-緑-
手紙を持って保健室に戻ったレンは、早速封筒をリンに渡して自分はベッドの横のパイプ椅子に腰掛けた。
「なぁに?これ」
「靴箱に入ってた」
「ふぅん、だれから?」
「そんなこと、俺が知るかよ」
「だれだろう?」
淡い赤の封筒をとても雑に開けて中の便箋を取り出して、リンは顔をこわばらせた。不思議そうにレンは床に落ちた便箋と封筒を拾って、便箋を見て、リンと同じように顔をこわばらせて、苦笑いをした。
その便箋はまるで血をかけたかのように赤黒く、文字を書く部分はその色が薄く、しかしそれを無駄にするように真っ赤なペンで、
『一週間後、夕刻五時、屋上ニテ待ツ。来ナカッタ場合、オ前タチヲコノ世カラ永久追放スル』
と書かれていた。
「何だよ、これ…」
「黒神だわ!」
「何だよ?黒神って」
「この学校でちょっと前から話題になっているの。この手紙を受け取った生徒は、自分の使い魔をつれて指定の時間、指定の場所に行かなくちゃ行けないの。でも、行った生徒は全員が転校したり自殺したり…」
「行かなければいいだけだろ?」
「数人、行かなかったらしいわ。でも、その人たちは指定の次の日、グランドの真ん中に魔方陣を描かれてその真ん中で死んでいるって」
「馬鹿げてる!」
そうは言ったが、現にここにその手紙を見せ付けられては、レンも自信がないし少し不気味な手紙は何か可笑しなものを感じさせた。
しばらく二人の間に重苦しい空気が流れた。まるで重力が百倍、千倍、いや一万倍にもなったような、本当に重苦しい空気で息が詰まってしまいそうなほどだ。
「どうしよう…。私、怖い」
「大丈夫だろ、多分。しかし…だれだ?」
「誰かに見られてもおかしくないのに…」
「ああ、確かにな。ただ、やられっぱなしじゃ面白くないし、行ってみないか?」
「レンも来てくれるなら、いく」
二人は顔を見合わせて共犯者のように笑って、重かった空気を一気に軽くして、便箋を封筒に入れレンのポケットに入れた。
しばらくして保健室のドアが勢いよく開き、ミクとアンが中へ入ってきた。
入ってくるなりアンはミクより一歩下がってリンとレンに一礼し、保健室のドアの向こうに下がった。ミクは微笑んで二人に近づくと、用件を伝えた。
「体育の授業、終わったよ。リンちゃん、ずる休みはだめだよ」
「あれ?ばれてたの?やだなあ、あはは。次の時間、音楽だよね。行かなくちゃ」
「立てるか?」
「大丈夫だって」
レンが差し出した手を無視してリンは元気に立ち上がってミクに笑いかけると、しわのよったベッドを直し、レンの制服を引っ張って保健室を出た。
「服が伸びる!」
「じゃ、手ぇ繋いでよ」
「…」
恥ずかしそうに顔を真っ赤にして小さく出された手を握り、レンはそっぽを向いた。きっと恥ずかしくて相手の顔を見られないのだろう。
「音楽、早く行ったほうがいいんじゃないのか?」
「そうだね。レン、早く歩いてよ!」
「先に行けよ」
「もう、レンったら!音楽室の場所も知らないくせに!」
「…」
反論できず、黙り込んだレンを仕方ないというように笑うと、リンはレンよりも少しだけ前に出て歩いた。それを見るとレンはそれを追い越そうと少し早足になって歩くが、そのたびにリンがスピードを上げる。そのうち、どちらも意地になっていた。
教室においてあるバッグから教科書を取り出して、レンを押しながらまた廊下を走った。と、いっても、教室から見える範囲内に音楽室はあるのだが、リンのテンションの高さに押され、レンはされるがままに気づけば音楽室の前にいた。
それぞれの普通教室とは違う扉を開き、中にはいった。
数列にわたって机が並び、その並びは前列に主人、後列に使い魔が座るようになっているらしく、レンはリンの後ろに座った。
二人が座ったすぐ後にチャイムがなり、入ってきた教科担任がパンパンと手を叩いたのを合図に日直が、号令をかけた。
「今日から入った子は?」
「…はい」
先生の問いに手を上げて答えたレンに、先生の無茶振りが出た。
「知ってると思うから、これ、歌って」
