
「構わないで良い、こちらこそ急に訪ねて失礼をしたね」
申し訳なさそうに謝るメイコに、突然の客人は笑って首を振った。
その貴族然とした振る舞いと同時に、不思議なほど拘りのない鷹揚さは、以前に押しかけた離宮で会った時と何ら変わる様子はなく、メイコはほっとしたように青い髪の青年――カイザレ・ボカロジアへと笑い返した。
水際立った彼の容姿も、メイコが勧めた椅子に掛ける動作ひとつも、それは普段目にすることのない優雅さで、彼女の家の無骨な木組みのテーブルや椅子には何ともそぐわず、どこか可笑しみを感じさせる。
一応は人目を憚ってか地味な外套に身を隠してはいたが、それでもこの小さな村で彼の姿は目立ったことだろう。
「びっくりしたわ。まさか、あなたがこの国にいるなんて。いつ、この国に来たの?」
「しばらく前から、王宮に滞在してるよ。そういう話は聞こえてこないのかい?」
首を傾げて返された青年の問いに、メイコは顔を曇らせた。
「何も、一切聞こえてこないわ。王宮の中のことも、外国のことも」
「・・・情報が規制されているのか」
カイザレが呟く。歓迎しない響きだった。
それよりも、メイコは一番に気になっていたことを彼に問い掛けた。
「ミクは元気になった?」
一瞬だが、カイザレが口ごもる。
「まあね。元気といえば元気だ」
「はっきりしない言い方ね。・・・でも、あなたがこんなところに居るんだから、ちゃんと身体は回復したんでしょうね。喧嘩でもしたの?」
「喧嘩にもなっていないよ。正直、どうしたのか分からないんだ。何かの不満はあるんだろうけれど」
困ったようにぼやいた青年に、メイコはからかい混じりに笑った。
「貴方の干渉が過ぎるんじゃないの?あんまり籠の鳥にしてると、そのうち窮屈がって逃げられるわよ」
カイザレがぎくりと身じろぐ。
「・・・本当に情報が規制されているのかい?」
「やだ、当りなの?何も聞かなくたって、あの子のとんでもない世間知らずっぷりを見てれば想像が付くわよ」
メイコは呆れて頭を振った。
「あの子の話を聞いていて思ったけど、あなた、どうもあの子を甘く見てるわね」
「私が?」
心外だと言わんばかりの顔をした青年に、彼女は物言いたげな眼差しを向けた。
「あの子は、あれで我の強い子よ。それに頭も良い子だわ。親兄弟に決められた道を歩かされるなんて、いつまでも我慢できるかしら。
ミクはあの国に来て、それに私と会って、初めて知ったことがいっぱいあるって言ってたわ。きっとあなたや父親に従っているのも今の内よ。あなたの目の届かないところで、あの子は色んなものを見て、知って、もっと色んなことを自分の頭で考えるようになる。押し付けられた結婚相手が気に入らなければ、そのうち自力で恋人を探し出すんじゃないかと思うわね」
「・・・戻る必要もないのに、自分からあの男のところへ戻ったくらいだ。存外、気に入ったんだろうさ」
ふいに低くなった声に、メイコが瞬いた。
「あの男って、シンセシスの? それで、あなたはそれが気に入らなくて拗ねてるのかしら。本っ当にしょうがないお兄様ね」
「・・・メイコ」
遠慮なく噴出したメイコに恨みがましい視線が向く。
「ふふ、ごめんなさい。でも、あなた、あの子に今みたいな顔を見せたことあるのかしら」
笑って詫びを入れ、メイコはふと真顔になって青年を見つめた。
彼の事は、こうして顔を合わせる前から、何度も少女の話に聞いていた。
「あの子の話を聞いていると、あなたの印象は酷くバラバラだわ。行き過ぎなくらい過保護で甘やかしてるのかと思えば、突き放した態度も取るし、平気で政略結婚もさせたりする」
「それは・・・」
「私には貴族の考え方はわからないわ。もしかしたら、家族の愛情より政治や家名を優先しないといけないこともあるのかもしれない。でも、あの子はそれに傷ついているわ。あなたの気持ちがわからないって言ってた。時々とても素っ気なくて、本当は自分のことを便利な道具くらいにしか思ってないんじゃないかって」
カイザレが弾かれたように立ち上がった。
「違う・・・!」
短い叫びが響く。
強張った頬が、彼の受けたであろう衝撃を物語っていた。
「・・・そのようね。でも、私でもわかるのに、肝心のあの子に伝わっていないんじゃ意味がないわ」
気遣わしげな瞳を向けたメイコに、彼はそれが苦痛であるかのように顔を背けた。
椅子に掛け直す動きにつれ、歪んでガタついた古い木が、ぎしりと軋む。
「余計なお世話だとわかってるわ。でも、本当に大切なことは言葉で伝えなくちゃいけないのよ。話せないことまで話せといってるんじゃないわ。あなたにはあなたなりの理由があるのかもしれない。でもあの子を本当に大事に思ってるなら、それだけは伝えて。あの子を安心させてあげて」
「・・・ミクが君を気に入るわけだ」
カイザレがひっそりと呟いた。
この少女は、どこか亡き母に似ているのだ。恐らく地に足を付けて生きる者たち特有の、力強さや真っ当さのようなものが。
それは雲上の楼閣に住む者達がどこか欠かしてしまった、精神の健やかさだ。
