今日はお城で舞踏会が行われる。
「さあみんな、頑張ってきてくれよ!」そう言いながら、男は愛娘たちを舞踏会に送り出した。娘の名前は上からメイコ、ルカ、ミク、リン、皆それぞれに美しい。この日のために誂えられたドレスが、娘たちの美しさを一段と引き出している。しかし長女のメイコだけは、新品ではなくクラシックなドレスだった。
娘たちの家はもともと名の知れた家柄であったが今では財政が傾き、舞踏会のために4人分のドレスを新調する余裕はなかった。本当なら一着だってやっとなのだが、今回の舞踏会には父親の半端ではない思い入れがあった。というのも、この舞踏会は国王の第一王子と第二王子のお妃候補を見つけるためのものだからだ。お城からその旨通達が来たのち「娘のうち一人でも候補に挙がってくれれば玉の輿も夢ではない!」とさっそく美人四姉妹で知られる娘たちの準備にとりかかった。しかしそこそこのもので揃えたとしてもドレスと靴とアクセサリーは3人分が限界だった。その時「私はいいわよ」とメイコが言った。「だって第一王子でも私より年下なんでしょ?年上の私を選ぶ可能性は低いと思うのよね。その分ルカたちをドレスアップしてあげて。」父親はすまないと感じながらもメイコの言う通りにした。メイコは舞踏会にも行かなくていいと言ったのだが「せっかくだから楽しんできてほしい」との両親の願いもあり行くことにした。衣装は母が昔着ていたごくシンプルな赤のタイトドレスだ。着てみると驚くほどメイコに似合っていた。「姉さんとってもキレイ!」「お姉ちゃんキレーイ!」「ありがとう。」そう言いながらメイコは自分を客観的に観察した。確かに我ながら母のドレスが似合っている。しかしその少しくたびれた感じは否めなかった。ルカたちの隣に並ぶと、自分だけスポットライトの外にいると感じなくもない。卑下しているわけではなく、正直な感想だった。だが、それぞれが美しいドレスに身を包み讃え合っている妹たちを見ると、そんなことはどうでもよく思えた。「目指せ玉の輿!」という父の考えに賛同するわけではないが、妹たちは心から舞踏会を楽しみにしていたからだ。
娘たちを乗せた馬車は、順調にお城へと進んでいった。城へと続く橋の手前まで来ると、馬車は歩みを止めた。大勢の馬車が橋を渡る順番を待っていた。「わー!こんなに近くまで来たの初めて!」ミクとリンがはしゃいでいる。メイコとルカは幼い頃、父について一度城へ来たことがあった。「私も初めてみたいなものよ。小さすぎてちっとも覚えていないもの。姉さんは?」「私も全然。何をしに行ったのかすら覚えてないわ」「王子様には会ってないの?」「ええ。王様に謁見したのもお父様だけで、私たちは控えの間で待っていたのよ」そんな会話をしているとリンの「あ!」という声が聞こえた。窓から少し顔を出し周囲を見ていたのだが、一瞬強い風が吹き髪に付けていたリボンが飛ばされたのだ。いつも付けているお気に入りのリボンで、今日は舞踏会用に結び方を変えていたのだが、結び目が緩んでいたらしい。「大丈夫よ。私のリボンを結んであげるわ」泣きそうなリンにルカが優しく声をかけた。「その辺にひっかかってるかもしれないし、また明日探しに来ればきっと見つかるよ!」ミクが提案した。確かに夕暮れどきの今ではリボンの場所を特定するのは難しかった。「そうね、でも今ならまだその辺にあると思うし、ちょっと行って見てくるわ」メイコが言った。また風が吹けばさらに遠くへ飛ばされる可能性もあったし、それ以外にもうひとつ考えがあった。「私がなかなか戻らなくても馬車は進めてちょうだい。後から行くから」お姉ちゃんもういいよ!というリンの静止も聞かず、メイコは馬車から降りるとリボンの飛ばされた方へと向かった。
「さて、リンのリボンは…と」あきらかに舞踏会に行く服装をしているのに手前で馬車を降り、お堀の近くを逆方向へ歩いているメイコ。同じく順番待ちをしている馬車の中から向けられる好奇の目に居心地の悪さを感じていた。「でも舞踏会に行くよりマシかもしれないわね。ごめんねリン、だしに使っちゃって」メイコのもうひとつの考えとは、リボンを見つけたら舞踏会が始まってから馬車に戻り、そのまま舞踏会へは行かず馬車の中で3人の帰りを待つというものだった。気にはしてないつもりだったが、城に近づくにつれ増える馬車の中を覗くと、お妃候補に選ばれようという気合いに満ちた女性ばかりだった。ドレスだけでなく、メイコ自身の気持ちもその場にそぐいそうもなく、舞踏会もおよそ楽しいものとなる気がしなかった。