「ええ?しらねえ…」
「じゃあ、どれか知っている曲はどこかに乗っていませんか?」
「あ、これ、しってます」
「じゃあ歌って」
そういわれしぶしぶ立ち上がって、声を出す。
にごった鼻声だが、その声も高音になれば優しい歌声に変わり、美しい歌声で音楽室が満たされて行った。
皆がその不思議な歌声に聞きほれる。
歌い終わると自然、小さな拍手が起こった。先生も手を叩いていた。
小さな優越感に浸るレンに、先生からまた無茶振りがあった。
「じゃあ、こんどのコンクールの少人数戦の二人は鏡音さんたちにしましょう」
「やった!」
「はぁ?」
「返事がありませんよ」
「はぁい!!」
「…うぇい」
返事といわれればそう思えないこともないが明らかにレンは嫌がった表情で、面倒くさそうに答えた。それとは正反対にリンはうれしそうに反応した。音楽室に笑いが起こった。
ほのぼのした空気が教室中に広がって、ほとんどの生徒が笑っていたが、二人だけ笑っていなかった。
「なんで、あの子なのよ…」
ぎゅっと強く手を握ってミクはすごい形相でリンをにらみつけた。
一週間など、彼女たちにとっては一時間とも変わらない時間なのかもしれなかった。
「夕刻五時…。後三分」
「…あと二分」
「一分」
腕時計を見てゆっくりとカウントダウンを繰り返しながら、何度か上空を見上げ、来る何かを待ち構えていた。
「3」
と、レンがいう。
「2」
と、リンが言った。
「1…0!」
二人が同時に言ったのを合図にしたように、強い風が吹き、辺りの草木が大きく揺れてグランドに二つ、人影が見えた。
「リンちゃん!」
人影の片方がこちらへと手を振っていた。
その声はリンにとってとても聞きなれた、友人の声だった。
「ミクちゃん!?」
身を乗り出して屋上からグランドを見下ろしたリンを“お姫様抱っこ”して、レンは羽を羽ばたかせ、ゆっくりとグランドに降り立った。
「何で、ここにいるの?」
「もうリンちゃんは忘れっぽいから、忘れているんじゃないかって心配しちゃったよ」
そういって笑うミクの横で、アンが巨大な鎌を持って立っていた。その鎌は黒い柄に、銀色に月の光を浴びて光る滑らかな刃、刃の真ん中に沿って赤く引かれた意味ありげなライン。
「まさか…ミクちゃんが?」
「そう、黒神。気がつかなかったの?あはは、リンちゃんは本当に頭が悪い」
無邪気にミクは笑った。まるで、昨日のテレビの話や好きな人の話をしているような、とても無邪気な顔で、笑った。
「何故こんなことを?」
真剣にレンが聞いた。
「これから消える彼方には関係の無いことでは?」
大きな鎌を一振りし、アンが言った。
「関係なくはないだろう。死ぬ予定もないし、こうやって呼び出されているんだから」
「…ミク様」
「いいわ、私が話しましょう。リンちゃん、レン君、よく聞いて。これは、この世界を浄化しているのよ。罪を犯した何かが使い魔としてこの世界に呼び出され、何か危険を冒す前に消すの。とてもいいことだと思わない?だって未然に犯罪を防いでいるのだもの」
とても自慢げにミクは言った。途中、アンが隣で首を縦に振っていた。
哀れむような目で、リンは目の前の二人を見た。そうしてゆっくり首を横に振った。
「それは間違っているよ、ミクちゃん。だってどんな理由があっても、誰かに手をかけたことには変わりないじゃない」
「そうかしら?そこにいる彼の罪を知ってもそういっていられるかしら?」
「え?」
「…今から五年前、魔界―彼が元いた世界ですが―で起きた一つの事件。それは、双子の喧嘩から始まったとされる、殺人事件。双子の弟がそこにいるレン様。双子の姉は、死亡しました」
平坦な、ニュースキャスターがニュースを読み上げるような、アンの感情のない声がリンの耳へ入っては意味を解読して行ったが、レンの耳には入らなかった。
「お前、なんでそれを…!」
「しかし、容疑者として上げられたのはレン様。彼はまだ幼いということもあり、罪には問われていません。その家では数ヶ月前に両親が、殺害されており、館の呪とまで騒がれました。そして、死亡した双子の姉の名は――」