だからこそ、カイザレは彼女の曇りない眸を直視できない。この狂った恋情の後ろめたさゆえに。
目を逸らしたままに、彼は強引に話題を切り替えた。
「・・・正直、君がまだこの国に留まっていると思わなかった。何故、シンセシスに向かわないんだ?」
あからさまに話をすり替えた相手に非難の目を向け、頑なに合わされない視線にメイコは諦めたように答えを返した。
「ここから出られないのよ」
辺りを憚るように、声を潜めて囁く。
「あちこちで土地を逃げ出す者が増えて、今は村人が逃げ出さないよう兵士達に見張られてるの。村に入るときに気付かなかった?」
「入り口にいた見張りのような連中か」
カイザレの言葉にメイコが小さく頷く。
「あいつら、牢獄の看守みたいなものよ。やりたい放題」
侮蔑のように吐き捨て、彼女は続きを言い淀んだ。
「・・・それに正直、迷ってる。もし、ここから出られても、あたしたちだけが逃げて良いのかしら。この村に残ってるみんなを置いて行くの?」
テーブルの上に組み合わせた両手の指をじっと見つめる。固くなり、荒れた指先だった。
「父さんを迎えに来るつもりで帰って来て、村の変わりように愕然としたわ。私が村を出てきたときよりずっと酷い・・・。ほんの少し居なかった間に、こんなに酷い有様になってるなんて」
すっかり寂れてしまった村に、もう男手はほとんどいない。少し目の利くものはもっと早くに土地を捨てて出て行ったし、兵役に取られたものもいる。残ったのはどこにも行けない女子供や老人や病人、僅かに残った男達も家族を抱えて重い税に喘いでいる。その誰もが、メイコが幼いころから見知ってきた人たちなのだ。
「・・・だとしても、君がここで村ごと心中するのは愚かだ」
彼女の葛藤を他所に、青年は素っ気無いほどに断定した。
「そんな言い方・・・!」
顔を上げたメイコを、カイザレは鋭く見下ろした。
それは穏和な貴公子ではない、彼の持つもう一つの厳しく冷静な為政者の顔だった。
「君は今を耐えてさえいれば、いずれ状況が変わると思うのか?誰かが、良い方向へ運んでくれるとでも?そんな考え方は怠惰に過ぎる。理不尽な苦痛を与えられたら、その時は忍耐をするべきじゃない。自分自身で回避する方法を探すか、あるいは苦痛の元を排除するべきだ」
「それはつまり、父さんとシンセシスに逃げるか、そうでなかったら・・・」
言いかけた言葉のあまりの途方もなさに、メイコはそれを途中で飲み込んだ。
「無理よ、そんなの・・・!」
少女の怯えを感じ取ったように、カイザレが眼差しを緩めた。
穏やかな表情に戻って、静かに言い諭す。
「だからこそ、君はまず自分と自分の一番大事な人のことを優先するんだ」
「・・・私は」
思い悩むようにメイコが黙り込む。
カイザレはしばらくその様子を見守っていたが、やがて窓の外を見て立ち上がった。暇の時間が来たのだろう。
「上手く逃げ出すタイミングが作れないか、こちらでも様子を見てみよう。出来れば、次の再会は劇場の舞台挨拶であることを願うよ」
別れの挨拶に代えて言う。
本音と軽口が混ざったような言葉に、彼女も負けじと言い返した。
「・・・その時はミクも一緒にね。だから、さっさと仲直りするのよ」
カイザレの頬に苦笑が浮かぶ。
それに微笑んだメイコだったが、思い出したように瞳を翳らせて、曇る窓の向こう遠くを見つめた。
「心配だわ。あの子の夢を見たの。泣いてる夢だった。泣き顔なんて見た事もないのにね。元気なんだったら、良いんだけど」
「カンタレラ」&「悪ノ娘・悪ノ召使」MIX小説 【第16話】後編
久々のめーちゃん登場v
お話の都合上、他がみんな腹の底に何ぞ抱えてるので、めーちゃんは心の清涼剤です。
第17話に続きます。
http://piapro.jp/content/r2ard4ukvmf0m0pe
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ご意見・ご感想
azur@低空飛行中
ご意見・ご感想
>鈍痛様
めいっぱいお待たせをしました(汗)
ご感想ありがとうございます!!>▽<
い、色気!?ありますか!?やった・・・!
むしろ、うちの兄様は足りてないんじゃないかと思ってたくらいなので嬉しいですvv
神絵師様方のイラストに、そこにいるだけでけしからんほど色気垂れ流しなお兄様がたくさん居られるので、目の保養をしながら色気色気~とイメージトレーニングしてます(笑)
一話ごとにえらいお待たせをして、すみません。^^;
最初の投稿を始めた6月までには何とか完結まで・・・!と思ってるんですが。
続きも気合入れて書き上げます~~!
2009/02/25 23:34:12
痛覚
ご意見・ご感想
待ってましたよ!!
どうも、鈍痛です。
ここの兄さんは色気溢れてますね(笑
いや、そんな兄さんが大好きです!!
そんなこんなで、思い合って、大切にしてるのに、悲劇が起きる悲しさで潰されてしまいそうです。
次回も楽しみに待ってます♪
2009/02/24 17:32:07