お堀沿いに下を見ながら歩いていると、見慣れた白い布が見えた。リンのリボンだ。少し下の草にひっかかっている。お堀の上からは取れそうにないが下方に道があり、降りられるようになっている。そこからなら手が届きそうだと思ったメイコは、下へ降りる階段を見つけその道へ降りた。
…と、その時だった。”ドン”と衝撃を感じ、そのまま草むらに倒れ込んだ。「すみません!大丈夫ですか?」見ると金髪の少年が驚いた顔をしてこちらを覗き込んでいる。メイコが道に降りてすぐ、リボンのある方向から走ってきたこの少年とぶつかったようだ。「おケガはありませんか?どこか痛みますか?」矢継ぎ早に問いかける少年は何か焦っているようだ。すると少年の後方から数人の男たちが走ってきた。城の警護兵のようだ。少年の表情が焦りから次第にうんざりとしたものに変わり、追いついた警護兵に両側から拘束された。「さあ王子!子どもみたいなマネは止めて舞踏会にお戻りください!」「わーったよ!」ふてぶてしく腕を振り拘束を解いた王子と呼ばれた少年は、改めてメイコに手を差し伸べた。「すみません。すごく急いでて。大丈夫でしたか?」「ええ、大丈夫です。少し驚いただけですから」とメイコが手をとり立ち上がろうとすると左足に激痛が走った。転んだ時に足をひねったらしい。見るとひどく腫れ、内出血になっていた。
予想以上のひどいねんざに責任を感じた王子は、警護兵に言いメイコを城まで連れて行った。メイコは城へ行くことを断ったが、舞踏会に行くつもりだった服装からして、遠慮しているのだろうと判断した王子が少々強引に城へと連れて行った。金髪の少年はこの国の第二王子、レンだった。舞踏会に出るのが嫌で、始まる前にこっそり城を抜け出したところをメイコにぶつかり、追っ手に捕獲されたというわけだ。
「じつは私も舞踏会に行くのを止めようと思っていたの」お城の一室に通され、城付きの医師による治療も済み、メイコはレン王子とすっかり打ち解けていた。気取らない性格のメイコは比較的誰とでもすぐ仲良くなるのだが、レン王子には特別の親しみやすさを感じていた。末の妹のリンと同じくらいの年のようだし性格も何となく似ている。「だから城まで連れて行こうとした時あんなに嫌がってたのかー。でもまあ、城に来たからって舞踏会に出なきゃいけないわけじゃないからさ。オレも出ないし」ニャハハと笑ったレン王子の後ろから声がした。「お前は出なきゃダメだよ」後ろの扉から青い髪の青年が入ってきた。「カイト王子!申し訳ありませんでした。私たちが目を離した隙に…」先ほどからずっとレン王子に付いていた警護兵が青年に謝っている。青年は第一王子のカイトだった。「愚弟がご迷惑をおかけし大変申し訳ない。お前も謝りなさい」両王子とも、偉そぶった感じはまったくなく素直に謝罪の言葉を述べることに、メイコは好感をいだいた。「いいえ、とんでもない。あたりも暗かったですしあのような場所に人がいるとは思わなかったもので。私の方こそ不用意でした」治療してもらい今は痛みもだいぶ和らいできていると伝えると、カイト王子もほっとしたようだった。「ところで、メイコさんは舞踏会には行かれないおつもりだったのですか?」「オレや兄さんの将来なんてどうでもいいって思ってる女性も世の中にはいるってことだよ」レン王子がちゃかすように言った。これにはメイコも焦り、正直にことの顛末を話した。家に娘4人分のドレスを揃える余裕がなく、はじめから行かないつもりで自分のドレスはいらないと言ったのだが、母親のドレスで参加させてもらうことになり、今になって自分がいろいろと場違いな気がしてきたこと。そして行かない口実として妹のリボンを探しに行ったことを…。さすがに「目指せ玉の輿!」の父の計画については黙っていた。
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王女様は民が大好きでした。
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