「辞めろ!!お前、いい加減に…」
「レン、どうしたの?何もないなら、そんなになることないよ。大丈夫」
怒りを抑えられなくなり始めたレンを、隣にいたリンが静かにとめた。
しかし、レンにはその続きを言われたくない、理由があった。
(きっと、その先の言葉を知ったら、リンは俺を信用してくれない。軽蔑して、怯えて、逃げてしまうかもしれない――)
「双子の姉の名は…“リン”」
「えっ?」
驚いてアンを見ていた目が、レンに向けられた。
「レン?」
「リン、違う。違うんだ!」
「触らないで!!」
反射的に後ろへ飛びのいたリンを見て、レンは
(ああ、やっぱり)
と、思った。
それはそうだろう。だれだって、目の前に殺人犯がいるといわれれば、その相手が信用していようといまいと、怯えてしまうことくらい、目に見えていた。けれど、リンならば、という思いがあったのかもしれない。
はじめてあったとき、思った。
(彼女なら、信じられる)
と。でも、それはやっぱり、自分の思い違いだった。
「違う、あれは…」
「おや、男らしくないですわ。潔く認めたらどうです?」
「嘘を本当だなんて言えるわけ、ないだろ!」
「だって、リンちゃんだって、君の事はもう信用していないみたいだよ?ねえ、リンちゃん?」
アンとミクの視線が、リンに向けられた。レンだけはリンを見ることができなかった。
「私は…。私は、レンが違うというのなら、違うと思う」
「…え?」
このときやっと、レンがリンのほうをみた。それにたいしてリンはレンに微笑みかけて、そして抱きついて見せた。
「どうして!?彼はヒトゴロシよ!!」
ミクが狂ったように声を張り上げていった。
「違う!!」
その言葉に、レンが言った。
「レンのこと、何も知らないくせに、そんなこと言わないでよ!!いくらミクちゃんでも許さない!」
さっきまでの少し弱気になっていたリンはもはやどこにもおらず、いつもの強気なリンになっていた。そしてリンはゆっくりと、言葉を続けた。
「靴箱に入っていた手紙を見つけた日から、私、夜に毎日怯えて泣いていた。けど、レンはずっとそばにいて、私が泣き止むまで話を聞いてくれたわ!!そんな双子の姉に未練があったとか、そんなくだらない事ならそんなことはしないもの!!」
「どうかしら!?彼はそんなくだらないことでリンちゃんに近づいたのかも知れないじゃない!」
「違う!!それに、俺はリンを殺してなんかいない!!」
「じゃあ誰が殺したのかしら?」
「それは…」
口ごもったレンを見て、ミクは勝ち誇ったような顔になり、高らかに笑い声を上げた。
狂ったように、何かに取り憑かれたようにも見えて、リンとレンにはそれが痛々しく、かわいそうにすら思えた。
「あはははは!!やっぱり答えられないじゃない!アン、やっちゃっていいわ!大体、あんたも気に入らないのよ。私よりずっと音痴の癖に、コンクールの少人数戦に出場?ハッ!先生に媚びて、お願いでもしているんじゃないの?」
「そんなこと、していない!ひどいよ、ミクちゃん…。友達でしょ?」
「気安く呼ばないでよ。友達なわけ、ないじゃない。あんたみたいな子。アン、リンちゃんもやっちゃっていいよ」
絶望に襲われ、立ち尽くしていたリンに容赦なくアンが大きく鎌を振って襲い掛かる。
「きゃあっ」
思わず目を瞑ったリンの体を、覆うようにレンは抱き寄せた。
瞬間、鋭い刃がレンの背中に突き刺さる。大量の血が飛び散り、深く鎌がレンの背中に飲み込まれていった。
「う…あ゛…ぁぁぁぁあああああああああ!!!!」
「レン、レン!!」
その場に崩れ落ちたレンを抱き寄せ、何度も名を叫ぶ。
「今、治してあげるからね!待ってて…」
「使い魔の心配している暇があるなら、自分の心配をしたら?」
大きく振りかざした鎌を、リンに向け、アンが振り下ろそうとした。
「パァン!!」
銃声が響いた。
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